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カテゴリ:本
山口昭男元岩波書店社長による「編集者から見た吉村昭・津村節子」との副題の講演があった。会場には、津村節子、加賀乙彦も見えた。
講演に先立っての津村節子の挨拶の中では、記念館の相談を持ち掛けられた吉村が、辞退しつつも地域の図書館の一画にでもあればとの希望を述べたことが触れられ、津村自身もこの施設を気に入っていると語られていた。吉村の作品は、多すぎるので全部はとても読めず、自身はそれほどよんでないと。戦艦武蔵と高熱隧道は読んだと。明るく、元気で感謝のこもったご挨拶で幸せが満ちてくるような話だった。 講演では、編集者として吉村とやりとりした逸話が数多く語られ、あの作品群をつくりだした人柄がとてもよくわかり、楽しく聴け、偲ばれた。津村節子は、前列で講演者を見ながらヘッドホンを使って聞かれていた。 吉村の確かな事跡に基づく考証と、考証にもとづく事績の描写、事実と事象の中から描き出される人間像、これらで揺らぐことのない迫真な小説の数々はなりたっていると思うが、基点は取材と聞く。この講演でもその様子が披露された。 ご本人は、取材と言わず、調査と呼び、一人で自由に動くことを重んじて取材費はいらぬと。旅行ではないと、旅程も二泊が限度で、終われば即、帰宅されていたと。夜は、取材先の人々と一献かたむけるのが常だったらしい。 よい店の見分け方として、「カウンターが五、六、テーブルが二つくらい、カウンターに男がひとりで飲んでいれば、間違いない。」と言われていたそうだ。 岩波の津村節子の「ふたり旅」の紹介にある著者のあとがきに、ひとり旅の様子がわかるものがあった。 岩波の津村節子の「ふたり旅」の紹介にある著者のあとがき 講演では、遺稿となる「一人旅」執筆時の肉筆faxが映像で披露された。原稿依頼に対しての応諾文、原稿送付時の送付文、完成後の礼状、いずれも、人柄が偲ばれる簡潔で誠実なものだった。 「四月十七日、7.5枚のエッセイお受けします。数日前Faxでお送りします。」 「相変わらず早めですみません。書きましたのでお目通しください。ゲラをお送りください。」 「このエッセイを受けてよかったと思います。退院早々でどうしようかと迷ったのですが、書いて元気が出ました。体調が少しづつですがもどっております。ありがとうございました。」 今年は、13回忌だそうだ。読めば読むほど、かけがえのない思いになる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Nov 5, 2018 12:39:05 PM
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