トライアスロン・ジャパンカップ in 佐渡1989(RUN 42.2km)
ラン(42.195km)に移る時点で、スタートしてから既に8時間あまりが経過していた。
やや曇り気味の空。でも、これくらいの天候の方が走るには適している。8月の気候に比べれば、気温もそれほど高くないし湿度も低そうだ。
スタートしてから間もなく僕のエンジンはフル回転し始めた。得意のランだけに、つぶれてもいいからペースを上げてみようという気になったのだ。
トロトロ歩いている連中は皆僕の後方へと消え去っていく。実にいい気分だ。スイムで遅れた分も十分に取り戻せそうだ。スイムとバイクで体力をさほど消耗しなかったせいか、疲労の気配すらなく、むしろ快適な気分でレースを楽しんでいる。
国仲平野を北西に縦断するコースは田んぼに挟まれたのんびりとした道が続く。沿道にいた農家のおじさん・おばさん達もしばし稲刈りの手を休めて我々に声援を送ってくれる。
この日、3時ごろ朝食を食べたのだが、メニューはおにぎりとアサリの味噌汁ときんぴらごぼうだった。消化不良を起こすようなものは口にしたくなかったので、アサリときんぴらごぼうはパスすることにした。実は、このごぼうを食べなかったことがランで功を奏したのか、「お先に」と声をかけながらスローランナーたちをどんどん抜いていく。これが本当の「ごぼう抜き」だ、と僕は思った。
少なくとも200人は抜いただろうか。スイム終了時点での順位がだいたい300番台だったらしいが、ランの途中では100番以内にまで上がっていたので我ながらびっくりした。
折り返してくるトップ選手たちとすれ違ったのは、ちょうど15キロ地点くらいだった。このトライアスロン大会のコーディネーターでもあるプロトライアスリートの城本徳満選手がぶっちぎりで先頭を走っている。自転車競技出身の選手だが、胸板も厚く、ランもかなり速い。
エイドステーションがたくさんあって、バナナやスポーツドリンクは自由に取ることができる。でも、バナナはバイクに乗りながら20本以上食べたのでもう見るのもうんざりするほどだった。エイドステーションでは前半からこまめに給水をした。ただ、糖分の多いスポーツドリンクはあとで胃がむかつくことになりかねないので、ただの水を多めに取るようにして、時折梅干やキャンディの類を口にした。
折り返し点にたどり着くまでがずいぶんと長く思えたが、中間点を1時間40分ほどで通過していた。予想以上にいいペースだ。この分だと途中でつぶれない限り3時間半で走ることができそうだ。
その後もペースは衰えることなく、次々に現れるランナーを捕らえ、容赦なく追い越していく。
前方10mに選手が見える。まずピッチを合わせる。ピッチが自分より遅い選手ならば自分自身がストライド(歩幅)をほんの数センチ広げてじわじわと後方から接近する。横に並んだら相手の表情を見る間もなく一瞬にして抜き去るのだ。まるで空高くから地上のネズミを見つけたハヤブサが、一瞬で急降下して獲物を捕えるようなスピードだ。研ぎ澄まされた刃物のようにキレのあるスピードに自分自身酔い痴れていた。時に、前方にいるランナーが静止しているように見えることさえあった。
ランのゴールまで、誰一人として僕を追い越していくランナーはいなかった。
沿道のおじいさんやおばあさんの声援にも笑顔で手を振って応える。
「ありがとうございます」を連発しながら、ひたすら前進していく。ゴールに一歩ずつ近づいていることを信じながらひた走る。30キロを通過した。まだまだ僕は元気なのだ。
あと10キロという辺りで雨がぱらつき始めた。もう日が暮れかけて少し肌寒いくらいだ。それでも、すれ違う後続の選手はかなりたくさんいる。みんな頑張っている。自分も頑張っている。何でこんなに頑張れるのだろう。僕は不思議な気がした。
(次回最終回につづく)
(Illustrtation: Desert in the City" by Kay)