トライアスロン・ジャパンカップ in 佐渡1989(BIKE 184km)
トランジションエリア(個々の選手のための自転車やウェア・シューズなどを置く場所)に着くとすぐ、僕は濡れた体をタオルで拭き、トランジションバッグからゼッケン80のついたメッシュのタンクトップを取り出した。
体がまだ濡れていてタンクトップがなかなかうまく着られない。物事は焦れば焦るほど思うように行かないものなのだ。
見たところ、辺りに置かれたバイクの数もまばらで、大半の選手がバイクパートに移ってしまったようだ。
「慌てない慌てない。マイペース、マイペース」
自分にそう言い聞かせては見たものの、焦りは全くなかった、と言ったら嘘になる。残りの2種目(バイク・ラン)でどこまで追い上げられるかが今の自分の課題だった。
タンクトップのバック(背中)ポケットにチョコバーやキャンディ、梅干を入れておいた。ヘルメットをかぶり。グラブをはめて、パールホワイトの愛車ASCA号にさっそうと飛び乗る。
ビンディングペダルにシューズがカチッと固定された瞬間から、僕は風になったつもりでペダルを踏み続ける。スピードメータのデジタル数字はグングン上がり、濡れていた頭も体もあっという間に乾いてしまった。
日は射しているが空気もカラッとしていてさほど暑くもない。本当に絶好のトライアスロン日和だ。
バイクパートは佐渡島を時計回りに一周する184キロのコース。途中標高100mほどの峠が数箇所あるが、峠が怖くて自転車になんか乗る資格はない。果敢に峠目指してアタックする。峠の登りに入ったらまず“SMILE”これだ!
沿道の応援はどこまでも続く。町の商店街を走っても、田園風景の農村地帯を走っても、必ず誰かが大きな声で「ガンバレヨー」だとか「しっかり!」といった声援を送ってくれる。
エイドステーション(給水・給食所)もまた、大会を支えているボランティアと選手とのコミュニケーションの場となる。
バイクで走りながら、バナナや紙コップに入った水を手渡してもらうのはかなり至難の業で、タイミングがまずいとバナナを道に落としてしまったり、紙コップの水も全部こぼしてしまうことだってあるからだ。
平均時速を35キロくらいに設定していたが、後半ややペースが落ちてしまう。
走りながら水を飲み、バナナを食べる。バナナに飽きると、バックポケットのチョコバーやキャンディを口にする。
184キロという長距離だからこそ、途中で疲労感や、めまい、眠気が襲ってきて、落車・転倒・衝突なども起こりうる。たかが自転車だからといって甘く見ていてはいけない。大胆さの中に慎重さも要求されるのがこのスポーツの重要な点でもある。
下り坂では時速60~70キロのスピードが出るし、集団走行の場合はなおさら気をつけていないと、どんな事故が起こるか予想もつかない。実際、コース途中に救急車も何台か来ていたようだが…。
この佐渡島一周のコースは、道が細いところが何箇所もあり、カーブも数え切れないくらいあるので、自転車に乗り慣れた人間でも不安なコースと言える。無理はするものではない。
100キロを過ぎてからは景色を楽しむ余裕もでてきた。頬をなでる潮風が心地よい。海岸沿いの峠道、絶壁の上から紺青の日本海を眺めながら、ちょっとしたサイクリング気分というところだ。今度来る時は、本当にツーリングでやって来たいもの。
メータの区間距離が150キロを越えた。あと1時間ほどでバイクのゴールだ。
沿道で日の丸を持ったおばあちゃんが声を枯らさんばかりに声援を送ってくれている。高齢者の方が多いが、年齢を感じさせないくらい活気のある応援に圧倒された。こんなに凄い応援をもらえるなんてうれしい限りである。笑顔で手を振り、その声援に応えた。
スタートしてからかなりの数の選手を抜いたはず。まだランが残っている。42.2キロでさらにぶっちぎってやろう。
まもなくバイク184キロのゴールだ。トランジションを終えてランに移っている選手たちの姿も遠くに見えている。
不思議なことに、背中も腰も尻も脚も痛まない。今、レースを心から楽しんでいる。
「疲れた」という感覚さえ僕にはなかった。
*バイクパート184キロ 6時間17分(トランジションタイムを除いた実走時間)
(Illustration: "Color of the Wind" by Kay)