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テーマ:旅のあれこれ(9946)
カテゴリ:回想
【灼熱の太陽】 今まで経験した中で一番暑(熱)かったのは、西オーストラリア、ナラボー大平原での2月、摂氏45度だ。 西のパースから東のシドニーまで、オーストラリア大陸を自転車で横断したのだ。
まずはアスファルトから伝わってくる放射熱。 足元が熱い。地面の下で火を焚いているかのような熱さだ。 かいた汗は瞬間に蒸発していくかのよう。 口の中も花も目も、全身のあらゆる水分が空気中に奪われていく。 ボトルの水を少しこぼすと「ジュー」という音と共に瞬間に蒸発していくのだ。
ハイウェイの両脇は砂漠。赤茶けた土と砂だけの変わらぬ風景が延々と続く。 真っ青な空には雲ひとつない。ギラギラ光る太陽はまさに夏そのもの。全てのものを焼き尽くして、それでもまだなお焼き尽くしたりないというような輝きを放っている。 生命体らしきものが存在する気配さえ奪われてしまったのだろうか。 砂漠にポツンと立ち尽くす一本の木だけが、唯一砂漠の風景の中でアクセントとなっていた。 一体どうやって枯れることなくこの砂漠に存在し続けられるのか。 よほどの生命力を持ち合わせた木なのだろう。
次の街までは220km。二日間走り通してようやく街にたどり着ける。 街といっても実際はロードステイション。 ガソリンスタンドとモーテルと売店とレストランらしきものが一緒になった施設。 そこにはわずかながら人もいる。 変わらぬ風景が続く砂漠を走り続けてきて、会話に飢えた人々が集う場所。 ツーリストたちはみな初対面であろうがなかろうがお構いなし。
「なに?日本から来たって?自転車?あんたも暇人だねぇ。この暑いのによくやるよ。車でもえらいのに、人力で走ってるのかい」
ロードステイションで出会ったある老紳士はそう言った。
「ま、いいさ。旅は人それぞれ楽しみ方があるさ。いや、あんたの場合は苦しみ方かな…ハッハッハ」
巻きタバコをくわえながら、老紳士は白い口ヒゲを親指と人差し指で整えていた。
天井の扇風機はカタカタと音を立てている。
キャンピングカーから降りてきたシェパードが暑さでハァハァ言いながら売店に入ってきた。 その犬の首についた皮ひもを引っ張りながら飼い主が後からついてきた。
「ルートビアは好きかい?一本飲んでいきな。俺のおごりだよ」
薄汚れたベースボールキャップをかぶった中年男性、かつてはロードトレインのドライヴァー。今は地元の運輸局に勤めているらしい。
「若いっていいよ。やりたいことは若いうちにやらなきゃ一生後悔するからな」
エアコンが効いたロードステイションから一歩出れば、そこは灼熱の太陽が照りつける熱地獄。 おごってもらったルートビアを飲み干し、二人に別れを告げた。
「こんなところで野垂れ死にすんじゃねぇよ。あんたも家族がいるんだろ?国に帰ったら全うに働くんだぜ」
口ひげの老紳士が別れ際に言った言葉だ。
再び旅の途上へ。 タイヤのゴムも溶けてしまいそうな、砂漠のハイウェイ。 気温は依然として摂氏45度。おそらく路面は50度以上あるのだろう。
西に少し傾きかけた太陽を背に受けて、僕はさらに東を目指した。
(Illustration: "Desert Ride" by Kay)
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