【遠く離れてただひとり~All Alone Far Away From Home】
米カリフォルニア州クラマス河河口 1991年6月
誰もいない夕暮れの海岸。
曇っているせいか夕陽は見えなかった。
どんよりとした灰色の空は、見る者を重く、憂鬱(ゆううつ)な気分にしてしまう。
波は静かに、規則正しく、寄せては返していた。辺りは次第に薄暗くなっていく。すぐそばには灰色の海、浜辺の砂もなぜか灰色をしていた。
その砂の上に、大小多くの流木があちこちに死体のように転がっていて、それはまるで流木の墓場とでも言うべき光景であった。直径1メートル・長さ5メートルほどもある巨大な、灰色がかった流木が、果たしてどこからこの岸辺にたどり着いたのか僕には知るよしもない。
寂寞(せきばく)とした風景の中で、僕はふとこの海の向こうにあるはずの我が故郷のことを思いやった。
海から吹く風が肌に冷たく、僕はジャケットを羽織り、火を起こすことを思いついた。
辺りに散らばっている流木の小枝を拾い集めるのはいとも簡単なことだった。流木はどれも乾き切っていて火をつければパチパチと言う音を立てて勢いよく燃える。メラメラと燃え上がる炎をじっと見つめていると、僕の心は不思議と和(なご)むのであった。
カリフォルニア州北部、クラマス河が太平洋に注ぎ込む、その河口にあるキャンプ場。
今宵も僕は1人。キャンプファイアの夜、フォークダンスでも踊りたかったがあいにくパートナーはいない。
火があることで幾分元気づけられたものの、1人の夜はやはり長い。流木を次々と火にくべる。勢いを増した火は僕の背丈を越えるほどになり、その炎は荒れ狂ったかのように燃え上がった。バーボンウイスキー入りのホットチョコをすすりながら、冷えた体が芯まで温められるのを感じた。
僕がここにいるのにはそれなりの理由が存在する。
僕は何か「見えない力」によってここまで導かれたのだ。
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