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素敵なメッセージ

2011年07月11日
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カテゴリ:素敵なメッセージ
 
アルミーンの「本当の愛の関係を築くために」
という映像をみました。

短い映像ですが、とてもよかったので、この映像の中から一部抜粋しますね。

あなたがあなた自身との愛の関係を築くまでは
誰か他の人にとって、本当の恋人になれないのです。

一人でするディナーを心から楽しんだり
一人で映画を見に行くことを心から楽しんだり
自分一人でキャンドルを灯して食事を楽しむことができるようになったら、
自分を祝福することができたら、、、

そうなって初めて、他の人との恋愛関係の準備が整うのです。

それまでは、空っぽのハートを恋人に捧げているんですよ。
そのハートにどれだけの価値があるのですか?

あなたが捧げた空っぽのハートと
同じ分だけハートが空っぽの相手と一緒になるだけなんです。

ですから、二人は空っぽのハートで出会って
一つの完全なものになろうとしているのです。

これは、以前にも何度かここに書いたことなのですが
一人でいて満たされていない人が、二人になってもけして満たされないということ。
恋愛がはじまって最初のうちは、満たされたように感じるのですが
そのうち、自分の満たされないものを埋めようとして
相手に要求するようになり、
そして、それはけして自分の期待したものにはならないので
さらに満たされなくなってしまいます。
自分がやってほしいやり方では、相手はやってくれないので
結局、彼は私のことを愛していないのではないか
などという気持ちが芽生え、そして相手にとっても
自分をありのままに受け入れられていないという想いが強くなり
二人の関係は上手くいかなくなってきます。

キネシオロジーで恋愛の問題の調整の際にも、
クライアントさんの身体が「一人でいる時間を楽しむ」とか
「一人でいても幸せを感じる」などの目標を
魂の目標として選ぶことがよくあります。

一人でいても幸せを感じる、などで潜在意識を調整してしまうと
ずっと一人でいるんじゃないか、という不安が出てくる人もいるのですが
実際は逆で、一人でいても幸せでいない限り、
けしてパートナーとの関係は上手くいかなくなるのです。


って、まさに、昔の私とおさむがそういう関係を経てきたわけですけれどねあっかんべー
以前の私はいつもおさむに「こうなってほしい」と彼が変わるのを望んでいたし
おさむは、私にすべてを受け入れられていないという思いから
心を閉ざしてしまっていました。
結局、私たちは上手くいかなくなって、別れることになって
2年半の間、完全に別れていたわけですが
その間に、私自身が癒されて、完全に自分一人で満たされるようになり
相手にこうなってほしいという期待を手放しました。
その後、再びおさむと出会った時に
それまでの二人の関係とは、全く違う関係を持つことができるようになったわけです。
先日もあの時期の変容は大きかったね~とおさむと話していたところなのですが
これはレイキの影響が大きかったなあと。
その別れていた2年半の間、私は一人でいることがとても楽しくて
満たされていたので、また彼とよりが戻るとは思っていなかったのですが
今から思うと、二人の関係が完全なものになるためには
一旦、一人になって、自分のすべてを愛し、
一人でいることを楽しむ必要があったのだろうなあと。

自分自身をとことん愛すること。

結局、私たちがここ(地球)にいる間の学びとして
何よりも大切なことかもしれません。

アルミーンは、自分を愛するために必要なこととして
インナーチャイルドの癒しが必要だと言われています。

私たちが自分を愛せなくなるのは
インナーチャイルドが満たされていないから。
そのインナーチャイルドが愛してくれ~と暴れているのですね。

IHキネシオロジーでもインナーチャイルドの問題は
インナーチャイルドとして出てくる時と
サバイバルプログラムなどの問題として出てくる時とありますが
どちらにしても、子供の頃に癒されずに残った意識は
その後の私たちの人生のすべてに影響を与えています。
インナーチャイルドが、本当に愛されていることを受け入れると、
自分が完全に満たされ、私たちは一人でいても幸せでいることができます。

昨日書いたように「人の評価を気にする」とか
「人からどう思われるかが気になる」というのも
その多くの原因は、インナーチャイルドからきています。
親にどんな自分であっても、無条件に受け入れられてきた子供は
こういう自分は受け入れられないかもしれない、という恐れを持っていないので
ありのままにいることができるのです。

自分を愛する、というのは、自分のすべてをそのまま受け入れるということ。
例えば、何かに怒っている自分を認めて、自分の中に怒りがあることを受け入れる。
怒りはよくないものだ、とか、こういう自分でなければならないという
一切の価値判断を手放すということ。

自分の中の受け入れられない部分があると
それと同じものを他の人の中に見た時に、とても嫌な気になってしまいますよね。
結局、受け入れられないのは相手ではなく自分自身なのです。
いつも人に対して怒りを感じている人は
自分の中に赦せないものが必ずあります。

インナーチャイルドを癒すということの他にできるワークとして、
ルイーズヘイが「自分を愛する方法」の中で
「今、この瞬間から一切の批判をやめると決める」
ということを言っていました。

そう、私たちの多くはいつも頭の中で批判しています。
あれはよくない、こうならなければならなかったのに、こんなことじゃあだめだ
思考はとどまることなく、自分自身を批判し、他の人を批判し続けています。
ルイーズヘイ曰く
「自分自身への批判をやめたら、他の人への批判をやめることは簡単です」

自分のことを愛していない、と感じている方は
まずは、自分に対する一切の批判をやめてみるということから
スタートするといいかもしれません。

ということで、今でも一人でいるのは大好きで、
一人旅も好きだし、一人での映画も楽しめる私ですが
さすがに一人でキャンドルを灯して食事までは、やったことはなかったなあと。
以前、イルさんが
「一人でいてもテーブルセッティングをきれいにして食事を頂くと、すごいいいよ」
と言われていて、それを聞いた時に「私もやろう♪」と思っていたにも関わらず、
日々の生活の中では、ついおざなりになってしまっていましたあっかんべー

イルさんは、アセンテッドマスターや天使やガイドたちに捧げる食事として
頂くから、という意味で言われていたのですが
つきつめていくと、宇宙や高次元の存在たちへの愛も自分自身への愛も、
同じところに行きつくと言えるのかもしれませんねハート(手書き)






最終更新日  2011年07月14日 03時11分31秒
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2011年06月27日
カテゴリ:素敵なメッセージ
 
昨日「中山康直さんの無被爆の話」をYoutubeで見ました。
今の時期、とっても大切なメッセージだと思いますので
ぜひ見られてくださ~い(10分ぐらいの映像です)

映像を見れない方のために、内容をお伝えしますが
中山さんは、10数年前に広島に講演に行った際に、ある人を紹介されて
出会って話を聞いたそうです。
そのある人というのは、通称、まさじいという広島の原爆を体験された方で、
当時90歳だったそう(現在はお亡くなりになったとのこと)
それで、そのまさじいに会って、原爆の体験を聞いたのだそうです。

まさじいは、当時、原爆が落ちた中心地から
1、8キロしか離れていない場所に住んでいたそうなのですが
なんと、全く被爆しなかったそうなのです。
まさじいに、なぜ被爆しなかったのか、その理由を尋ねると、
3つの理由を答えてくれたとのこと。

その一つは、原爆が落ちた時に彼が着ていた服が、ヘンプ(麻)の服だったとのこと。
(ちなみに、ヘンプは大麻、リネンは亜麻です)
ヘンプについては、以前にも少し書きましたが、衣、食、住、エネルギー、
あらゆる用途に使える聖なる植物。
日本でも古来から罪汚れを祓うものとして神事に使われてきました。
チェルノブイリのペラルーシで、汚染された土壌を浄化するために
ヘンプを使った取り組みがされています。

2番目にまさじいが理由としてあげたのが、
原爆が落ちてすぐに、食事を発酵食品中心のものに変えたということ。
これは、原爆で被爆しても原爆症が出なかった人たち
にも、報告されているように
味噌やしょうゆなどの日本の伝統的な食品が
不要なものを排泄する力を持っていることは
今回、いろんなところで情報が出ていましたね。

そして、まさじいが最後にあげた理由が「気合い」
まさじいは、これが被爆しなかった一番の理由だ、と言い切ったそうです。

それで、中山さんは、自分なりに、まさじいの言った「気合い」が
どういう意味なのか?をひもといてゆきます。
そして、わかったのは、「気合い」というのは、気を合わせるということ。
つまり、自分の意識を恐れや不安に合わせるのではなく、
例えば、安心や信頼、祝福といったこと、つまり愛に合わせるのだということ。
気合いというと、一見、力を入れる感じがあるけれど
力を入れるのではなく、むしろ力を抜いて、宇宙にゆだねることだと
言われていて、ものすごく納得でした。

今、私たちに必要なのは
意識を恐れや不安に合わせるのではなく
愛の波動に合わせることですね。
あらためて、私たちの意識は、本当に科学では説明できないぐらいの
素晴らしい力を持っているなあと感じます。

さて、この講演の中山康直さんについてなのですが、
あのエハンデラヴィさん(現JCガブリエルさん)の本
「5次元世界への超扉」に
彼について、書かれてあります。
それがとてもおもしろいので、紹介しますね。

ちなみに「5次元世界への超扉」とてもお勧めです。
3、4年ほど前にこれを読んでから、私もおさむも
アヤワスカや変性意識に興味を持ったわけで、
いろんな影響を受けた本の一つ。
これからの新たな世界に興味のある方は、ぜひ読んでみてくださいませ~♪

227P~243pより抜粋

「私と同じ、メッセンジャーとして、よく一緒に講演活動をする
ヤッチャンこと、中山康直氏は、13歳の時に臨死体験をしています。

友人と池で泳いでいた時のこと、
彼は突然、泳ぎ方がわからなくなり、池の中に沈んでゆきました。

彼も多くの臨死体験者と同じように、自分がこれまで歩んできた過去の映像が
走馬灯のようにめぐり、中学生の彼と映像が一致した時には
光に包まれている自分がいたといいます。
そして誘導されるがごとく、光の中にスーっと入っていったはずなのに
そこは光輝く世界ではなく、真っ暗闇でした。

彼はそのとき、直感的にわかったといいます。
光と闇は相対して存在するものではなく、闇こそ
光を創出するためのフィールドなのだ、と。

闇と光、悪と善は陰陽関係にあります。
闇がある理由を明確にしないままに排斥すると進化がとまってしまいます。
失敗や後悔があるからこそ、私たちのスピリットは成長するのです。

さて、その闇の空間で、ヤッチャンは、どこかに光はないかと探したそうです。
暗闇ほど、光は際立つものです。
彼は、はるかかなたに一条の光を見出し、そこにフォーカスしていった。
すると、その光がどんどん大きくなり、光に吸い込まれるようにして
そこに入っていきました。

そこはプレアデス星団のアルシオネという星で、
彼はその星に赤ちゃんとして生まれたそうです。
つまり、彼が体験した暗闇は、地球という母の産道だったということになります。

この星の人たちは、自分が何のために生き、生かされているかということを理解し
自分がやりたいことが天命になっています。
だから、死は天命をまっとうした証であり、喜びなのです。
ヤッチャンは、そんな価値観のもとに1万年もの人生を生き、
喜びのもとに死を迎えたといいます。

死体を残さず、喜びのもとに天界に上がるという、
彼は地球の概念でいう即身成仏を果たしました。
こうして、エネルギー体となった彼は、控え室のようなところで
次なる人生を選択したそうです。

さらに進化した星に行く、アルシオネと同じような進化度の別の星に行くなど
いくつかの選択肢がホログラフィックに提示され、
その中には地球に行くというものもありました。

彼には、両親や親しい人に別れを告げることもなく、
死んでしまったという思いがありました。
同時に、アルシオネで1万年の人生をまっとうしたことも記憶しているので
地球に戻ったところで、彼らはとうに亡くなっているとも思いました。
それでも、彼は地球に戻るという選択をしました。
アルシオネでの人生があまりにもすばらしく、
そのことを価値観の全く異なる地球の人たちにも教えたいと思ったからです。

地球に戻ることを決心した途端に意識がなくなって
気がついた時には、池のほとりに友人たちに囲まれて
横たわっている中学生の自分に戻っていたと言います。

地球時間にしてわずか15分が、アルシオネ時間では1万年。

これは私たちが絶対的なものとして捉えている時間というものが
3次元特有のものであることを物語っています。
実際、ヤッチャンが過ごしたアルシオネには
時間という考え方、過去、現在、未来という考え方はなく
「今、ここ」という概念しかないそうです。

中略

現代人は、時間というものを
過去、現在、未来というように分離して考えています。

そこには落とし穴がある、今という大切な時間を
過去の後悔と未来の不安に使ってしまう。
その落とし穴にはまって「今、ここ」を生きられない。
高度に進化した星では、時間というものを球体認識して
過去も現在も未来も同時に捉え「今、ここ」を楽しみ
喜びに基づいて生きている。
直感力を生かして、生命原理に基づいて生きてゆくことで
一つ一つの時間がオーガニックにつながってくる、とヤッチャンは言います。

アルシオネで過ごした1万年の人生をすべて覚えているわけではなく
覚えているのは、おそらく1割ぐらいだろう、とヤッチャンは言います。
(それでも1000年の記憶!!ショック
彼はこの星では、地球で言う管制官のような仕事をしていて
特に印象に残っているのは、7つの太陽がそろった時に行われるセレモニーだそうです。

中略

そのセレモニーではある植物を使います。
プレアデスでは、カンバラとよばれていたその植物は、
地球でいうヘンプ(麻)のことだと、あとでわかったと言います。

ヤッチャンは、中学生の時に臨死体験をしたことで
「人間はなんのために生きているのか」
「自分とは何なのか」
といった、学校では教えてくれない人生最大のテーマに
普通の人より早い段階で直面したようです。

その答えをもとめるべく、彼は世界各国での暮らしを体験することになったのですが
ヒマラヤでヘンプをはじめて目にした時、衝撃が走ったといいます。

なぜなら、臨死体験で覚えていたカンバラの形状やエネルギーと
ヘンプのそれが、まったく同じだったからです。
これを貴重なメッセージだと受け止めた彼は
ヘンプについて調べはじめ、ヘンプは日本文化の根幹にかかわっていることを
知ったのだそうです。

中略

こうしたことに気づいたヤッチャンは、ナチュラルエネルギーの研究や
ヘンプの利用法を広める活動を中心に、意識を転換することで
「地球維新」を実現させようと精力的に活動しています』
                      
以上、抜粋終わり

このヤッチャンのお話は、読んでいてすごくわくわくするのです。
私にとっては、ここに書かれていることは真実だと感じれるし
この映像を見ていると、彼の人間性を含めたエネルギーが伝わってきます。

こちらは、中山康直さんのHP『ヘンプが世界を救う』

ということで、このヘンプ。
多くの日本人は、大麻=麻薬という悪いイメージを植え付けられていますが
麻の実から取れるヘンプオイルは、必須脂肪酸を含み、栄養豊富な万能オイルとして
知られていますし、また医療用大麻は
副作用のない抗がん剤として、救われた方も多いです。
(最近、アメリカの国立ガン研究所が大麻の抗癌作用を正式に認めたそうです)
またヘンプカーなど、ヘンプで走る車も開発されて
エネルギーとしても見直されていますし
先日はヘンプを原材料としたエコな家が立てられたというニュースもありました。
これからの私たちの新たな世界を開いてゆく大きな鍵になりそう。

最近では、あの共和党ロンポール議員と民主党バーニーフランク下院議員が
国による大麻の規制をやめ、州による管理、課税を可能にするという
大麻を合法化する法案を提出したというニュースもありました。
(ロンポール議員は、もと大統領候補であり、本当に世界の平和と
自由のために活動されている方だと私は感じています)

これから、ヘンプ、大麻に関して、多くの人々の意識が
高まってくればいいなあ。
(余談ですが、原発の情報をいつもアップされている中部大学の武田教授は
ヘンプを広める活動にも関わっているのですね。
講演もあちこちでされているようで興味があります)






最終更新日  2011年06月30日 09時38分38秒
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2011年06月06日
カテゴリ:素敵なメッセージ
 
先日、あるHPにたどり着きました。
これは本應寺で、脳障害児の日木流奈くんの講演内容で
震災や今の不安な社会をどう捉えればいいか?の参加者からの質問に
彼が答える言葉は、とても自然に心に響くものでした。

浄土のひびき

彼について、私はこれまで全く知らなかったのですが、
ドーマン法という訓練法を受け
文字盤を指す方法で、5歳の時から、意思表示を初めてから
たくさんの本を出して、NHKでも特別番組で取り上げたそうなので、
日本では多くの方が知っているのでしょうね。

以下は、彼の12歳の時の著書
「ひとが否定されないルール」という本からの抜粋。

「だれかをけ落とす言葉はいりません。
だれかを評価するための言葉もいりません。
だれかを私の思い通りに動かそうとする言葉もいりません。
ただ私の想いを伝えるだけの言葉は存在します。
共鳴と共感、それだけが私の言葉の使い方です」


「私は知らないことを恥じたりしません。
ですが、知ろうとしないことは恥ずかしいことです。
見て見ぬふりをすることはとても恥ずかしいことです」


「この<自分の思い>というのを、自分自身にきけばいいと言われても、
「わからない」と答えるひとがたくさんいることに私は気づきました。
自分が何をしたいのか、どうしたいのかが自分でわからないのです。
ひとからの評価ばかり気にして生きてきたために、
自分の心のありかがわからなくなっているのです」


「”平等”という言葉は、時として人を大きく勘違いさせることがあります。
同じ時間、同じ量のことを、同じようにしなければ平等だといわないとしたら、
この世はもっともっとおかしなことになってしまいます。
私は、平等というのは、それぞれの人が必要な時間、必要なだけ、
その人に合ったやり方で接してもらえることだと思っているのです。
ですから、世の中でいう”平等”がおかしく感じるときがあるのです」

「いつの時代も、警鐘を鳴らすのはほんの一握りの、本当の意味で賢い人たちです。
本来の賢さを持つ人たちです。
知識を知識にとどめず、知恵に変換する人たちが、わずかですがいつの時代にもいました」


「早くから、自然が破壊されることに警告を発していた人たちがいます。
早くから、日本の学校教育のあり方が創造性をはぐくむのに
乏しいと言ってた人たちがいます。
早くから、農薬が危ないと言ってた人たちがいます。
早くから、添加物が危ないと言ってた人たちがいます。

でも、大抵の人は耳を貸しません。
自分がその害を受けてからでないと動こうとはしません。
だから現象が起きているのです。現象が起きて当然のことがなされてきたのです」


「病気になった人は考えます。
障害を持った人は考えます。
不登校に子どもがなったら、その親も考えます。
引きこもりになったら、考えます。
戦争が起きたら考えます。

みんな考え出し、動き出します。
本当はそうならないように知恵を出していなければならないところですが、
現象はすでに起きてしまいました。
それは当然の結果なのです」


「そして、問題はそこから始まります。
現象が起きてくれたのなら、
それをどうとらえるかが、その渦に巻き込まれた人たちの学びなのです。
ただ自分を「不幸」ととらえるか、
「ワールいのは他人で、自分は何も悪くない」ととらえるか、
何もせず、ただ被害者の一人になるか、
それを選択する自由が私たちには与えられています」


「私はだんだんに悟っていったのです。
私が主張して、人と戦っても、正しいという証明には決してならない。
むしろ、私は私と関係する人、私と共鳴する人たちと
より深い信頼関係を作っていくことのほうが大事なのだと
私は知ることとなるのです」


「私は手放すことにしたのです
私の想いも私の考えも、主張するのではなく、
提示するだけにとどめることを選んだのです。
そういった思いに執着したとき、自分の思い通りでないことに心は乱れます。
ですが、提示するだけにとどめたとき、
それを必要な人だけがそれをつかみ取るということに気づいたのです」


「私は時々、知識で戦いを挑もうとする人と話していると、ウンザリすることがあります。
私は知識を大切にする者ですが、知識で戦うことをよしとしていません」

「人により気づくスピードは様々ですし、気づく時は違います。
それをただ促す役目をもてばいいのに、こう考えるのが正しい、
こう振る舞うのが正しいと教えを説き、
それをしない人を排除しようとするところを私はヨシとは思いません。
気持ちが良くないのです。
私の指針は、常に私の心地よさです。
私は私が納得しない人を排除することは決してありませんが、ただ、お友達にはなれません。
ただそれだけです」


「私は条件をつけずに愛されました。
このまんまの私を受け入れてもらえました。
脳障害であることは大変ではあるけれど、
私の存在を否定する材料にはなりえませんでした。
そして、そこから始められた私は、それ以後もだれかと比較されたことはなく、
テストされたこともなく、
きのうの自分よりあしたの自分が優秀になっていればいいという思想のもと、
育てられました。私は常に成功者でした、
私自身において。だれかと比べてでは決してなかったのです。
私は私自身でありさえすればよかったのです


「そして、いつでも、
「かわいい。愛してる」と、一日何十回も言われ続けたのです。
でも、私ががんばっているから私を褒めたのではないのです。
私が生きているだけで私は愛されていたのです」


『大人という人生の先輩は、子どもにとってとても大切な存在です。
上下関係としてではなく、純粋に大人たちを尊敬できる子どもはとても幸せだと思います。
自分が劣っているのではなく、段階として未熟なだけだと知るだけで、
自分を卑下する必要がなくなるからです。
尊敬できる大人たちというのは、子どもに劣等感を持たせません。
とても紳士的に接します。命令ではなく、提案し、提示して
意見を聞かせてくれる大人。
その出会いは人生の財産になるといってもいいでしょう』


ひとの存在が否定されない
このことがどんなに大きな意味を持つか
これまでヒーリングを通じて、いつも感じてきたきたことでした。
私たちは多かれ少なかれ、ほとんどの人が小さな頃から、いろんな否定を受けています。
例え、直接言われていなくても
あなたにはそんな力がない、あなたは受け入れられない、あなたの存在なんて意味はない
それは無理だ、そんなメッセージを家庭や社会の様々な場所で、受けています。
そして、いつのまにか、自己の存在を、無限の可能性を
自分自身で否定しながら生きるようになってしまうのです。

自分の存在をすべて受け入れてもらえたとしたら
私たちの多くは、どんなにか違った人生を送ることができるでしょう。
だから、この流奈くんのメッセージは、本当に深いと感じます。
これは、子供だからすごいというだけではなく
ある意識レベルに達した人の言葉であることは明白。
流奈くん曰く「私は脳障害というお役目を持って生まれてきました」
彼は最も肉体的に制限を持って生まれることで
より多くの人へメッセージを伝えるために生まれてきたとしか私には思えません。

ところが、調べてみると、NHKの放送後、
あれは母親が流奈くんの腕を持って、無理矢理動かしているのではないか?
流奈くんの言葉ではなく、お母さんの言葉なのではないか?という
視聴者からのたくさんの批判が寄せられたそうで、
それで、いくつかの映像を見てみました。

なるほど、確かに見てみると
彼がよそを向いている時も、母親は手を動かしているし
文字盤は固定されずにぐらぐらしているし、時には文字盤に触るより早くお母さんの
言葉が出てくる時があって、一見すると、お母さんが腕を持って動かしているように見えます。
でも、これはすぐに、このお母さんは、彼の微妙な動きを瞬時に感じて、
ほぼ同時に動かすことができているからだと感じました。

例えば、キネシオロジーでも
筋反射を実際にやらなくても、手に触っているだけで、
相手の答えが感覚として伝わってくることがよくあります。
また、例え、触れていなくても、言葉にしなくても、親しい相手が
感じていることを感じ取ることは、多くの人が自然とやっていることです。
ましてや、この親子は、小さな時から24時間態勢で、激しい訓練を続けて
練習を重ねており、流奈くんがちょっと指を動かしたと同時に
お母さんがその動きを読み取り、言葉を発したとしてもけして不思議ではないのです。
この二人の最初の頃の映像は、まだ、たどたどしく、
お母さんが動きに慣れていないことがわかります。

そして何よりも、私の直感で、この言葉を紡ぐ人は、けして
子供をだしに使って、金儲けしようというような人ではない
ということ。
到底、そんなレベルの人が書ける文章ではありません。
そんな最も基本的な人権を犯すような人たちが
何十年もこんなことを続けて、そして、このお寺のお坊さんまでもが、
だまされているなんて、とても考えられないことです。
実際にこのお坊さんの言葉があるサイトに載っていましたが
心から、流奈くんや日木家を信頼されているのを感じました。

でも、目に見えない世界のことを信じようとしない人はたくさんいます。
「これはこういうものだ」という固定観念から
離れることはできない人もいます。
例えば「文字盤が固定されていないのに、読むことは絶対に無理だ」
と考えていれば、どう見たって無理に思えることでしょう。
この批判にどれだけこの親子は傷ついたのだろう、
もちろん、彼らはきっと信じられない人は信じなくてもいい
そう言われるのでしょう。

そんなことを思っていたら、思想家の森崎茂さんが同じようなことを言われていて、
やっぱり、わかる方にはわかるのだと、ほっとしました。

「流奈くんの言葉は世界を肯定するポジティブな姿勢で一貫していますが、
このような感性の起源は、障害のある子を無条件に受け入れた母親との関係にあります。
そのようにして受け入れたわが子を使って“やらせ”まがいのことをしたとすれば、
その行為はその子に対する完全な裏切りであり、存在の全否定につながる。
そんなことは絶対にできないだろうというのが私の直感です。
そうでなければ、流奈くんがあんないい顔をしていられるはずがない」

「そんなむごいことをやれば、母親自身の人間が壊れてしまいますよ。
人間性の根幹を自ら損ねるようなことをやっているん
じゃないかと人々は疑っているわけですが、科学的に検証されていないからと言って、
そこまで疑ってかかっていいものだろうか。
科学的であることとか実証的であることとかにこだわりすぎて、
ものごとを見るまなざしが浅ましくなっているように思います」


日木流奈くんからのメッセージ
日本で様々な問題が起こって、多くの人たちに不安や恐れが生まれている今こそ
一人でも多くの人に届いてほしいなあと思います。








最終更新日  2012年04月10日 22時03分19秒
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2010年10月04日
カテゴリ:素敵なメッセージ
 
先日のブログに「体調が弱っている時に、
あるエネルギーの影響を受けていたことがわかって、
それをクリアリングしたら症状が改善された」ということを書いたのですが
その内容を見て
「私も喉が痛むのですが、何か悪いエネルギーがあるのでしょうか?」
などの、ご質問をいくつか頂きました。

喉の痛みと一口に言っても、咳や発熱や倦怠感をともなうものや
(風邪やインフルエンザなどウィルスが原因と考えられるもの)
また、喉だけの痛み(喉を酷使したために起こっていることや別の病気の可能性もあり)
など様々で、それらは他からのエネルギーの影響云々より
自分自身の生活環境、食事、ストレス、身体の構造的な問題、
潜在意識に抱えている感情など、様々な要因があります。
例え、全く同じ症状であっても、人それぞれその根本的な要因は全く違うのですから
誰かの体験談を読んで、それが自分にも当てはまるわけではないのです。

例えば、腰痛という症状であっても、
その原因は人によっては、パソコンの使い過ぎや電磁波から来ていることもあれば
運動不足から来ていることもあれば
逆に運動しすぎかもしれないし
食事の内容や食べ過ぎが原因のこともあれば
潜在的に抱えている感情のこともあれば
事故などの影響で構造的なものもあれば
他からのエネルギーの影響を受けていることもあります。

いわば、身体はその原因に気づいてほしいために、その症状を起こしています。
どんな症状であっても、かならずそこには大切なメッセージがありますから
それに気づいて、できることを改善していく必要がありますよね。
それには、単に医者や周りの人たちの意見を鵜呑みにするのではなく
自分自身の内なる声を聞いて、それを探ってゆくとことが大切ですね。


さて、今日はシャスタクラブで出会った本

「TEAM KAPPAのシャングリラからの伝言」

この中から抜粋させて頂きますね。

「医療現場では、血圧が高いとすぐに降圧剤を処方します。
そして、それをもって高血圧の治療だというのです。
治療というからには治らないといけない。
少なくとも治すという意志を持つべきでしょう。
みなさん、血圧の薬をもう何年飲んでいますか?
それ本当に治療だと思いますか?

おまけに減塩などということを本気で勧められたりします。
減塩すべきは化学的に合成された塩であり
きちんとした製法で作られた天然塩なら、
むしろ血圧を一定に保ちます。
本来、塩とはそういう性質のものなのです。

西洋医学は危急の時には大変役立ちます。
しかし、慢性病には全くと言っていいほど無力です。
使い分けなのです。
血圧がものすごく高くて本当に危険な状態であれば、降圧剤も必要でしょう。
でもその後、血圧が安定してきたのなら、
薬を服用せずに多少高めであっても、一定の血圧になるような
生活習慣に改めるよう指導するのが、医者の役割というものです。
それをずっと降圧剤で血圧をコントロールしようとする。

いいですか、降圧剤に限らず、どんな薬でも
あなたが毎日それを服用するということは、
「私は病気です」と宇宙に向かって行動してみせているということで
あなたはその病気でいつづけます。
これが宇宙の絶対法則なのです。

皆さん、どうか、お願いだから、薬を手放してください。
薬は目的とする器官の狂った周波数を正常化するようには
働きません。
すべての器官に歪んだ周波数を与えながら
とりあえず、肉体的に症状が落ち着くようにしか作用しないのです。
そして、病気になっている器官の周波数を狂わしている
本当の原因はそのままなのです』


『どんな薬でも、あなたが毎日それを服用するということは、
「私は病気です」と宇宙に向かって行動してみせているということで
あなたはその病気でいつづけます。
これが宇宙の絶対法則なのです』

この部分が、とても共感します。

さて、今回、喉の痛みという症状を通じて、私が身体から頂いたメッセージは、
私とおさむとの関係に関することでした。
それについては、また~ウィンク







最終更新日  2010年10月12日 08時10分23秒
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2010年06月05日
カテゴリ:素敵なメッセージ
 
前回の日記、セントジャーメインからのメッセージの続きです。

月星月星月星月星

悪を正すことには、バランスの歪みがあります。
片方は正しく、もう片方は間違っていると裁き、
価値判断する限り、安らぎを得ることはありません。
そこに平和はありません。
あなたが対立の中に生きているとき、これに反対しあれに敵対し、
政府に反対し、経済や唯物論や政治や・・・
それがたとえいかなるものであっても、
何かと対立しているかぎり、あなたは心安らいではいません。
平和に生きてはいません。
あなたの対立の目的が平和であっても、何かに対立しているなら、
あなたは平和に生きてはいません。

何かを間違ったものとして見るなら、それはすべて対立です。
それは多くの人にとって、受け入れるのが難しいことかもしれません。
でも、それでもかまいません。
大丈夫です。
あなたの道は、最終的にはあなたを安らぎヘと導くでしょう。
安らぎは、それ自体がバランスとハーモニーであることを知っています。
それがあなたの自然な状態であるということも。
あなたの「我、実在なり」は、絶えずあなたを招いているのです。
この安らぎと平和を体験するように・・・

あなた自身の内なる安らぎを求めなさい。
あなたの存在の内側で、対立を秘めている領域のおおいを取りはずしなさい。
あなたの対立の中核となる原因を意識の明るみに出して、
そして、それと和解しなさい。
あなたになされた不正が原因で何かに敵対しているのなら、その不正と和解しなさい。
その和解の中にこそ、安らぎはあるのです。


あなた自身の存在に内なる安らぎが生まれるまで、
あなたが平和を手にすることはありません。

ええ、不正はあるでしょう。
そして、そう、正しい行いもあるでしょう。
しかし、戦いと対立の時は終わりました。
静かな安らぎの時が始まっています。

あなたに敵対するものを愛することができるなら--本当に愛することができるなら --
恐れで反応することなく、むしろ愛で応えるなら、
そのとき、あなたの世界は変容し、その真実の姿を取り戻すでしょう・・・
それは平和と安らぎです。

ただ、あなた自身の生命(いのち)でありなさい。
清らかに公正でありなさい。
あなたの行いの結果を、すべて考慮しなさい。
原因と結果を認識しなさい。
あなた自身に対する影響だけでなく、他のすべてに対する影響、
全体への影響も考慮しなさい。
あなたがたとえどんな良いことをしても、
それがあらゆるレベルで安らぎと共鳴していないなら、私たちはこう言います、
あなたは平和に生きてはいないと。
このような場合、平和というあなたの言葉は、単なるリップサービスにすぎません。
あなたの内なる世界で共鳴していないものを、外なる世界に創造することはできません。

行動と思考と言葉のすべてにおけるあなたの選択が、
あなたの本当の意識の状態です。
平和のおとぎ話もファンタジーも、何ひとつ必要としません。
平和とは、天からあなたの頭上に降りてきて、
人類の汚れた創造物のすべてを洗い流してくれるような何かではありません。
今、あなたの内なる平和に生きなさい。
そうすれば、それはあなたのまわりにも姿を現し、
対立の最も闇のデモンストレーションさえも変容するでしょう。

今、ひと息ごとに、安らぎに生きなさい。
生命に安らぎを吹きこみなさい。
安らぎには偉大なるパワーがあります。
そして、安らぎの中にこそ、
平和と安らぎに調和しないすべてのものの解決策が存在します。

あなたが本当に地球の平和を望むなら、あなたが地上で心安らかでありなさい。
地球を敬いなさい。
互いを敬いなさい。
戦いをやめなさい。
対立をやめなさい。
人を裁くのをやめなさい。
競争をやめなさい。
非難するのをやめなさい。
愛し始めなさい。
思いやりを持ち始めなさい。
意識と覚醒と慈しみをもって行動を始めなさい。
平和を語り、平和を思いなさい。
平和的に行動しなさい。
平和を夢見なさい。
心安らかにありなさい。

平和を実現した時と場所、生き方を夢見なさい。
ユートピアでもかまいません。
平和と協調、愛と喜び、ハーモニーとバランス・・・
平和のその夢の中では、世界のすべての問題に解決策が見つかり、
平和が実現されるでしょう。

平和を望むなら、心安らかにならなければなりません。
だから、心安らかでありなさい。
自分が対立に陥っているのに気づいたら、
そのときはあなたの「キリストなる自己」に尋ねなさい・・・
「私は何に対立しているのでしょう?
 すべてが神で、私が神であるなら、それなら、なぜ私は
 私自身に対立するのでしょうか? 
 私が安らぎを見いだすのを助けてください。
 私は対立を手放します」

意識を上昇させるには、闇と光の中間に安らぎを見つけなければなりません。
あなた方の多くが、安らぎは最も純白の光の中にあるという見方をしています。
また、確かに、安らぎはそこに見つかります。
しかしながら、すべてのエネルギーが和解して理解されるまで、
最も純粋な光を手に入れることはできません。
その和解と理解は、二極性の中間のスペースに存在します。
そのバランスと一様性の場所に、安らぎが見つかります。
安らぎは二極性の片方でももい一方でもありません。
その両方のバランスです。
白い色とは、すべての周波数の色々が一様にバランスのとれた総体なのですから。

世に出て、二極性のひずみを観察しながら、それでもなお、
あなた自身が内なる安らぎにあるなら、
あなたは安らぎとともに別の贈り物も運んでいます。
変化と刷新、平和と希望、そして虹色のハーモニーです。

しかしながら、二極性のひずみを観察して、
あらゆる不正と平和の欠如にフォーカスをあてるなら、
そう、そのときあなたは安らぎをなくし、
あなたがフォーカスをあてるそのものを創造してしまいます。

あなたに敵対する人々の間に座し、
彼らの感覚を慈しみをもって受け入れることができるなら、
あなたは平和を見つけたことに気がつくでしょう。
そしてあなたの真実とバランスのとれた英知において、
あなたは平和とバランスを実演して見せているのです。
見た目には対立しているように見えるものに対して、対立することもなく。
世界を歩きながら平和を想像し、姿を現しつつある平和にフォーカスをあてるなら、
そのとき、あなたは平和を創造しています。

心安らかなとき、あなたはどんなところにいますか?
対立しているときは、どんな状態ですか?
あなた自身に対立する勢力に、安らぎをもたらしなさい。
そうすれば、世界は鏡となって、
その安らかな平和をあなたに映し出して見せるでしょう。

あなたの外なる世界は、あなたの内なる世界を正確に映しだす鏡です。
あなたが安らかな平和にあるなら、世界はあなたとともに、
仲良く平和であることでしょう。

世界中が好転するまでに、あなた方のいったい何人が、
対立することなく心安らかに世を歩けばよいのでしょうか?
私たちはこう言います、いとしい子たち。
それは、あなた方が思うより、ずっと少ない数でよいのです。

安らぎに満ちた、ほんのかすかな身振りにさえも、
そこには無視できない価値があります。
愛と安らぎが一瞬でも純粋に体現されれば、
世界を変化させ奇跡を生むことすらできますから。
純粋な愛と安らぎがあれば、あなたの眼前で武器が崩れ落ちるかもしれませんし、
弾丸は空中で止まるかもしれません。
兵器を商う死の商人の、最も闇のハートさえ溶かせるかもしれません。
ことは本当に、それほどシンプルです。
愛と安らぎは、愛と平和を創造します。

私たちは心からお願いします。
いま世界に描き出されていることに、気を落とさないでください。
多くのことを生みだしてきた歪みにも、やがて平和が訪れるでしょう。
あなた方はみな、内なる平和をにないます。
平和は真実です。
平和は、安らぎは、あなたそのものなのです。
しかし、その顕現を創造するかしないか、それはあなたしだいです。

あなた自身の生において、安らぎを重視しなさい。
自らの意識に安らぎをもたらしなさい。
安らぎの導き手となりなさい。
そうすれば、まもなく、あなたのまわりのすべてに安らぎを見るでしょう。
他の人々はあなたの手本にならい、そして世界は平和になるでしょう。


あなた方を愛しています。
平和と安らぎを熟考してもらうために、私たちは安らぎの中にあなた方を残します。
あなたが心安らかでありますように。
あなたの顕現する世界に、平和が訪れますように。

私は・・・あなた方の平和に、あなたの安らぎに仕える者

    ・・・ 聖ジャーメイン ・・・

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@Arizona







最終更新日  2010年06月05日 00時57分04秒
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カテゴリ:素敵なメッセージ
 
私たちの多くは、小さな頃から、世界を二つに分けて捉えるように育てられてきました。

良い人と悪い人
強い人と弱い人
正義と悪
強者と弱者
光と闇
成功者と脱落者
勝つ人と負ける人
癒すものと癒されるもの

つい私たちは、それは間違っている、とか
それは正しい、とか価値判断を下し、
あの人は悪い人だ、などと裁いてしまいます。

でも、そのあり方が、対立を生み出し、
永遠に戦いを続けることになっているということに気づいてから、
少しずつ私の中の何かが変わりはじめました。

この二元論ですべてを捉えている限り、私たちの真の平和はないし
私たちは分離したままであり、魂の成長はないということに。

2年前にセントジャーメインの詩に出会いました。
セントジャーメインは、実在の人物であったとされるアセンテッドマスターです。
聖山シャスタにとても縁が深いマスターであり、プロテクションや浄化や
私たちが光を持って進むための様々なことをサポートしてくれています。
(先日お話したリーは、生前からセントジャーメインとともによく働いていた方です)


以前、ここに書きましたが、私が体験した至高体験の中で
完全に光の中にいた時、そこには何も対立はありませんでした。
そこには、闇の存在でさえ、悪いものとして存在していなかったのです。
ただただ、すべては愛すべき存在でした。
悪も善もない、ということの本当の意味を、この時に強く実感しました。

でも、日々の生活の中では、つい、私も価値判断してしまいます。
(先日の日記のようにあっかんべー
あのやり方は間違っている、
この考え方が正しい、
そんな時に、ふっとこのセントジャーメインの詩を思い出すと、
それがす~っと手放されてゆくような気がします。

レイキやキネシオロジーが私に合っていると感じるのは
そこに対立がないから。
こう感じなければならない、とか
これが正しいというものがないからなのでしょうね。
100人いたら、100人それぞれの感じ方や捉え方があっていいのです。

今日は、このセントジャーメインの言葉から、抜粋いたしますね。
どうぞ、私たちが完全に対立を手放すことができますように。

月星月星月星

平和とは、安らぎとは存在のひとつの状態です・・・
すべてのものとハーモニーとバランスを保って、
いまここにあることです。

安らぎは、光と闇の間のスペースに存在します。
それは二極性の間での完全なバランスです。

安らぎとは二極性の両極を理解することであり、
何ものにも対立を見ることはありません。

安らぎは対立を知りません。神が対立を知らないように。
神は、神自らに対立することはありません。

しかしながら、あなた方の自由意志において、人類には選択肢があります--
自らに対立するか、あるいはバランスを創造して内なる
「源なる神」を完成させるかの選択です。
もっとも、ひとが対立を選択できるのは、分離の幻想の中にいるときだけです。


恐れはまた別の幻想ですが、これが対立をうみだします。
すべての対立は、恐れによって動機づけられています。
それは永遠に続く下降スパイラルです。
あなたが恐れと対立を、もううんざりというほど満喫するまで、
それは続きます。
その最後の瞬間、あなたはついに「万能なる、我、実在なり」
が輝きを放つのを許し、恐れと対立から愛とバランスへとシフトするでしょう。
対立を手放す選択をするとき、
あなたは自らの「神なる自己」に明け渡すという選択をしているのです。

あなたが善や正義の立場に立つとき、
あなたはただ、それに対立するもの-- 例えば憎悪とか戦争とか --
に対して反感を抱き、これを攻撃しています。
それは、あなたが対立しているということです。
この対立という空間の中で、あなたは憎悪や戦争と
同じエネルギーに巻き込まれているのです。

しかし、ああ、あなた方はこう言うでしょう・・
「私たちが戦争に反対するのは平和のためなんだ!」でも、私はあえて言います。
平和は対立とは無縁なものです。
安らぎは対立を知りません。平和とは、心安らかだから平和なのです。
自分は平和的だと言いながらも、
あなたの兄弟がおこなった間違ったこと、
あるいはおこなわなかったために道を誤ったことを責め、
くどくどとこれを繰り返すなら、そのとき、あなたの心は安らいではいません。
少しも平和的ではありません。
あなたが体制と戦い、世界の不正に反発し、
そして兄弟たちと競争することに時間を消耗するとき、
あなたは心安らいでいる状態にはありません。

すべての状況を、正誤や善悪、白か黒かに分極化させては、安らぎは生まれません。
対立があるところに平和はありません。

あなた方は平和を望むと言います。
平和(Peace)を手にするためには、あなたが心安らか(Peace)でなければなりません。
ハートの炎の中で、安らぎに慣れ親しむようにならなければなりません。
心安らかであるただひとつの道は、
他の人々が彼ら自身の体験を味わうのを許すことです。
たとえそれが、あなたにとっては、どれほどの闇の行為に思えたとしても。
あなたが安らぎの中にあれば、彼らの闇があなたに影響することはありません。

むしろ、彼らの内にキリストの愛と光と安らぎを見るでしょう。
それが彼らの本性、真実の姿であり、あなたが安らかな意識にあるときだけ、
そこに気がつき、それを悟ることができるのです。
他の人々のふるまいや態度、権威や行為あるいは価値判断に共感をおぼえないなら、
それはあなたがハーモニーの状態にない、共鳴していないということに気がつくチャンスです。
しかしながら、太陽神経叢のあたりが苦々しくむかつく時は、
じゅうぶんに警戒しなさい。
自らの内側に不満の憤激が燃え上がっていたら、気をつけなさい。
このような時に行動すると、まさに戦争や敵対にふさわしい行為をもたらすものです。
正義と憤激の行動は、安らかな行為ではありません。平和活動とは言えません。

それは敵対行動です。平和とは、心安らかだから平和なのです。
平和は敵対とは無縁です。

「でも、ただくつろいで何もしないでいたって、何の役にも立ちやしない」と、
あなた方は言うでしょう。
それは実際にそうかもしれません。
しかし、敵対することは、ただ、さらに多くの戦争を生むだけなのです。
ならば、ひとは何をなすべきなのでしょう?
平和とは、心安らかだから平和なのです。
心安らかでありなさい。
そうすれば、平和を手に入れるでしょう。安らかに生きなさい。
心安らかでありなさい。安らかに息を吸い、息を吐きなさい。
安らぎを目にして、平和を夢見なさい。

平和の名のもとに、対立を正当化してはなりません。
天の平和は、戦いも正当化も必要としません。
地上に天国をもたらすためには、
あなたはただ、あなたの本性、真実の姿なるものに、自らを明け渡さなければなりません。
すべての魂の内なる「我、実在なり」は対立とは無縁です。
それはただ安らいでいるだけです。

対立に備えて自ら武装するとき、
あなたは、あなたそのものである愛と光から自らを遮断します。
光をマントでおおって、闇の中に閉じ込めてしまいます。
こうしてあなたは、あなたが対立している相手そのものと同じになってしまうのです。
戦争を行う者を目にして彼らは悪であると非難するとき、
その非難によって、あなた自身が悪そのものになります。
その一方の極、悪の「反対」側に平和をすえる限り、
平和を手にすることは決してありません。
「反対」というからには、そこに対立があるわけで、
それは二極性と二元性が存在するということであり、
それによって三次元密度の現実へと、ますます深く引き込まれてしまうのです。
平和を達成するために戦争という手段に訴えるなら、
それはただ、さらなる対立をうむだけです。

平和を探し求めても、見つかることはありません。
平和とは、安らぎとは、探し求めることができないものだからです--
それはただ、体験されうるだけです。
平和とは、心安らかだから平和なのです。
恐れを利用して対立をうみ、
あなたそのものである光からあなたの気をそらしてしまうのは、
低次のマインドであり、人間のエゴです。
対立を構築したのは人間です。私たちはあなた方にこう言います・・
「対立を溶かしなさい!」
対立があなた方の役に立つことはありません!
平和に、安らぎにフォーカスをあてなさい。
そうすれば、あなたはますますそれを創造するでしょう。
対立にフォーカスをあててみなさい。
そうすれば、ただ、さらなる対立が生まれるだけでしょう。
理解しなさい。
健康や幸福、愛と喜び、恍惚とするような歓喜は、内なる安らぎが生みだすものなのです。
病気や欠乏、批判と闘争、そして痛みは、対立が生みだすものです。
これらの苦悩のすべてを、あなたはいったいどうしますか?
これらを正そうと努力奮闘するかぎり、あなたはたださらなる対立を続けるだけなのです。

うわべでは、あなたはこう言うかも知れません・・・
「私は心安らかな人です。私は何に対しても対立することはありません」

純粋なハートで正直に、自らの内側深くをのぞきこんでください。
あなたが自らに課した対立という刑罰のすべてを、自分自身で手放しなさい。
二極性の世界では、多くの人が、鋭い批判で他人を裁く立場から活動しています。
これは正しい道、あれは誤ったやり方と言い放ち、
正誤間の空間をますます大きく広げながら。
きわめて正しいという新しい一方の極が現れるごとに、
二極性はなお一層拡大し、そして、きわめて誤りというその反対の極が出現します。
振り子は、この対立勢力の両極間を果てしなく揺れ続け、さらに対立を深めるのです。

制限文字数になったので、次の日記に続きます。






最終更新日  2010年06月05日 01時19分46秒
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2010年03月05日
カテゴリ:素敵なメッセージ
 
以前にもご紹介しましたが、ミクシィのマイミクさん
ホメオパスりゅうさんからのメッセージです。
この方のメッセージは、毎回ストーンとハートに入ってきますどきどきハート

今回は、精神世界の鉄人さんが、twitterで紹介してくださっていたので、知りました。
ありがとうございます♪


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「すべての涙は全ての魂のために流される」


あたしのこの声が あなたに聴こえるならば

あなたのその声も 誰かに聴こえるはず

あたしのこの歌が あなたに届くならば

あなたの想いも 誰かに届くはず


どうぞ 感じるままに泣いて下さい 愛しい人よ

すべての涙は 全ての魂のために流される

どうか 出来るだけ笑って下さい 愛しい人よ

すべての笑顔は 全ての魂のために注がれる

映画や本やTVで泣くときでさえ 笑う時でさえ

その涙も笑顔も時空を超えてどこかへ届く

訳もわからず涙が出た時は あなたが魂で何かを受け取った証拠である

例えば フランダースの犬をみて泣くとき その涙は

ネロのように パトラッシュのように おじいさんのように

過去すべての善良な人 善良だった人 

今 善良であろうとする人の魂を癒す

無念な死をとげた全ての人 その死を見届けた全ての人を優しく包む

歌を歌う時は どうぞ 全ての魂に向けて歌ってあげてね

ちょっぴり意識するだけで 周波数が上がるのよ

歌はエネルギーだから 届くのも速いの

お笑い番組で爆笑する時 深い息をすることで腹の底まで酸素が届き

低級なエネルギーはぶっ飛んでしまうわ どうぞ笑ってね

笑いは祈りよりも時に強力である



無駄な涙はなく

無駄な微笑みはなく

無駄な雨はなく

無駄な雷も存在しない



誰かを本当に愛するならば

期待通りにならなくても

裏切られたとしても

無駄になることは無いのです

愛したこと 愛せたこと それだけで良かったはずでしょう 私達

親は子供が健康ならばそれだけでいいと願ったハズなのに

子供をコントロールしようとするのはやめなさい

恋人はそばに居てくれるだけでいいと望んだハズなのに

あれこれと期待しすぎるのはやめてあげなさい


傷つくならば それは愛ではないのです



私はひとりぼっち?

周りが全部 敵に見える?

あの人はオレのことを悪く思ってる?

自分は誰にも必要とされてない?

それは事実なのかしら

それは本当のことなのかしら

それは思い込みではない?

それは妄想ではない?

それは決め付けではない?



あなたは誰かに守られてるから生きているのに

あなたは何かに愛されているから存在しているのに

事実だけを見る訓練をしなさい。

「怒られた」だけが事実であって

「嫌われた」「悪口を言われてる」「憎まれてる」「バカにされてる」

と思うことは事実ではないかもしれないのよ。

「自分はダメ人間かもしれない」「自分は悪人かもしれない」

疑うことから 免疫や自己治癒力は下がりだす

そう アダムとイブのように



私たちは 苦難の人生を歩むために生まれた訳じゃない

人間として生きながらの楽園を具現化するためにここへ来た



子供のころ 自分が世界の中心だったから

悪いことが起きると「自分がこう思ったからだ」と

自分と事件を関連づけてしまっていたでしょう

大丈夫 ちがうわ あなたのせいじゃない

今のあなたは 魂の状態の時のように全ての望みを叶えられる力はないのよ

だから 安心して 今のあなたは全能ではないことを喜んで下さい

幼稚は魔術性は もう卒業しなさい



魂というものには 愛の記憶だけが増えてゆくのです

そして 満杯になって大きくなってMAXになると

人間として地上に転生しなくてもいいという

私たちは愛し合う体験をするためだけに生きているともいえるわ

どんな狂人でも どんなに傷ついてる人でも

根っこの魂は傷つかないのです

そこには本当の愛の記憶だけしか入れない

傷つくのは肉体であり細胞であり 思考であり感情であり精神である

どんなに害ある未熟な人にも 

どうぞ出来る限りの愛を注げる あなたでありますように

その人の魂の経験が愛の体験が少ないことに 信じれることが少ないことに

同情しなくてもいいから共感してあげましょう

よほど傷ついてるということなのです



魂というものは愛や信頼などに反応して治癒力を発揮するので

しばしば奇跡というものが起こるのである

どんなひどい重病の人でも人間らしく扱われたいのだ

どんなにトチ狂ってる人でも魂の部分では

人間らしく扱われているのか扱われていないのか分かっているという

奇跡は愛と信頼によって よく起こることに変わってゆくでしょう

奇跡が普通になる それが次元上昇でありアセンションである



「神様の力によって幸せになれますように」と願うあなたではなく

「幸せを受け取れる私であれますように」と祈るあなたであれ

「ラッキーでお金が入りますように」と願うのではなく

「お金が寄って来る私になれますように」と祈りなさい

神社でも「いつもありがとうございます」とまず感謝しましょうね

誰だって 力を奪おうと必死になって来る人よりも

与えようとする人を歓迎するに決まっているわ 神様だってそうなのよ



外国のことわざを知っているかしら

「飢えている友達がいたら

魚をあげるのではなく 

魚の採り方を教えてあげなさい」


本当の優しさとは 自分に依存させることではなく

自立させるように助けること。


気持ちよく疲れることをやりなさい

本当にやりたいことが出来てるならば

大変でも どこか楽しめるはず

ただただ消耗して疲れることならば それは向いていないこと。

どうしても それに関わっていたい気持ちがあるなら続けてみなさい。



その人といて 気持ちいいか 気持ち良くないか

それだけが大事なこと。

損得でもないし 義務や責任でもない。



生命ある存在は必ず誰かを癒す。

樹や花が人間を癒すように。

自分は何の役にも立ってないなんて思わないで。



わずかでも あなたのその腕が動くならば

伸ばす腕は 空に星に太陽に天に 近くなるだろう

少しでも あなたが生きてみようと思うならば

木々も大地も地球も 同じように思うだろう



あなたたちは家族のことに胸を痛め

誰かに言われた一言に深く傷つき

自分を責めて すぐ罪悪感になってしまうけれど

罪人で無い者など どこに居るというの

あなたは自分を罪人として

罰を求めてしまうけれど

あなたが本当に欲しかったものは罰ではなく

そう 無条件の愛だったのよね

それでもいいよって誰かに言って欲しかった

それでもそんな自分を愛してくれる存在を求めていた

求めすぎて 心の奥で泣き叫び続けた声もかれて

諦めてしまったこともあったわよね

自分だけには日が当たらないと思っていた

自分だけには愛される資格がないと思っていた

素晴らしい人たちだけが

才能あるすごい人たちだけが

心がきれいな人たちだけが

神様に助けてもらえるんだと思っていた

自分にはその資格がないと思っていた



でも どうぞ気付いて下さい

あなたの傷は癒されてもいいんだということに

ひとりぼっちな時もあるかもしれない

でも天は自然はあなたを愛しているのよ どんな時も

あなたを大っきらいで近寄るとみるみる枯れるチューリップに出会ったことがあるかしら

あなたを大っきらいで顔を見ると真っ青になる鳥に出会ったことがあるかしら

どんな時でもあなたは天と自然と神様には愛されているのです

あなたを癒すのは 最終的にはあなたにしか出来ないこと

あなたの傷は あなただけのもの

あなたを全部わかってくれる人なんて

あなたしかいないのです

あなたが癒された時

あなたは知るでしょう

あの一番苦しい時にも

神様と呼ばれるような存在が

あなたと共にいたことを

あの一番辛かった時にも

一人では無かったということに

あの一番落ちた時にも

ちゃんと見ててくれる存在はあったのだということに。



本当に悪い人は

「私ってこんなに悪い子なんです」って思ったりしない

自分を責めたりしない

罰を求めたりしない



罰を求めるのはもうやめていいのよ

そのかわりに自分の不完全さも欠点もまるごと

受け入れてあげてね


あらゆることを 受け流してゆければ

病気にならないわ

どんなに良い長所でも頑なになってしまうと

病気になってしまうわ

真面目すぎるとこだわりが出来てしまうし

いい人であろうとしすぎると犠牲になってしまうし

頑なに良いことばかり言いすぎても不自然なのかもしれないわね

どうぞ あるがままで。

たまには矛盾してもいーじゃない。

あなたの人間らしさは微笑ましい。



あなたが一生懸命生きてるのがわかるのなら

誰も失敗を責める資格なんてないのです。

あなたがどうしようもなくて失敗してしまったのなら

誰も不完全さを責める資格なんてないのです。

あなたが怒られたくなくて傷つけたくなくて嘘をついてしまったなら

誰もその嘘を責める資格なんてないのです。



命ある存在が 一番知りたいことはこれだけです

愛と呼ばれるようなものが確かにあって

それは本当に不滅で永遠であり

魂といえるようなエネルギーは目にみえなくとも存在していて

それはどこまでも不滅で永遠であるということ。

腹の底から 骨の髄から それがわかるということが

どれほどの安らぎをあなたにもたらすことでしょう。



それこそが人生のあらゆる苦難や学びの目的で本質であり

それこそが芸術や自己表現の核でもあるということ。

あなたはその親の元で生まれたからこそ 足りない愛を求めることが出来た

あなたはひどい体験をしたからこそ 本当の愛を知りたいと思うことが出来た

それってどれだけラッキーなことだか わかってる?

傷つけてくれた人 怒ってくれた人 バカにしてくれた人 悪役こそが天使である

あなたが天界で頼み込んで その役を引き受けてくれた人かもしれないのよ

いつか その人たちに心からのありがとうを言える日が来ることでしょう 



気付いた人は表現してゆき 準備が出来た人が受け入れるということ

いくら言っても準備が出来てない人には届かないけれど

いつか必ず届くから あなたはただ出来ることをやりましょう

そして あなたからしか受け取れない人が必ずいる

あなたの言葉だけが響く人が必ず存在する

あなたの色にしか反応しない人がいる

縁ある人と化学反応をする歓喜を あなたはもう知っている

無限に広がる宇宙で 魂が集まる場所は限られています

あなたたちは地球を選んだ それだけでみんな同級生なのよ


あなたの存在が

あなたの笑顔が

誰かを

何かを

あたためますように。

久々にメッセージ書きました。
リンク・コピー・転載・〆( ̄  ̄*)メモメモなどご自由にどうぞ いつもありがとう


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



なんて素敵なメッセージ♪  

一つ一つの言葉に深い愛を感じます。

「すべての涙はすべての魂のために流される」

ああ、だから、あなたの涙は、こんなにも私の魂を癒すのですね。

LOVE赤ハート

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@Arizona







最終更新日  2010年03月05日 23時24分03秒
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2010年02月16日
カテゴリ:素敵なメッセージ
 

シャスタのヒーラー、オマカユエルのところで見つけたyoutubeの素敵な映像。
見ているだけで、ハートが開いて、胸が熱くなってきます。

The Gentle and Forgotten Art of Blessings


この中からいくつかの言葉を抜粋してみますね。



Every thought of we have and action we take becomes
part of the collective energy of the planet

すべての私たちの思考と行動は
惑星の集合的エネルギーの一部となります。

Experience a greater sense of Oneness with all life

人生を通じて、素晴らしいワンネスのセンスを経験すること。

Blessing is the perfect way to develop an awareness constantly
centered in love

Blessing -祝福することは、いつも愛の中心で、
目覚めを高めてゆくための完璧な道です。

Everyday is a blessing
and in each moment there are many things that
we can be grateful for

毎日が恵みです。
すべての瞬間に、私たちが感謝できるものがたくさんあります。

The world opens up to us when we live in a space of gratitude.

私たちが感謝の中にいる時、世界は私たちに開きます。


We can share our experiences and understanding with others
not from a place of condescension but of connection

私たちは、経験と理解を他の人たちとシェアすることができます。
へりくだりの立場からではなく、深いつながりから。


We begin to understand that
difficulties are also invaluable lesson.

私たちは理解し始めます。
困難さえも、とても大切なレッスンであることを。

The sun is always shining for us when we are grateful
Even if it is hidden behind clouds on rainy day.

私たちが感謝している時、太陽はいつも私たちを照らしています。
例え、雨の日に雲で隠れていたとしても。

Grateful blessing allow us to spread our abundance
because that is the energy that we emanate from our beings

恵みに感謝することは、私たちに豊かさを広げます。
なぜなら、それは私たち自身から発せられたエネルギーだから。

Because the world always reflects back to us
what we embody.

なぜなら、世界はいつも
私たちが表したものを反映するのだから。

The universe wants to shower us with blessings
宇宙はいつも私たちに祝福のシャワーを与えたいのです。

Our days are filled with endless opportunities to practice
the art of blessing

私たちの日々は、終わりなく続く「the art of blessing」の練習の機会で
充たされています。

A blessing is the bridge
between heaven and earth.

祝福は、天と地球の架け橋です。


Life itself works through us.

Allow Love to Abound in your life
あなたの人生を愛でみたしてください。

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最終更新日  2010年02月17日 15時51分19秒
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2009年12月08日
カテゴリ:素敵なメッセージ
 
ミクシィで、「おにいる そうこ」さん、通称そっぺさんという方が
とても素敵なお話を公開してくださっているのですが
ここでも、ご紹介させて頂くことにしました。
そっぺさん、絵本も出されているそうです~


       天使の着ぐるみ

             作:そっぺ

 ぼくの名前はトモ

 ぼくね、生まれてから一度も歩いたことないんだ
 一人で立ったこともないよ

 ぼくの足は立ったり歩いたりできないんだ
 手もね、お箸やスプーンを持ったりできないんだよ

 だからさ、ごはんを食べるときは
 お母さんとかまわりの人に食べさせてもらうんだ

 えんぴつも握れないから絵や字を書いたこともないし
 話すことも歌うこともできない

 一日の生活の中で自分一人でできることはなにもないんだ

 お母さんは
 トモくん、ごめんね。元気な体で産んであげられなくてごめんね。
 って、涙を流すんだけど

 ぼくね、自分で決めてきたんだよ

 お母さんのお腹に入る前に自分でこの体を選んできたんだ


 どうやって決めてきたのか知りたい?


 あのさ、覚えてる人もいるかもしれないけど

 ぼくらはみんな、生まれてくる前に
 魂の着ぐるみを選ぶんだよ

 デパートの洋服売り場を思い浮かべるとわかりやすいかな

 そういういろんな着ぐるみが並べてある部屋に行ってさ
 今度の人生はどんな着ぐるみを着て生きてみようかなって選ぶんだ

 部屋にはたくさんの魂たちが服を選びに来ててさ

 あたし、次、これ着てみる!
 とか、

 ボクは色は同じだけどサイズの違う服にしてみるよ
 とか、それはそれはにぎやかなもんさ

 ぼくは白い服も、黒い服も、茶色い服も、黄色の服も着たことあって
 大きいのも小さいのも、毛むくじゃらの服もすべすべの服も…

 部屋に並べてあるたいていの服は着たことあったから
 服を整理してる天使さんを見つけてきいてみたんだ


 あの~、ぼく、ここにある服全部着たことあるんだけど、
 他にないんですか?


 そしたらさ、その店員さんみたいな天使さんが
 しばらくの間ぼくをじーっと見つめてこう言ったんだ


 あ~、あなた。お待ちしてましたよ
 再び人生を始める準備ができたのですね
 どうぞこちらへ


 天使さんは店員さんの控え室みたいな部屋の扉を開けて
 ぼくに手招きをしたんだ

 部屋の中はきれいな音楽といい香りが漂っててさ
 あまりの美しさに思わず入り口で立ちすくんでいたら
 天使さんがソファーに座るようにと優しくうながしてくれたんだ

 ぼくが虹色のソファーに腰掛けると
 目の前の壁が透明なスクリーンになって
 そこにぼくの今までの人生が映し出されたんだ

 何億年という長い年月をかけて何度も何度も繰り返された
 ぼくの人生がそこには映っていたんだ


 ここらへん、同じような人生ばかり繰り返してますね


 ぼくがスクリーンを見つめながら言うと


 ええ、この時期はあなたはまだ若かったですからね
 学ぶことがたくさんあったのに
 あなたは人生で起こる出来事から何も学ぼうとしなかった
 だから何度も同じような人生を繰り返したんですよ


 そうなんですか
 でも人生やってる時は前の人生を忘れてますから
 同じことを繰り返してたなんて知りませんでしたよ


 そうでしょう
 それが人間の特徴です
 確実に学びを得るために、そして今の人生に集中するために
 前の人生を忘れるようにプログラムされているんですよ


 なるほど…
 うわ~、ここらへんは
 酷い事をしたり、されたり、を繰り返してますね


 はい、この時期は主に人の痛みや辛さ、哀しみを感じる心を
 育てることがテーマでしたからね。


 こんな恐ろしいことを平気でするなんて
 なんて酷い人間なんだ、これホントにぼくなんですか?
 それにこんな残酷なことをされてる自分を見るのは心が痛みます。
 信じたくないな。


 信じたくないでしょうが、過去のあなたがこれらを経験したおかげで
 以後のあなたは二度とこんな経験をしない人生が送れたんですよ。


 そうだったんですね…
 世の中の悲惨な事件や事故、災害などに心が傷むのは
 自分が経験したことを追体験してるのと同じなんですね


 そうですよ
 世の中で起きることは全てあなたの中にある部分が表現されているのです
 学び忘れていたことを他の人がかわりに体験してくれているのです
 あなたが再び同じ体験をしなくても思い出せるように
 みんなで協力しあって学び合えるように人間の世界は作られているのです


 そうですか
 だんだんわかってきました


 ですから世の中の出来事に関心を持つことがとても重要なのですよ
 無関心でいると大切なメッセージを逃してしまって
 そこから学ぶことができなくなりますからね


 なるほど、初期のぼくは出来事に無関心だったために
 何度も同じような人生を繰り返していたんですね…


 ぼくは天使さんに質問したり解説してもらったりしながら
 人生をつぎつぎに見ていったんだ


 ここらへんはもう最近の人生ですね
 なんだかぼく、忙しそうに動き回ってますね


 ええ、この時期は還元の時代です
 あなたはこれまでたくさんのことを経験してきましたからね
 自分が得たことを世の中に還元することに
 喜びを感じる魂に成長したんですよ


 困っている人を助けたり、
 動物や自然を守る活動に時間を費やしていますね


 人を笑わせたり喜ばせたり癒したり、
 主に人の心に接する仕事をしているでしょう
 周りから見ると自分を捨てて他人のために働いてるように見えますが
 そうではなくて、あなたは自分の行いが他の人の魂に触れることに
 喜びを感じ、そこから更に高い学びを得ているのです


 確かに
 この人生が終わった時、
 ぼくの魂は感謝の気持ちでいっぱいになっていました


 あなたはこれまでの人生を通して確実に成長しましたね
 おめでとうございます


 天使さんにおめでとうって言われてぼくは嬉しかったんだけど
 同時に、天使さんがまだぼくの最初の質問に答えてないことを
 思い出したんだ


 あの~、それで、ぼく、次に着る着ぐるみを探しに来たんですけど…


 わかっていますよ、着ぐるみですね
 あなたの着ぐるみはこの扉の奥にあります


 そう言うと天使さんは入って来たドアとは反対側にある
 金色の扉を指差したんだ


 この扉の奥にはあなたのように
 高い成長を遂げた魂専用の着ぐるみが用意されています


 なんだ、やっぱり他の着ぐるみもあったんですね
 よかった~、それを早く言ってくださいよ~


 そう笑いながら扉の方へ近づくと
 天使さんは落ち着いた表情で言ったんだ


 あなたはこの扉を開ける準備が整った魂です
 それをよく認識して開けてください


 わかってますってば~
 どんな着ぐるみが用意されてるのかな~~~ルンルルン


 勢いよく扉を開けて中をのぞいたぼくは言葉を失ったんだ


 こ、これは…


 「天使の着ぐるみ」です


 て、天使って…
 だって、これ…


 人間の医学界では普通でないとされている
 いわゆる障害のある着ぐるみです


 これを…ぼくが…着るんですか…?


 これを着られるのはごく限られた魂だけです
 普通の魂ではとうてい着こなせませんから
 人間の医学界で普通ではないと言われるのも
 皮肉ですがある意味、的を得た表現です


 でも…
 これを着て一体何をしろって言うんですか…?


 何もしないのです


 何もしないって…
 じゃあ、何のために人生を送るんですか…?


 何もしないことによって
 全てのことを行うのです


 何もしないで全てをやる…?


 言いたいことを口で言うのは簡単です。
 やりたいことを体を使ってやるのは簡単です。
 しかし「天使の着ぐるみ」は
 それらの手段を使わずに
 存在のみ。
 あなたがそこに存在していること、それのみで
 人類に大切なことを伝えるための着ぐるみなのです


 そんな難しいこと、ぼくにできるかな…


 できます
 あなたはそれをする段階まで成長した魂なのですから
 最も、「天使の着ぐるみ」を選ぶかどうかは
 あなた次第ですけれど…


 ん…
 …
 …


 うん!ぼく、やります
 「天使の着ぐるみ」を着て人生やってきます!


 そう言うと確信していました
 ありがとう


 でも…お母さんは誰にしよう
 きっとぼくが産まれることによって
 お母さんはたくさん苦労すると思うんですけど


 大丈夫
 あなたのお母さんになる人は
 この人生であなたを育てることによって
 最大限に成長することになっている魂なのですから
 お母さんだけではなく、お父さんも兄弟も周りの人達も、
 あなたに関わる全ての魂は
 あなたに触れることで最大限の成長ができるのです


 うん、ぼく勇気が湧いてきました
 ぼく、この課題きっとやりこなしてきます


 いってらっしゃい


 いってきます


 ぼくは「天使の着ぐるみ」を受け取ると
 天使さんにあいさつをして
 ぼくを産んでくれるお母さんをさがしにでかけたんだ

 しばらく空を飛んでたらさ
 誰かがピンク色の光をぼくに向かって放ってきたんだ
 なんだろう、と思って近づいてみたら
 ぼくの知ってる魂だったんだ


 ぼく、ぼくを産んでくれるお母さんを探してるんだけど
 もしかしてぼくのお母さんになってくれる人なの?

 ってその魂にきいてみたんだ

 そしたらその魂は

 そうよ、わたしはあなたのお母さんになるために
 少し早めに人生を始めたのよ
 次は親子になろうねって約束してたじゃない

 って言うんだ

 そっか、そういう約束してたっけ

 ぼくは嬉しくなって泳ぐようにしてお母さんのお腹の中に入ったんだ




 人生やってるお母さんはそんなことすっかり忘れちゃってて
 トモくん、ごめんね
 って泣くんだけど
 ぼくたち、約束しあって生まれてきたんだよね


 「天使の着ぐるみ」を着て人生やるのってホント、難しいんだけど
 その分、すごくやりがいがあるんだよ


 ぼく、この着ぐるみ大好き!


 ありがとう赤ハートそっぺ



星月星月


何度読んでも感動で泣けてきます~号泣

言葉によってでもなく、行動でもなく、
その存在だけで周りに愛を伝えてゆく
天使の着ぐるみを選んで、この地球にやってきた
勇気ある魂たち。

私たちに、本当の愛を教えてくれているのですね。

そして、私も自分で選んだ着ぐるみも
いつかお返しする日まで、大切にして愛してゆきたいと思います~ウィンク

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最終更新日  2011年12月01日 15時25分08秒
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2009年10月24日
カテゴリ:素敵なメッセージ
 
最近知って、とても心に響いているルーミーの詩です。


星月星月

おいで、おいで

あなたが放浪者でも
師を求める人でも
世捨て人でさえも
誰であろうとかまわない

われわれの仲間は絶望しない者の集いだ

おいで

たとえあなたが自分の誓いを
千回破ったとしても

それでもおいで、おいで
何度でもおいで。


星月星月


読んでいると、ハートチャクラがどんどん開いてくる感じがしますハート(手書き)


「千回、自分の誓いを破ったとしても」

自分の誓いを破る(というより「誓いを変える」かしら?)のが得意な私にとっては
そう言われると、ほっとするのかもウィンク


どんな自分であったとしても、受け入れてくれる場所。


そんな場所が、それぞれみんなにあったらいいですね。

そして、私も誰かにとってのそんな場所でありたい。

何があったとしても、絶望することなく。

あらゆるこだわりを捨てて。


おいで、誰でも晴れ




PS
実は、今日は別の記事をアップしようとしていたのだけど
何度やっても、途中でバグのようになって
ネットが切れてしまってアップできず。
(書いた記事が5回も一瞬で消えてしまったほえー
試しに別の記事、このルーミーの詩を書いてみたら、すんなりアップできたので
その記事は今日は載せるなというメッセージなのかなあと。
こういうことはたまに起こるのだけど、不思議です。
流れのままに♪

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@New Mexico









最終更新日  2009年10月25日 17時12分17秒
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