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家曜日~うちようび~

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Q輔とU子と「新型コロナウイルス」

2021.01.10
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今回の首都圏一都三県への緊急事態宣言は、
主に感染リスクの高い飲食店などを対象として、限定的に対策を講じる方針だ。
槍玉に挙げられた飲食店業界はいよいよ、てか、んもお~とっくの昔に死活問題であろう。
生まれてこの方飲食店から多くの素晴らしいサービスを受けてきた我々としては、
今後も感染防止対策を講じつつ粛々と個人利用を続け、あとは政府の惜しみない助成を望むばかりだ。

そんなこんなで、この新型コロナ渦中にて、
「飲食」という文化が、これからどうなっていくのだろうかと考えてたんすけどね。

ふと、昔読んだ漫画を思い出したっす。

不二子・F・不二雄の短編SF漫画、タイトルは「気楽に殺ろうよ」。

ある平凡なサラリーマンが、ある朝パラレルワールドに迷い込んでしまう。
何とその世界では、「食文化」と「性文化」の価値観が、この世界と真逆であった。
食事は秘め事。親しい者だけが、カーテンを閉め、部屋を暗くして行うべきこと。
妻が、顔を赤らめ囁き声で「お食事が出来ました」などと言う。
方や、性はあけっぴろげ。昼間から公園のベンチで若者が人目をはばからず行為をしていたり、
子供の絵本の「こうして、シンデレラと王子様は結婚して幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
の場面で、シンデレラと王子様が思いっきり行為をしていたりする。

彼は、自分はいよいよ気が狂ったのだと思い、精神科医のカウンセリングを受ける。

その時、その世界の精神科医は、彼にこう言うのだ。

性欲、食欲、ともに最も根源的な欲望ですね。どちらが欠けても人類は滅亡する。
ところでこの二つのうち、恥じすべき行為はどちらでしょう?
食欲とは何か? 個体を維持するためのもの。個人的、閉鎖的、独裁的欲望と言えます。
性欲とは何か? 種族の存続を目的とするもの。公共的、社会的、発展的欲望と言えます。
さて、恥じすべきは? 隠すべきは?


その世界の彼は、深く考え込んでしまう。ははは。

んで。

この世界の僕も、今、ちょっくら考え込んでいるのである。

命あるものを殺戮して自らの食糧とし、

それを大勢で集い、騒ぎ、喰らい、

食べ物に感謝することもなく、その挙句大量に食べ残す。

この世界で、ごく当たり前とされる行為は、

たしかに少し見方を変えれば、大変恥じすべき行為なのかもしれない。

そもそも「食」の根本的な目的は、個体を維持すること。
ところが僕たち人間は、縄文とか弥生よりもっと昔、遥か古の時代から、
どうせ食べるなら美味しく!どうせ食べるなら楽しく!どうせ食べるなら大勢で!
てな感じで、「食」というただの個体維持行為を「文化」にまで高めてきた訳である。

さて、いよいよこのコロナ禍で、そんな飲食の文化が根本からくつがえろうとしている。

忘年会が無いなら無いで、今まで何故あんな無駄なことしていたのだろうと、逆に思う。

帰省が無くなり、会いたくない親族との楽しくない宴が無くなり、ほっとしている主婦も多い。

その食べ物は、行列になって何時間も並び、ぎゅうぎゅう詰めで相席までして食べなければならないものか?

この会話は、食事の席でしか話せないことか?

この気持ちは、酒の席でしか伝えられないことか?

料理は、ワイワイガヤガヤ食べるのが一番美味しいってのは、本当に本当に本当か?


飲食の目的とは、本来は個体維持。

であるならば、基本的には単身で、

または本当に親しき限られた者たちと、

大地の恵みに感謝し、

命をくれた肉や魚に感謝し、

作ってくれた人に感謝し、

静かに、ゆっくり、食に集中して頂くというのが、本来の姿ではなかろうか?


と、このコロナ渦中にて、

個人的には、はんなり気付き始めているのである。


だから外食も、少人数で、静かに、安全に、

味も雰囲気もゆっくりと味わえる店であれば、これからも是非行きたいし、

きっとこれから、そういう店が増えていくような予感がする。


パラレルワールドに迷い込んでしまった彼じゃないけど、

今日までの僕たちは何故、

恥ずかしげもなく、当たり前のように、

何時間も大勢で唾を飛ばし合いながら、だらだらとメシを喰い、酒を呑んでいたのであろう?

そう考えてみると、

探せども、探せども、そのもっともらしい理由が、

この世界の僕にも、見付けられずじまいなのである。



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最終更新日  2021.01.16 07:30:52
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2020.12.04



【原始人の会話①】

草原で焚火を囲み語らう原始人A・B・C。

原始人A 「あのさ、僕、思うんだけどさ」

原始人B 「ウホ?」

原始人C 「ウホ?」

原始人A 「僕ら今さ、ウンコとか、道端でしてんじゃん、あれってどうなの?」

原始人B 「え、何、何、あらたまっちゃって。てゆーか野グソって、僕らの常識でしょ」

原始人A 
「今さ、怖い病気が流行ってんじゃん。いっぱい人が死んでんじゃん。伝染病っつーの?
これ、野グソが原因だと思うんだよね。よくよく考えたら野グソって、ものすげー不衛生じゃね?」

原始人C 
「たしかにそーね。てゆーか、そもそも人前でお尻丸出しで脱糞ってどーなのって話よね。
やっばい、私、ちょー恥ずかしくなってきたんですけど」

原始人A
「だからさ、これからは排泄行為は限定した場所で隠れてするようにしねえ? さしあたってその場所を【トイレ】とでも呼んでさ」

原始人B
「俺はそんなの認めねーよ! 俺はこれまで通り、好きな時に好きな場所で脱糞するからな!
だいたいトイレの効果だって限定的なものだろ!このトイレ脳!」

原始人A 
「いつの時代もいるよね、こーいうヤツ。てか、ほっといて、先ずは始めてみようぜ」

原始人C 「ウホ」

こうして人類は、いつしかトイレで排泄をするようになった。
その結果、伝染病の死者は減少したという。
やがてトイレは人類の文化や常識として根付き、
例えば、まわりに誰もいない無人島のような場所であっても、
ごく自然な行動として、限定した場所で隠れて排泄をするのである。



【原始人の会話②】

草原で焚火を囲み語らう原始人A・B・C。

原始人A 「あのさ、僕、思うんだけどさ」

原始人B 「ウホ?」

原始人C 「ウホ?」

原始人A 「僕ら今さ、全裸で生活してんじゃん、これってどうなの?」

原始人B 「え、何、何、あらたまっちゃって。てゆーか素っ裸って、僕らの常識でしょ」

原始人A
「今さ、怖い病気が流行ってんじゃん。いっぱい人が死んでんじゃん。流行り風邪っつーの?
これ、全裸が原因だと思うんだよね。よくよく考えたら全裸って、ものすげー不衛生じゃね?」

原始人C 
「たしかにそーね。てゆーか、そもそも人前で乳放り出して生活ってどうなのって話よね。
やっばい、私、ちょー恥ずかしくなってきたんですけど」

原始人A
「だからさ、これからは動物の毛皮や植物の繊維を身にまとうことにしねえ? さしあたってそれらを【服】とでも呼んでさ」

原始人B
「俺はそんなの認めねーよ! 俺はこれまで通り、すっぽんぽんのぶ~らぶらで生きていくからな!
だいたい服の効果だって限定的なものだろ!この服脳!」

原始人A 
「いつの時代もいるよね、こーいうヤツ。てか、ほっといて、先ずは始めてみようぜ」

原始人C 「ウホ」

こうして人類は、いつしか服を着るようになった。
その結果、流行り風邪の死者は減少したという。
やがて服は人類の文化や常識として根付き、
例えば、まわりに誰もいない無人島のような場所であっても、
ごく自然な行動として、服を着て生活するのである。



【原始人の会話③】

草原で焚火を囲み語らう原始人A・B・C。

原始人A 「あのさ、僕、思うんだけどさ」

原始人B 「ウホ?」

原始人C 「ウホ?」

原始人A 「僕ら今さ、素顔で生活してんじゃん、これってどうなの?」

原始人B 「え、何、何、あらたまっちゃって。てゆーか素顔って、僕らの常識でしょ」

原始人A
「今さ、怖い病気が流行ってんじゃん。いっぱい人が死んでんじゃん。新型コロナウイルスっつーの?
これ、素顔が原因だと思うんだよね。よくよく考えたら素顔って、ものすげー不衛生じゃね?」

原始人C 
「たしかにそーね。てゆーか、そもそも人前で顔面むき出しってどうなのって話よね。
やっばい、私、ちょー恥ずかしくなってきたんですけど」

原始人A
「だからさ、これからは口元を布で覆い隠すことにしねえ? さしあたってその布を【マスク】とでも呼んでさ」

原始人B
「俺はそんなの認めねーよ! 俺はこれまで通り、むき出しのツラ晒して生きていくからな!
だいたいマスクの効果だって限定的なものだろ!このマスク脳!」

原始人A 
「いつの時代もいるよね、こーいうヤツ。てか、ほっといて、先ずは始めてみようぜ」

原始人C 「ウホ」

こうして人類は、いつしかマスクをするようになった。
その結果、新型コロナウイルスの死者は減少したという。
やがてマスクは人類の文化や常識として根付き、
例えば、まわりに誰もいない無人島のような場所であっても、
ごく自然な行動として、マスクを装着して生活するのである。


ちなみに、会話の①と②は、ネアンデルタール人あたりの原始人を想定して書いた。
また、会話③は、数万年後の未来人から見た我々現代人を想定して書いた。
我々が、ネアンデルタール人も、クロマニョン人も、北京原人も一括りで「原始人」と呼ぶように、
数万年後の未来人から見れば、ネアンデルタール人も我々も所詮は一括り。
サルが二足歩行をはじめて間もない時代の、同じウホウホ扱いであろう。

酷な話かもしれないけれど。

一度排泄を覆い隠した以上、人がそう簡単に野グソフルライフに戻れないように。

一度服を着てしまった以上、人がそう簡単に全裸フルライフに戻れないように。

一度マスクをする生活が定着してしまった以上、

現実問題、そう簡単にノンマスクライフなんて戻ってこないと思う。

良くも悪くも、この新型コロナウイルス禍において、我々は、他人の吐く息の恐ろしさに気が付いてしまったのだ。

例え新型コロナウイルスが完全に終息したとしても、恐らくマスクや消毒の文化は根付くと思われる。

泣くな。喚くな。

で、あるならば、したたかに進化あるのみ。

お前さんはひょっとして、我々が人類の最終形態であると思うたか? 

そいつぁ~おこがましいにもほどがある。

お前さんはひょっとして、今を末世と嘆いているのか? 

そいつぁ~おこがましいにもほどがある。

しょせんウホウホ。

まだまだウホウホ。

僕らは、今だ、進化の途中なのだ。



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最終更新日  2020.12.30 10:33:53
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2020.08.29

新型コロナウイルスの第一波が終息しかけた頃、
麻生太郎財務相が、日本での新型コロナウイルスによる死者が欧米に比べて少ない理由について、
「民度が違う」と発言したことについて、賛否両論が巻き起こった。

賛否の「ぴ」の方は、まあ大方文句ばぁ~っか言っとりたい輩の、取るに足らん雑言だったが、
賛成意見の中にも「たしかに日本人の民度は高い、しかしその内訳に政治家は含まれない」
というシビアな意見が多かった。
第一波を最小限に食い止めることができたのは、これ全て国民の力だ。
政府は何もしていない。むしろ無駄な事ばかりして国民の足を引っ張っていただけ。
これまでも日本と言う国は、いつだって政治はダメで、首相は馬鹿ばかりであったが、

民度の高い国民の力で、いかなる国難をも乗り切ってきた稀有な国である。
という意見だ。

本当にそうだろうか?

日本国誕生以来、奇跡的にいつも政治はダメ、トップは馬鹿であったが、
奇跡的にいつの時代も国民のみ優秀で、奇跡的に国民の知性と努力で発展してきた奇跡の国家。

本当にそう思っているのなら、いやはや、なかなか・・・。

僕は、この地上にそんなユートピアは存在しないと思う。

国家に限らず、スポーツチームであれ、町内であれ、企業であれ、地方公共団体であれ、

トップがダメなら、遅かれ早かれ、そのコミュニティは確実に崩壊する。

これはあらゆる歴史が物語っている歴然とした事実だ。

選手や社員や国民だけの力で維持しています!なんて妄想だ。あり得ない。

何が何でも現行の政権を認めたくない気持ちも分らんでもないが、

問題点は問題点、良い点は良い点、そこはフェアに評価するべきだ。

さもなくば、思考はネジくれるばかり。本来辿り着けるはずの簡単な答えにも、辿り着けない。

第一波を最小限に抑えられたのは、

国民もがんばったし、

安倍総理を中心とした日本の政治家もがんばったからだ。

このシンプルな事実さえ認められない、認めたくないってのは、いやはや、なかなか・・・。





そもそも、みなさんは、この国の歴史を振り返ってみて、
「ああ、あの人のあの政権は素晴らしかった!」
と全国民が称賛するだろうと断言出来る時代はありますか?

それはいつですか?

小泉さんの時?

中曽根さんの時?

田中角栄?

吉田茂?

伊藤博文?

結局のところ、全国民が称賛する時代など、ありはしないのである。

モノゴトには二面性があるのは必須。表と裏。水と油。賛成と反対。

文句ばぁ~っか言っとるヤツは、いつの時代も一定数存在する。

それだけのことだ。





ちなみに、僕は会社では、もっぱら反体制です。

僕は会議で、よく社長と対立します。

真っ向から意見出来るのが、僕ともう一人の部長ぐらいなので、

立場的に社員の総意を託され、会社のトップと喧々諤々とやり合うわけです。

社長は自分の方針を押し通すことがほとんどですが、まれに僕の意見を採用する場合もあります。

ここまでは反体制ですが、僕は長い会議の末、不本意ながら「社長の方針」が採用されたその瞬間から、

先ほどまで真っ向から社長の方針に反対していた自分を一転させ、

社長の方針を、迅速かつ精巧に遂行する実務者に豹変します。

自分が気に入らない方針だからといって、絶対に手を抜いたり足を引っ張ったりしません。

会社の方針として決定した以上は、成功させるために誰よりも最善を尽くします。

僕の仕事の流儀です。

まったく、時々後ろから、思いっきり頭小突いたろかしらんと思う存在ですが、

トップが馬鹿なら、漏れなく会社は潰れます。

僕がおまんまを喰えているのは、社長のおかげ。

何だかんだ言って師ですし、僕は社長を尊敬しています。






さて。


我が国のトップが辞任を表明しましたね。


みなさんの、お望みどおり。


万々歳ですね。






安倍総理、お疲れ様でした。

東京オリンピック、成功させたかったですね。

コロナさえなければ・・・悔やまれます。

我々が総理から布マスクをいただいた頃に、

同じ自民党員ですら着用しないそのマスクを、

メディアや一部の国民から散々馬鹿にされながらも着用し続けた、

総理のお姿を、僕は一生忘れません。

あれは、かっこよかったなあ。

指導者のひとつの在り方を、学びました。

重ねて、お疲れ様でした。

今後は、どうかご自愛ください。



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最終更新日  2020.12.30 10:35:12
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2020.08.12
​​​「新型コロナウイルスの感染者数の発表に意味はない」
という意見をよく見聞きします。
ここ最近、有識者・学者・タレント・インフルエンサーがこぞって申していることだ。
何や知らん、頭のいい連中が、また訳の分らんこと言い出したな。
というのが、ごくシンプルな僕の意見。
正確には、
感染者数の発表だけを取り上げることに問題はあると思うが、
感染者数の発表それ自体は、じぇんじぇん無意味だとは思わない。
というのが、僕の意見だ。





【もはや感染者数の発表は、気象情報や交通渋情報や今日の占いのようなもの】


「新型コロナウイルスの感染者数の発表に意味はない」
何故このロジックに、有識者たちが、こぞって陥るのかというと、
単純に、仕事柄「持論」を常に発信し続けねばならないという立場が影響しているのだと思う。
我々庶民からすれば、もはや感染者の発表とは、気象情報や交通渋情報や今日の占いのようなものだ。
そもそも、さからしく持論を展開するには無理がある類の情報なのだ。
「今日の天気は、晴れ時々曇りです」という天気予報について、独自の意見なんて持てない。
同じように「今日は東京で、200人の感染者が確認されました」と言われても、
有識者としては「ふーーん。・・・で?」としか言いようがないのであろう。

今日の天気は晴れ時々曇りです。
ではコメンテーターの○○先生、天気についてご意見を。

今日は帰省ラッシュで渋滞が予想されます。
さあ、ご意見を。

今日の射手座のラッキーカラーは黄色です。
さあ、どうでしょう?

今日は200人の感染者が確認されました。
さあ、何でしょう?

いや、どう答えいっちゅーの!

そもそも、この発表に意味あんのかっつーの!

だいたいが!検査数が!分母が!何たらかんたら!

と、彼らが苦し紛れの文句を言いたくなる気持ちも、分らんでもない。
これじゃあ、机上で独自の持論をもっともらしく発信するという彼らの生業が成立しない。

んがしかし、地に足をつけ実社会で汗を流して働いている庶民にとっては、
その日の天気や最高気温・交通情報・花粉情報・インフルエンザの発生情報と同じように、
自分のコミュニティで発生したコロナの感染者数を知るということが、無意味であろうはずがない。

我々庶民は、掴んだ「情報」を迅速に実生活で活用できる「知恵」に加工し、
日々おのれの「実生活を生き抜く力」として活用せねばならない。
生活とはリアルで、時に残酷なものだ。キレイ事ばかり言っていられない。
自分が感染すれば、職場に迷惑がかかるのだ。
濃厚接触者ともなれば、何日も自宅待機となり、仕事が止まるのだ。
偏見も、差別も、中傷もある。
職場・学校・家族・田舎のコミュニティなどの、
旧態依然とした見えないルールやしきたりの中で生きているのだ。
有識者の正論が何だ?正論はどこまで行っても正論でしかない。
現実社会では、正論も数ある選択肢のひとつでしかない。
むしろ正論が通らない局面の方が多い。
国が現段階で把握しうる情報は、
僕としては、検査数がどうあれ、分母がどうあれ、信憑性がどうあれ、先ずは知りたい。

「検査数が平等でない県ごとの感染者数を比べることは無意味だ」という人もいるが、

何でじゃ?何でそうなってしまうんじゃ?

僕は、県単位と言わず、市町村単位ぐらいまで、大ざっぱにでも比べて把握したいけどな。

不確かな数値だとしても、自分が住むコミュニティの現状を、大枠で掴むことが出来るから。

県単位に意味がないと言う人は、「国」という単位も必要ないのでは?

僕たち、みーんな地球人。地球単位で数値を掴んでいれば、それでよいのではないのだろうか?





【そりゃ、重症者・死亡者数も大事か知らんけど・・・】


「感染者数に意味はない。大事なのは重症者・死亡者数」

何でじゃ?

「新型コロナより、インフルエンザの方が死者が多い。だからコロナなんて大したことない」

何でじゃ?

「新型コロナより、交通死亡事故の方が死者が多い。だからコロナは恐るるに足らず」

何でじゃ?

「多少の犠牲には目をつぶり、今は最優先で経済を回せ!このままでは自殺者が増えるぞ!」

何でじゃああ?

そりゃ、重症者・死亡者の数値も大事か知らんけど、感染者の数値も同じぐらい大事だと思うけどな。
非感染者がある日突然死者になるわけあるまい、死者は必ず感染者から出るのだから。

まあ、百歩譲って、同じ感染症である新型コロナとインフルエンザを同列で語るのは理解するとして、
まさか交通死亡事故と同列で語るとは、ちょっくら論点のすり替えが甚だしいかと。
その考え方が通るなら、
国内のコロナの死者より、年間の殺人事件の死者の方が少ない。だから殺人なんて大したことじゃない。
今年はコロナで沢山人が死んだけど、核兵器では死んでいない。だから核兵器は恐るるに足らず。
今のところ、コロナの死者より、経済破綻による自殺者の方が少ない。だから経済は後回しでよい。
という考えもまかり通ると思うけどな。





「たまに死ぬけど、滅多に死なないから大丈夫だよ!」

なんつって、憑りつかれたように言われると、逆にすんげー怖えーっつーの。

「カゼだから!コロナなんて、ほぼほぼカゼと一緒だから!」

なんつって、必死で説得されると、逆にすんげー用心するっちゅーの。

「情報は鵜呑みにしちゃダメ!情報操作されちゃダメ!」

なんつって、得意気に力説されると、逆にアンタを、すんげー疑ってしまうっちゅーの。

感染するわけにはいかない。

お金を稼がなければいけない。

家のローンを払わなければならない。

家族を養わなければならない。

会社でも、処理せねばならない諸雑務が山積みだ。

感染してたまるか!

今の僕は、検査数の分母が何たらかんたら、というもっともらしい正論より、

三丁目のラーメン屋で感染者が二人出た、という実用性のある情報が欲しい。

愚民です。ぐみんなさい。

どうぞ呆れてくんなまし。





朝起きて、ニュースで天気予報を見る。
傘の必要はなさそうだ。

最高気温が37度になるという。
熱中症に用心しなくちゃ。

名古屋第二環状線で事故の情報だ。
現場へ向かうルートを変更しよう。

今日の蟹座の運勢は、最悪だって。
とほほ、ベストを尽くそうじゃないか。

おっとっと、忘れちゃいけない。
昨日のコロナの感染者数は?

名古屋市で150人か。増えたなあ。
用心用心、ベストを尽くそうじゃないか。


では、今日も元気に仕事にいってきまーす!


コロナはもう、対岸の火事でも、

机上で語る、空論でもない、

コロナはもう、

僕らの日常なのである。



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最終更新日  2020.12.30 10:35:44
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2020.08.11

新規の工事を担当するたびに、初めてお会いする元請建設業者や役所の担当者が必ずいるのであるが、
この新型コロナウイルスの渦中では、当然ながら初対面からお互いにマスク着用で名刺を交換したりする。
コロナ発生初期の頃は、こういったビジネスの場ではマスクを外すのが礼儀とされたが、今は外さないのが礼儀だ。
この頃は、短い期間の工事であれば、お互いに素顔を見ぬまま、お別れする人もいる。
また、いつもマスク着用の相手の素顔を、リモートで久しぶりに拝見すると新鮮だったりする。
まあ、僕などは、相手の人相や表情から交渉の糸口を見出すようなところがあるので、
マスクを着用している相手の考えているコトは、正直読みにくくて困っている。

先日、会社の健康診断を最寄りの保健センターで受けたのだが、
会場は、コロナ対策として、例年のような野戦病院の如きギュウギュウ詰めを避け、
密を避ける時間割や座席の間隔が徹底されていて、とてもスムーズで有意義だった。
検査ごとに消毒も徹底されていて、逆に今まで随分と不衛生な状態で受診していたんだなあと痛感した。

外食をする時は、混む時間を避ける。
昼食も10時~11時、または14~15時の時間帯なら大抵の店はガラガラだ。
その日お目当てのお店が、あいにくその時間も混んでいるようであれば、そん時は諦める。
別の空いた時間に来店するか、別の空いた店を探す。
場所も時間も予定に縛られず、柔軟に対応することだ。美味しいものは逃げないのだから。
はっきり言って、飲食店をはじめとするサービス業の接客対応は、総合的にコロナ前より今の方がいい。
店内環境もとても衛生的で、ゆったりと食事ができ、何度でもリピートしたい店が急増した。

我が家は、相変わらず、一度でも外出したら、
帰宅時の玄関先での物品消毒の徹底。その後、手洗い→うがい→風呂場へ直行。を続けている。
もしもの時の日用品・防災用品の備蓄も欠かしていない。
人が「習慣化」に必要とする日数は? たしか21日とか?66日とか?
僕などは、いまだに馴れん日々だが、
間違いなく、この習慣は緊急時の一時的なものではなく、もはやスタンダードだということだ。






たったこの半年で、これまでの常識が、あれよあれよという間に、いとも簡単に崩壊してしまった。

なんつったって、これからは、ウィズのコロナなんだから、しょーがない。

僕たちが、コロナを手の平で転がし、首輪をつけて手懐ける。

いつか、そんな日が来る。たぶん。きっと。お願い。

今僕たちは、二つ目の大きな波にノッテケテケテケ、もといゴボゴボ飲まれて溺れているわけであるが。
最近だんだん分かってきたことがある。
まあ、これは、あまり口にしたくないし、あまり認めたくないコトなのだけれど、
現実的に、どう考えても、コロナ以前のような生活様式に戻るのは、無理。

絶対に無理。

ど~やらこいつぁあ「戻りたいけど、戻れない」のではなく。

時代の意思が「戻さない」のだ。



ひとつの時代が、コロッと終わり、

新しい時代が、ニョキっと始まっている。

コロナと共生しつつ、経済を回すのは大切なことだ。

んが。

古い時代に戻す努力は、無駄だと思うな。

もう、あの時代は終わった。

それは、確かに終わったのだから。

今ココ。

コロナを工夫して、ウィズするしかない。


なーんつって、

必死で自分に言い聞かせている、今日この頃である。



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最終更新日  2020.12.30 10:36:14
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2020.05.27
どっかの検事が、賭けマージャンしてたんだって?
ったく、許せん!
検事ってあれっしょ? 偉いんしょ? 国の大事な仕事っしょ? お金いっぱい貰ってるんしょ?
か、考えられへん! 
・・・あ、ちなみに、僕たち庶民の間では、マージャンで金賭けない奴なんて一人もいねーし、
ゴルフで「にぎり」は常識だし、トランプや花札での賭博なんて日常茶飯事だけど。
それはほら、権力者と庶民の賭博は別だから。
俺たちゃ、けなげな庶民だからね、庶民の賭博は、大目に見ていただかねーと。

コロナウイルスの影響で、主にサービス業の個人事業主の経営がヤバいんだって?
国は何しとんじゃい!さっさと救済せんかい!
・・・あ、ちなみに個人事業主の中には、マイカーを社用車として経費で落としたり、
プライベートの食事を接待交際費としたり、領収書の額を水増しして書いたり、
売り上げを別口座に振り込ませると言った、「節税」という名の「脱税」をするヤツが多くいるけど。
そこはほら、政治家と庶民の脱税は別だから。
俺たちゃ、かよわき庶民だからね、さっさと救ってくんねーと。

上級国民が運転する車が暴走して死亡事故を起こしたんだって?
警察は何にとんじゃ!老人だろうが上級国民だろうが関係ねー!さっさと刑務所にぶち込め!
・・・あ、ちなみに僕たち庶民にとって警察の「ねずみ取り」なんてクソだし、
てか、正直まじめに制限速度を守っているドライバーなんて日本にほぼゼロだし、
違法だろうが何だろうが、周りの流れに合わせて走るのが第一だと思ってるし、
そこはほら、上級国民と庶民の運転は別だから。
俺たちゃ、けなげな庶民だからね、警察に捕まんなきゃゴールド免許だから。

検察とメディアが、実はズブズブだったんだって?
呆れてものが言えん!
・・・あ、ちなみに民間企業と議員と役所のズブズブたるや、まるで底なし沼・・・


・・・きりがない。ここらで止めとこ。


駄目だねえ、僕。

権力者を批判する時は、庶民が我が身を省みていちゃあ、論点がボヤけるばかり。

権力者を批判する時は、自分のことは棚に上げて、相手を再起不能にするつもりで。

権力者を批判してりゃあ、とりあえずカッコつくじゃん。

権力者を批判してりゃあ、国のこと真剣に考えてるっぽいじゃん。

分かっちゃいるんだけどねえ。

ついつい、自分たち庶民のズルさに目がいっちゃうのよね。

僕の星の数ほどある欠点のひとつです。





山口良忠という人を知っていますか?

戦後の、日本の裁判官です。

山口氏は、太平洋戦争終戦後の食糧難の時代の裁判官として、
主に闇米等を所持して食糧管理法違反で検挙、起訴された被告人の事案を担当していたという。

当時の日本は建前上、配給食糧以外を口にすることは違法であったが、
んなこと馬鹿正直に守っている国民はどこにもおらず、
庶民も国の偉いさんも、当たり前のように闇米を食べていた。

そんな国民総アウトロー化した当時の日本にあって、この山口氏。

闇米を取り締まる自分が闇米を食べる訳には絶対にいかないと、裁判官の信念を貫き通し。


その結果、


なんと、33歳という若さで、


餓死した。


栄養失調に伴う肺結核のため死んだのである。

今の政治家のなかに、山口氏ほどの覚悟をもって職務を遂行している人はいるか?

また、庶民のなかに、山口氏ほどの覚悟をもって政治に物申している人はいるか?

少なくとも、僕たちの先祖は、餓死しなかった。
法を犯して闇市で買った闇米を食べたからだ。
だから今、僕たちがこうしてここにいる。
これが、生き残りの血だ。

多くの人は、この山口氏のことを「信念もここまでくると狂人の域である」と評したが、

果たしてそうだろうか。

当時の日本で唯一常人であったのが、

山口良忠氏だったのではないだろうか。

山口氏を、ただの狂人だと、

どの口が言えるのであろうか。


言うのは簡単。

つくづく思う。

言うのは簡単なのである。



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最終更新日  2020.12.30 10:49:42
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2020.05.19
母が交通事故で死んだ時、僕は母の代理として警察から事情聴取を受けた。
先ず警察から、事故の詳しい報告と、加害者の見解を伝えられ、
その後は、生前の母の生活の様子を事細かに聞かれた。
僕は、母が車の免許を生涯取得しなかったこと、
昔から横断歩道を渡る時は、ドライバーに苦笑されてもお構いなしで、
ピンっと手を上げてテキパキと渡る、ちょっと変わったオバちゃんだったこと、などを伝えた。
そして事情聴取の最後に、
被害者の遺族として思うことがあればお聞かせください、と言われたので、

加害者を恨んではいません。
僕の発言で罪の重さが変わるなら、どうか出来るだけ軽くして下さい。
この度、母を交通事故で失って分かったことがあります。
車を運転するということは、
ピストルに弾を詰め、引き金を引き、銃口を人に向けながら街を歩くようなものです。
もちろん、誰だって好き好んで人を殺したいわけじゃありません。
でも、小石に蹴つまづいた拍子に、うっかり発砲してしまう。
車を運転する以上、誰もが加害者になりうる。
車は便利な乗り物であると同時に、時に恐ろしい凶器になりうる。
べつに車の運転そのものを非難しているわけではありません。自分もこれからも運転は続けますし。
只々、生涯を通じて安全運転に努めたい。そう肝に銘じるだけです。

と警察に伝えました。

この新型コロナウイルス禍で、ふとそんなことを思い出しました。





緊急事態宣言が、多くの地域で解除されましたね。

そんなこんなで愛知県も緊急事態宣言が解除されたのであるがしかし。

いつまでも「ステイホーム」とは言っていられない。
経済のため、教育のため、もはやウィズコロナは否めない。
感染者を非難するような風潮は、絶対にあってはならない。
感染するのも、感染させてしまうのも、悪いのはコロナだ。
はい、解るんです。
正直、僕自身、この自粛生活、も~限界です。
で、あるからこそ、
今、僕が、かつての日常を取り戻すために、一歩街へ出るということは、
ピストルに弾を詰め、引き金を引き、銃口を人に向けながら街を歩くようなものだ。
ということを、あらためて肝に銘じなければならない。
悪気はなくとも、小石に蹴つまづいた拍子に、うっかり発砲してしまう可能性はあるのだ。





ちなみに、交通死亡事故を無くすためには、
「道路交通法」というルールと、「交通マナー」というモラルの、
双方によって厳しく呼びかけられます。

ピストルを無くすためには、
「銃刀法」というルールと、「人は人を殺してはいけない」というモラルの、
双方によって厳しく呼びかけられます。

ところが不思議なもんで、この新型コロナウイルスについては、
全世界で30万人の死者を出す恐怖のウイルスであるにもかかわらず、
この国は、大方「モラル」のみに軸を置いた呼びかけであるようです。

空き缶のポイ捨ては止めよう!

列を乱さず並ぼう!

あ、そうそう、それからマスク、手洗い、うがいをしよう!

ってなもんです。

ところが、そんな呼びかけにもかかわらず、

何故か、なかなかの自粛の成果が得られちゃったというニッポン。

問答無用のルールで国民をガチガチに縛った諸外国と比べると、

良くも悪くも一線を画す、実に珍奇な国風と言えますニッポン。

誇るべきか。

嘆くべきか。

ここが思案のしどころよニッポン。





交通事故やピストルや自然災害やなんかの、ダイレクトな恐怖と違って、
感染症の恐怖って、まるで五感で察することが出来ないじゃん。
迫り来る恐怖が、見えない、聞こえない、臭わない、味しない、触れない。
そんな至極単純なことが、多くの人々の恐怖心を希薄にしている原因ではないかと。
ここからは、あくまで僕のファンタジーだけれど。
仮に新型コロナウイルスの一匹一匹が目に見えたとしたらさ。
例えば濃ゆ~い紫色かなんかでね。
感染者が街に出て、咳でもしようもんなら、濃ゆ~い紫のウイルスがぶわーーっと空中に舞う。
街行く人の手にも、こってり付着している濃ゆ~い紫が見える。
てな状況であれば、も~呑気にモラルなんかで呼びかけてる場合じゃないよね。
そっこーで激烈なコロナウイルス法が執行されるよね。
感染者に対して「逮捕」とか「罪人」なんて言葉が飛び交っちゃうよね。

想像するだけで、ちんちん縮み上がる。

銃口向けられてる度、ちょ~高め。

ウイルスの脅威は同じでも、見えると、見えないでは大違い。

見えない。

ただそれだけで、僕らは余裕しゃくしゃくだ。




そんなこんなで、愛知県は、緊急事態宣言が解除された途端に、

明らかに県民の気の緩みが、街に色濃く出ていますよ、ここだけの話。

どうなることやら。

まあ、人の価値観は十人十色。

モラルを軸に呼びかけている以上、それぞれが正しいと思う価値観で行動するわけです。

日本人が道徳心を貫いてコロナを終息させるのであれば、

それはそれで、素晴らしいことだがね。

んが、まあ、どう考えても、

第二波は避けられませんね、こりゃ。ははは。

まあ、この先何が起きようと、

それは、僕たちが出した答え。

僕たちが、あえて選んだ道です。

また、出直しましょう。


悩んだり。

学んだり。

わーわー暮らしとります。

お時間です。

さようなら。




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最終更新日  2020.12.30 10:37:20
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2020.05.10
ちーーーっす、でやんす。

本日の、尾張名古屋の空模様、

グズついた、ウジウジした、ハッキリしない、

この意気地なし!つって罵りたくなるよなお天気です。

おや? 庭の家庭菜園、キューリもトマトも、根付いたみたい。



さて、今日は、災害の原体験についての話。

ちなみに、原体験とは、

人の思想が固まる前の経験で、以後の思想形成に大きな影響を与える事柄のことである。

僕には、災害の原体験はありません。

幼い頃から「東海地震」ってのが、いつ来るか解らぬ災害の恐怖としてありましたが、
「南海トラフ地震」と名称を変えた今日も、いまだ幸いにして、ぐらッときてません。

実は僕、これまで大きな地震や台風、豪雨、豪雪、噴火、津波、感染症など、
いくつかの災害が、身近をかすめていった経験は何度かあるものの、
いつも大事には至らず、どこかいつも「対岸の火事」的感覚だったのです。

ゆえに「我が身に降りかかる実体験」となったのは、

このコロナウイルスが、生涯ではじめてです。


当然、うちの娘たちも、はじめてです。

彼女たちにとっては、このコロナウイルスが、まさに災害の原体験となり、
この自粛生活が、彼女たちの、今後の思想・人格形成に大きな影響を与えることは間違いない。

てか、コロナ以前に大きな自然災害や人的災害を経験した子供たちを除き、
日本中の、いや、世界中の大多数の子供たちの災害の原体験は、このコロナウイルスになるのであろう。




ゴールデンウィークの終盤、子供たちがカレー作りに挑戦しました。

姉妹揃って、IKEAで買ったエプロンとコックさんの帽子。形から入るタイプです。

デティールにこだわる長女は、一流シェフよろしく、髭を装着。ははは。アホっすわ。

子供に生肉はいろいろとアレなので、肉はウインナーにしゃーした。





野菜も、皮むきから。




子供用の包丁で、とんとん切ります。




ちなみに。

うちの妻は、2000年の東海豪雨の時、避難した経験があります。
実家の近くの庄内川が氾濫する危険があった為です。
U子さんは、当時18歳。
避難勧告が出されると、父さんの指示のもと、家族はテキパキと準備を終えた。
んが、いざ避難所へ!という時になって、父さんが、
「避難所へは、お前たちだけで行け!俺はこの家に残る!この家を守る!」
と言い出した。
家族は「危ないよ!お父さんも一緒に逃げよう!」と必死で説得。
さながら、ホームドラマのワンシーンのような涙ながらの局面を経て、
父さんは「畳だけ二階に上げたら、すぐ避難所へ向かう!」と約束。
U子さんと母さんと弟は、一足先に避難所へ向かった。

避難所は、近くの小学校の体育館。

家族は、一番乗り。

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・。

あれ?

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・。

待てど暮らせど、だーれも来やしねえ。

え? 避難勧告、出たよね?

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・。

それから一時間以上経ってやっとこさ、

近所のご家族がだらだらと、雑談しながらやって来たらしい。

温度差あり過ぎて風邪ひくわ!と、U子さんは叫んだとか叫ばなかったとか。

その後、その人混みに紛れて、
父さんが、防災頭巾を深々と被り、首から速報流れるラジオをぶら下げ、巨大な防災リュックを背負い、
まるで戦時中の軍人のような出で立ちで現れ、ご近所さんに冷笑されていたとのこと。

結局、避難所で一泊過ごし、翌朝解除されたらしい。

すんげー恥ずかしかった。と、妻は当時を振り返るが、

あの日、もし早い段階で地域の堤防が決壊し、川が氾濫していたら、

助かったのは、妻の家族だけだ。

そう思えば、今日の妻の危機管理意識の高さは、

あの日の体験が影響しているのかもしれない。

僕の家族も、かくありたい。





ディテールにこだわる長女が、眉毛とホッペを!

・・・ったく、よ~分らんわ。





お米をといで、ご飯も炊きました。




おーい、火傷するなよー。




重ねて申しますが。

このコロナウイルス禍の自粛生活が、世界中の多くの子供たちの災害の原体験となります。
今の生活が、あらゆる災害に対する、大きな思想基準となるのです。
いつの日か、この子たちが大人になって、この時代を振りかえり、
「コロナの頃、何してた?」なんつって、皆で思い出を語り合った時に、

うち、こっそり旅行してた。

お父さん、平気でパチンコしてた。

お母さん、マスク爆買して転売してた。

なんつって、答えねばならぬ人達は、

いずれ彼らを襲う災害の渦中にあっても、

漏れなく、人に迷惑をかけたり、

漏れなく、逃げ遅れて死んだりするわけです。

・・・不憫な話です。

今、世界中の親たちは、重要な教育の真っ只中。

今、世界中の子供たちは、重要な学習の真っ只中。

災害時、人は、いかに行動すべきか?

日本の大人たちよ、そこんとこ重々踏まえてヨロシクどーぞ。





長女、大きくなったなあ。

この先、顔や体が完成に向かう兆しがあったら、

こうしてブログに写真を上げるのも、ちょと考えようかな。




次女。

いとしのおバカさん。ぎゃはは。



教えたり。

教えられたり。


わーわー暮らしとります。

お時間です。

さようなら。




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最終更新日  2020.12.30 10:38:06
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2020.04.21
この生涯で、テストで0点を取ったことが、五回あります。

小学生の時に二回、高校生の時に三回。

エグイね、馬鹿さ加減が、我ながら。

ちょーテキトーに書いても、どれか当たりそうだけどね、ふつー。

ちなみに、更なる僕の致命的なエグさは、

振りかえれば、問題に答えられなかったことが、一度もないのである。

いつも、すぐに答えが解った。

いつも、自分は100点取る気、満々だった。

したがって、一問たりとも解答欄を埋めずにテストを終えたことは、ない。

いつだって、僕は、答案用紙をびっちり記入してきた。

だ、だのに、なぜ、0点、五回? ははは。

重ねて申すが、ちょーテキトーに書いても、どれか当たりそうだけどね、ふつー。

さすがは自分。流線形の馬鹿のフォルム。





1月末頃から今日までの、自分のブログをね。

取り分け新型コロナウイスに関連する日記を読み返しているとね。

どえらい、面白れーでかん。

その、ぐわんぐわんっぷりに、我ながら感心してしまう。

ああ、この時期は、まだ余裕ぶっこいてたな、とか。

うわあ、恥ずかしげもなく、やっちゃいかんことやってたな、とか。

おお、この発言は数か月後の日本を見事言い当てたな、とか。

あらら、この時期と今では、自分の考えは、180度違うな、とか。

なんちゅーか、こう、

迷うことなく、迷っているのである。

悩むことなく、考えているのである。

答え無き問に、懸命に答えているのである。

自分軸のブレブレ加減に、我ながら惚れ惚れしてしまう。

ニンゲンたるもの、こーでなくちゃいかん。

にゃはは。

さすがは自分。まが玉の思考のフォルム。


てかさ。

なんちゅーか、ほどほどの言い表し方が思い浮かばないので、

ついつい大袈裟な表現になってしまってゴメンナサイですが、

今、僕たちは、試されてるんじゃないかと。

人類は、試験の真っ最中だぞと。

もちろん、テスト問題は「新型コロナウイルス」。

参考書はない。

過去問題集もない。

予習も復習も出来ようはずがない。

てか、今のところ、正解なんてどこにもない。

でも、答えは出さねばならない。

ったく、難儀な試験だっちゅーの。



でもね。

答え合わせは、もうちょい先。

まだまだ、時間はある。

このクソ難儀な試験に解答する権利を得た、選ばれしニンゲンの一人として、

せっかくだから、答案用紙は白紙で済ますな。

なんとかして、答案用紙は埋めとけ。


今ここ、答え合わせは、もうちょい先。

今ここ、正解なんて、どこにもない。

だからこそ、

今ここ、自分なりの答えを書き続けてみようかなんて。

例えそれが、生涯六回目の0点だとしても、

それなら、それで、いい。

いーーーーじゃん別にぃ。

にゃはは。

さすがは自分。円周率のニンゲンのフォルム。



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次回は「置き配」について書きまする。

おたーしみにい。






最終更新日  2020.12.30 10:39:05
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2020.04.14
テーマ:防災の話(954)
N95マスクが医療現場で不足しているらしい。

・・・知らなかった。

N95マスクとは、粒子状物質の吸引防止に用いられ、
元々は製造・建設現場のマスクとして使用されていたが、
結核やSARSなのどの感染症防止に効果を上げたことから、医療関係でも用いられるようになった。
もちろん新型コロナウイルス最前線の医療従事者の感染予防にも使用されている。

・・・知らなかった。





てか、N95マスク。

うちに、40枚ありましたけど。

・・・知らなかった。

しっかり者の妻が、東日本大震災の原発事故の時、
被災地から遠い愛知県に放射能が飛んで来るのを恐れ、
いち早く備えたらしい。

・・・知らなかった。

・・・ひとこと言ってくれればいいのに。

つったら。

さんざん伝えたっつーの、てめ! ふんふん返事してたろっつーの、おめ!

と、こっぴどく叱られちゃいました。

・・・人の話、全然聞いてなかった。

「このマスクを病院に寄付したい」と、妻が言う。

「全部? 全部あげちゃうの? ただで?」と、僕が訊いたら。

「当たり前だろ!」と、妻が言う。

「でも、また原発がどーにかなるかもしんないし、万が一の緊急事態に備えておいたら?」

つったら。

「今でしょ!今がその緊急事態でしょ!」と、妻が言う。

「ちーせえな、ったく、おちょこの裏」と、妻が言う。

・・・そーか、僕の器、おちょこの裏か、知らなかった。

というわけで、妻、貰ってくれる病院を探すことに。

はじめは、家族がお世話になっている町医者の先生に相談してみようと思ったが、

やはり、新型コロナウイルス最前線の医療従事者に届けようと思い直す。

妻がツイッターにて、有効な寄付の方法を集ったら、

寄付者と医療機関との間に入ってくれるボランティアがあることを知る。

妻は先方とツイッターにて数回やり取りをしたのですが、

直接病院に電話してみるのも一考ですよ、とアドバイスを受ける。

そんなこんなで、

僕の妻は本日、愛知医科大学病院に、直接電話をかけました。

恐る恐る、

「あの、N95マスク40枚を寄付したいんですけど、貰っていただけますか?」つったら、

電話口の人、食い気味で、

すごく欲しい!

って叫んだらしい。

ありがとうございます!

ありがとうございます!

ありがとうございます!

恐縮するほど、お礼を連呼されたらしい。

現場は、とても切迫しているようです。

「よろしければ、直接お届けましょうか?」と、妻が尋ねると、

郵送して下さい。

と強くお願いされる。

ちゅーわけで、明日送ります。



ほんのひと粒の励ましですが、子供のメッセージを添えまする。


もし、このブログを読んでいる人のなかに、N95マスクをお持ちの方がいたら、

今まさに、緊急事態かと!

今まさに、あなたのマスクを生かす時かと!

新型コロナウイルス最前線の医療従事者に使ってもらうことが、あなたのマスクの本懐かと!

れっつら、寄付!

てか、こんなことが出来るのも、妻が、たまたま備えていたから。

人に貰っていただくという行為は、備えなくして出来ない選択。

この気持ちの余裕は、日頃の備えあればこそ。

いやはや、うちの奥さんってすっげーなー。

つって痛感、痛てて。

それに引き替え、お前はいったい何をしてきたのだと、

ああ、歴史が僕を問い詰める、眩しいほど青い空の真下で。


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最終更新日  2020.12.30 10:40:25
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