映画と出会う・世界が変わる

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作品レビュー(中国、香港、韓国、台湾)

2011年08月30日
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この映画では死を目前にした父親と、その死後に自閉症という一人で
生きていくのが極めて困難な事態になるであろう息子の物語。
「海洋天堂」という映画のことを表現すると、そのような言い方で間
違いではない。では、この映画は一体、何を描いたのであろうか?
父親は、自分が死んだ後にも息子が生きていけるようにいろんなこと
を教える。
シャツの脱ぎ方、衣類の仕舞い方、卵の割り方、バスの乗り・降りの
仕方、モップでの掃除方法などなど。おおよそ、日常生活で必要な動
作がここでは淡々と丹念に描かれる。それも繰り返し、繰り返し。
この映画は、そうした日常生活における動作、それも平凡な動作を描
いたものといえよう。誰にでもできるそんな動作を教えるのが、無敵
のアクションスター、ジェット・リーであることがこの映画のポイン
トであろう。
どんな人生も、どんな生活も、そんな平凡や動作で成り立っていると
いうことを教えてくれる、そんな作品である。
従って、ラストに出てくる「平凡にして偉大なる全ての父と母へ」と
いう字幕が大きな感動を与える。






最終更新日  2011年08月30日 12時07分12秒
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2011年08月29日
自閉症の一人息子と彼を育てる父親。その父親はガンで余命わずか。
このような設定であれば、どれほどドラマティックな内容になるか
は容易に想像できるが、実はこの映画の演出は抑制されていて、さ
あ泣けと言わんばかりの過剰な演出はない。静かな日常を淡々と描
いている。その演出が実にいい。画面は青い海のイメージを基調に
穏やかな色調である。撮影監督はクリストファー・ドイル。
父親を演じるのがジェット・リー。ジェット・リーがこのような作
品に登場するとは、誰が予想したであろうか。
アクション以外に何が出来るのかと思わせるジェット・リーである
が、この父親役は見事である。ジェット・リーの新しい魅力を見せ
てくれた。
昨年は「ベスト・キッド」で、新しい役柄に挑むジャッキー・チェ
ンを見ることが出来た。そして、今年は新しいジェット・リーであ
る。香港映画のアクションスターは進化している。






最終更新日  2011年08月29日 00時30分51秒
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2011年07月10日

張芸謀の「HERO」は、まさにオールスター・キャストであったが、
ドニ・イェンは、最も目だ立たない扱いであった。しかし、私には、
彼が演じる長空という槍の使い手が最も印象に残った。彼のアクショ
ンにはある種の品格が感じられたのである。
その品格は、今回の「イップ・マン葉問」でも同じように感じられた。
ドニ・イェンが持つ一種独特のたたずまい、これがこの作品への起用
に決まったのではなかろうか。
この映画においてドニ・イェンはいくつかのアクションを演じている
が、すべてパターンが違う。まさにドニ・イェンアクション博覧会と
いう趣である。ボクサーとの対決が最もハードであるが、私はサモ・
ハン・キンポーとの対決シーンが最も印象に残った。これは、まさに
芸術品とでもいうべきものだ。
この作品ではラストに思いがけない場面があった。ブルース・リーと
の出会いのシーンである。映画史を変えたスター誕生の瞬間である。
しかし、そのシーンは実に何気なく描かれている。その何がなさこそ
が涙が出るような感動を与えてくれる。

「イップ・マン 序章」も是非、見たい。

 







最終更新日  2011年07月10日 03時09分35秒
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2011年07月04日
久々の痛快活劇娯楽作である。タイムリミット・サスペンスとでも
いうべきか。今回の場合、孫文を、彼をねらう暗殺団から1時間だ
け守るという時間設定があり、まさに「ミクロの決死圏」と同じよ
うなドラマ設定である。
香港に上陸した孫文たちを乗せた人力車が街の中を疾走すると、そ
こに次々と浴びせられるボウガンの矢の群れ。そのスピード感、躍
動感溢れる映像が素晴らしい。
結末は、ほぼ予想はつくが、スリリングで見ている側もヒートアッ
プする。
孫文を守る側の義士団の意外なところは、皆、孫文の革命思想に共
鳴したというのではなく、個人の人生に決着をつけようという動機
が半分以上という点。しかし、そこにドラマ的効果を生み出す要因
があり、一人一人の過去のエピソードが効いている。
義士が死ぬと、その都度、名前と生没年が表示されるのは、「仁義
なき戦い」の影響か?
こういう作品を見ると、日本のアクション映画は、まだまだ発展途
上でしかないと思った。






最終更新日  2011年07月04日 00時13分29秒
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2011年06月24日
ギョンチョルは本当に極悪非道な人間である。残虐な殺人を情け容赦
なく繰り返すギョンチョルが、もしそのような行為をやめることがあ
るとすれば、それはどんなきっかけであろうか?
息子に関することであろことは想像できる。具体的にはどんなことだ
ろうか?息子が「もうこれ以上の殺人はやめてくれ」という懇願であ
ろうか?
もし、スヒョンが息子を人質に取るか、息子を殺すようなことがあっ
たら、どうなるのだろうか?
正義の側にいるスヒョンとしては、あくまで狙いはギョンチョルであ
り、彼を痛めつけることだけが目的なので、スヒョンが彼の息子を殺
すようなことはないと思われるのだが・・・。







最終更新日  2011年06月24日 19時31分51秒
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2011年06月23日
きつね雑貨市GINKOさんが注目された「ギョンチョルが自室で
ギターを弾くシーン」について、もう少し書いてみよう。
GINKOさんのコメントに触発されたようなものである。

ここで注目すべきはGINKOさんも指摘しておられる「顔が全く
写らず、背中からのワンカット」という点である。
このとき、ギョンチョルはどのような表情だったのであろうか。
弾いている曲が「朝日のあたる家」であることを考えれば、おそら
く自らの人生をふりかえっているのであろう。
問題はそのふりかえり方である。悔恨であろうか、呪詛であろうか。
どちらにしても彼の殺人への行動への理由になりうる。
さて、どちらであろうか?
どちらにしても名優チェ・ミンシクであれば、観客への説得力は十
分な表情が出来るはず。むしろ、このような場面こそ、チェ・ミン
シクの演技力の見せ所のはず。それを敢えてとらずに、背中からの
みを見せたのは何故であろうか?
もしかしたら、それは「見せないこと」や「描かないこと」で観客
に衝撃を与えようというものではなかろうか?
どんな名優の表情でも見せてしまえば、それはそれだけのこと。
むしろ見せないで観客の想像に委ねることでギョンチョルの心の闇
の深さを、そしてギターを弾くときの精神状態が人生への悔恨であ
るのか、呪詛であるのかも併せて観客に委ね、その深さと恐ろしさ
を描くことが出来たのではなかろうか?















最終更新日  2011年06月23日 01時39分42秒
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2011年06月20日
イ・ビョンホンの熱烈なファンであり、イ・ビョンホンと
キム・ジウンのコンビ作には、私にとって常に刺激的な
レビューとコメントを下さるきつね雑貨市GINKOさん
からの「ギョンチョルが自室でギターを弾くシーンがあり
ますがあれをどうとらえるか、ご意見を伺いたいです。」
という宿題に対して書いてみよう。

これは歌うことをやめたスヒョンに比してギョンチョル
の行動の自由度、優位性を描いたものと考えたい。
先のレビューでも書いたが、スヒョンとギョンチョルと
の戦いは常にギョンチョルが優位なのである。
ギョンチョルは常に自然体で行動して殺戮を繰り返す。
一方のスヒョンは喪失感の中で戦わねばならない。
自然体ではないのである。
スヒョンとギョンチョルとを比べてみると、スヒョンは
「陰」であり、ギョンチョルは「陽」なのである。自室
でギターを弾くシーンは、そうしたギョンチョルのキャ
ラクターを示したものではなかろうか。
ギョンチョルは「陽」であるからこそ、自由奔放な天性
の殺人鬼としての説得力があるのだ。






最終更新日  2011年06月20日 00時07分15秒
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2011年06月15日
スヒョンとギョンチョルとの闘いは、どのような結果に終わろうとも
実は、最初からギョンチョルの勝ちなのである。そのことは、スヒョ
ンに仕留められたギョンチョルが最後に言い放った通りである。
殺された者の苦しみの何倍もの苦しみをギョンチョルに与えて殺そう
とも、失われた命が戻ってくることはない。決してスヒョンは勝つこ
とはないのである。
そのスヒョンが最後にとった手段とは、肉親に殺させて生き残った彼
らに一生残る心の傷を負わせるという極めて残酷な手法であった。
それでもスヒョンが満足することはない。心が晴れることはない。
ラスト、呆然と慟哭の表情を浮かべて歩くスヒョンの表情には、その
ことが表れている。
その後の彼は、スーツを着ることも、歌を口ずさむこととは縁のない
人生を歩むことになるのであろう。おそらくあの後、彼は自ら命を絶
つのかも知れない。そうなるとギョンチョルの遺族たちは復讐の相手
もないままに生きるのである。
キム・ジウン監督は警察も司法も、そして道徳観も関係ないと、それ
らを拒絶した中で復讐をつきつめたのではなかろうか。






最終更新日  2011年06月15日 00時14分51秒
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2011年06月14日
「甘い人生」はアラン・ドロン主演のフィルム・ノワール、
「グッド、バッド、ウィアード」はマカロニウエスタン、
とキム・ジウン監督とイ・ビョンホンのコンビはヨーロッパ
映画の名作にオマージュをささげるような映画創作を続けて
いるようだ。
(ちなみに、これはキム・ジウン監督とのコンビではないが、
イ・ビョンホンの「誰にでも秘密がある」はパゾリーニの「テ
オレマ」からインスパイアされたのではないかと思っている)
ヨーロッパ系への傾倒はイ・ビョンホンというよりキム・ジウ
ンの趣味かも知れない。
今回もギョンチョルの友人の屋敷はヨーロッパの森の奥深く
にありそうな感じであり、まるで「O嬢の物語」の舞台にも
なりそうだ。
さて、今回の「悪魔を見た」は、何からインスパイアされたの
であろうかと推理してみると、これはロベール・アンリコ監督
の「追想」ではなかろうか?
ナチの妻と娘を虐殺された田舎の医師、それも温厚で平凡なだ
けが特徴の男のナチへのすまさじい復讐の物語である。
彼の復讐心を支えているのは、家族で過ごした平凡だが幸福な
日常の思い出だけであったという物語である。
「追想」を改めて見たい。






最終更新日  2011年06月14日 00時04分04秒
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2011年06月12日

復讐に挑む者がその対象の「悪」と同化することだとは、よく
言われることであるが、この物語では、その「悪」が更に強化
され、新たな「悪」が目覚めていくのである。
「甘い人生」でも「グッド、バッド、ウィアード」でも一筋縄
ではいかない作劇を仕掛けるキム・ジウン監督であるから、
その描写は単純ではない。
イ・ビョンホン演じる、復讐に燃える主人公スヒョンの最初の
登場場面とラストの比較をしてみよう。
冒頭の婚約者が殺される直前の電話での会話では、歌を口ずさ
む。また、彼女の死体が発見された現場では思わず吐き気がし
たのか口を押さえる。
ラストでは、彼は歌を口ずさむことなどとは縁のない世界にい
て、ただ慟哭するのみある。もはや言葉にも用のない世界にい
るのかも知れない。
スヒョンの変化、その過程の行動の凄まじさを、観客には視覚
で見せてきたのであるが、ラストで観客に改めて認識させるの
である。
見ている私には、その比較は、途中の血まみれと暴力シーン以
上に衝撃的である。

 

 







最終更新日  2011年06月12日 09時17分14秒
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