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2007.04.04
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カテゴリ:回想
アイオワ・ボブの栄光と挫折 (その2)

*PART 2* 戦争と平和、罪と罰、愛と正義とアルコールと…

米・アイオワ州オークヴィル、1991年8月


                            


ディナーにステーキ2枚をごちそうになり、彼の講義は続いた。

彼にとっては、ハンバーグとビール1クォート(約0.95リットル)が毎晩の夕食のメニューだと言う。

不思議な人である。

彼は牧場を持っていて、ミュー(ロバの一種)、馬、犬、猫がその牧場で雑居している。彼の説く「愛」とは、人間にも動物にも共通する普遍の愛情だそうである。

彼の子供たち、着替えがないのか、暑いせいもあるけれどパンツ一丁で走り回っている。猫とけんかして引っかかれたり、犬とじゃれまわって泥んこになったり、ほんとに自由奔放に生きているという感じがする。こうなると人間も動物も変わらない。子供たちが遊んでいる間、彼は終始にこやかな表情を見せていた。


「戦場で俺は人を殺したんだ。なのに、殺人罪にも問われず刑務所にも入ってない。逆に勲章までもらって、ここアメリカじゃクソ英雄扱いされてるんだぜ。どう思う?何か間違っちゃいないか?」


戦争の話題になると、ボブは急に涙ぐんだり、こぶしを握り締め怒り出したり、アルコールがまわっているせいか、情緒不安定だからか分からないが、話をしながら僕に様々な表情を見せた。


「湾岸戦争のことは知ってるよな?この国は何かと権力を誇示したがる。あのブッシュ(大統領)もそうだ。こんなのは正義でも何でもない。人を殺せば必ず罪に問われて罰が下る。俺も呪われてきっと地獄に落ちるさ…。見ろ、動物や子供たちを。彼らには憎しみや恨みといった感情はないんだ。どうして大人になるとみんな汚れて醜くなっていくんだろうな?」


彼はたびたび野卑な表現を使い、文法を無視した言葉を乱発して多少聞き苦しくもあった。


「夜中、うなされて目が覚めるんだ。俺は太平洋の孤島で捕虜になって、頭に銃を突きつけられ日本兵に脳天をブチ抜かれる。そして真っ赤な地の海に倒れ込んでもう二度と立ち上がれない…。そんな悪夢が毎晩のように続くのさ」


拳銃がまだテーブルの上にあった。

彼の話に僕はまた鳥肌が立ち始め、物言わぬ拳銃の存在にさえ恐怖感を覚えていた。

アイオワ・ボブは忌まわしい過去に思いを馳せているのか、眉間にしわを寄せたまましばらく沈黙していた。



「ハイスクール時代は州のフットボール選抜チームのクォーターバックだった。アイオワじゃ俺の駿足にかなうヤツはいなかったぜ。ゲームじゃ女の子たちが黄色い声ですごい声援を送ってくれたもんさ。もちろんその頃は今みたいに腹も出てなかったけどな」


ウイスキーの小ビンが空になって、彼はさらに2本バドワイザーを開け、ようやくソファに寝そべって静かになった。


「何が一体俺をこんな風に変えちまったんだろうな…」


そのつぶやきに僕は、アイオワ・ボブの60余年の人生をたった一晩で垣間見てしまったような気がした。

その顔に刻まれたしわの一本一本が彼の苦悩の証(あかし)でもあった。

子供たちは寝室で既に寝静まっている。

僕は、彼の薄汚れたキャンピングカーのベッドで寝ることになった。





ひんやりとした風が心地よい。車の窓から満天の星を眺めながら眠りにつく。

約30年生きてきた僕が、これからあと30年先の自分自身を思い描いている。

先のことなんて誰にも分からない。でもきっと星空は何もかも見ているのだろう。

ひょっとしたら、僕の人生に起こる全てのことを既に知り抜いているのかも知れない。




*後日談*
翌朝、皆が起きる前に目覚め、アイオワボブに一枚の手紙を書き置きして、僕はオークヴィルの町を出た。

もらった拳銃はそのままダイニングテーブルの上に置いておいた。最後に手にした時の、あのずっしりとした感覚は今も忘れてはいない。

 

******* 



親愛なるボブへ 

自分のためにいろんなことをしてもらって感謝している。

戦争と平和について、いろんな話を聞かせてもらったことは、この先死ぬまでずっと忘れない。

修羅場を見てきたボブであればこそ、その事実を知らない全ての人にあらゆる真実を語るべきだと思う。

憎しみがあればいざこざや争いは必ず起こる。でも、愛があれば必ず平和は生まれてくると僕は信じている。

世の中を変えるのは政治でも政治家でもない。僕たちひとりひとりの人間なんだろうって思う。

ボブから教えてもらった真実を、国に帰ってから伝えるよ。
命の尊さ、平和の重みを、考える機会を人々に持ってもらおう。

地球が誕生して以来、今まで流された多くの兵士や罪も無い人たちの血について思いをめぐらそう。

誰にも同じ、赤い血が流れている。

その血は、流されるためにあるのではない。

未来に命をつないでいくために、自分の体内を駆けめぐる血だってことを深く理解しよう。

最後に…

今度アイオワで出会ったら、僕がバド(バドワイザービール)をごちそうするよ。

楽しみにしてる。

君たちの子供の健やかな成長と、この惑星に永遠の平和がいつか必ず訪れることを祈ってる…。


LOVE+PEACE(愛と平和を)


KAY




アイオワ・ボブと彼の根城









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Last updated  2007.04.04 10:39:38
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