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カテゴリ:Movie(ルキーノ・ヴィスコンティ)
<きのうから続く>
もう1つの『恐るべき子供たち』である『熊座の淡き星影』は、登場人物のイメージも相当にダブる。 『恐るべき子供たち』→『熊座の淡き星影』 エリザベート→サンドラ(姉) ポール→ジャンニ(弟) ジェラール→ピエトロ(姉を崇拝し、弟の死にからむメッセンジャー的な役回りを果たす) だが違う部分もある。『熊座の淡き星影』には、ポールが心酔したダルジュロスがいない。そのかわり、サンドラの心を支配する亡父がいる。ベールを被った「誰かの像」をサンドラが抱きしめる官能的なシーン。ラスト近くで、ベールが取り去られ、その「誰か」が父親だったとハッキリする瞬間、亡き父がいかにサンドラを、そして間接的にジャンニを、支配してきたかを観客はまざまざと知ることになる。「姿を現さず主人公を支配する」という意味では、亡父の存在はダルジュロスに通ずる。 サンドラの烈しさは、エリザベートを彷彿させる。結婚相手が金持ちだという設定も共通している。 だが、ジャンニはポールとはかなり違う。まず、ジャンニは浪費家だ。「置物が減っているだろ? ラファエロ派の」とジャンニが告白し、サンドラを怒らせる場面があるが、要するに贅沢な暮らしをするためには、自分の稼ぎ(事実上、ほとんどない)では追いつかず、財産を切り売りしてしのいでいるのだ。また彼は、現実に自分の人生を切り拓いていくたくましさはほとんどないにもかかわらず、かなりの野心家なのだ。自伝めいたスキャンダラスな小説を書き、それで世に出ようと考えている。 『恐るべき子供たち』も『熊座の淡き星影』も、姉と弟の禁じられた関係を描いているが、前者は姉が弟を想い、後者は弟が姉を追いかける。 こうしたポールの性格付けだが、フランコ・ゼッフィレッリの自伝(創元ライブラリ、木村博江訳)を読んで気づいたことがある。それは、たぶんにジャンニ=ヴィスコンティ本人だということだ。 これは今となっては意外に思う人も多いかもしれない。ヴィスコンティは大監督だ。彼が亡くなったとき、イタリアは国葬で偉大な芸術家を送った。彼の偉大さは最初から揺るぎないものだったように見える。 だが、『ゼッフィレッリ自伝』に出てくるネオレアリズモの旗手ルキーノ・ヴィスコンティは、ほとんどそのままジャンニと言っていい。 「ルキーノの劇団は常に大金がかかったが、『揺れる大地』による損失は痛手だった。彼の兄弟たちが彼の資産をあれこれ買い取り、彼を溺愛するウベルタはなんとか手を貸そうとした。しかしこれほど金遣いの荒い人間には、どんな手立ても追いつかず、借金取りとの約束の期限を延ばせなくなると、私はこっそり彼の財産を売り捌きにやられた――ルノワール、銀の灰皿などである。私は有能な骨董商人になった。 彼の抑圧されたもろい部分が最もよく見てとれたのは、この時期だった。毎晩書斎で練った企画は実現されなかった。誰も彼の援助に興味を示さず、彼自身の金も底をついた。私は彼が頼りにできる数少ない1人だった」(『ゼッフィレッリ自伝』より) 映画『揺れる大地』で、ヴィスコンティは自身の政治的なプレゼンスを高めたいという密かな野心を持っていた。「赤い貴族」と呼ばれたヴィスコンティは、ゼッフィレッリによれば「本気で」シチリア漁民の貧しさにショックを受け、何とか社会を変革しなければいけないと、これまた「本気で」考えていた。そのためにはシチリアの搾取されるばかりの貧困層を描くことで、イタリア社会の矛盾や悪を暴き、さらに映画を選挙直前に公開することで、共産党に優位な「風」を吹かせようと目論んだのだ。 結局「風」は吹かず、ヴィスコンティが心から同情し、映画で啓蒙しようとしたシチリアの漁民ですら、共産党には投票しなかった。彼らは共産党の本家であるソ連がどんな社会か、ヴィスコンティよりも知っていたのだ。シチリアの労働者のこの行動は、映画の商業的な失敗以上に、ヴィスコンティには響いたらしい。『山猫』での、「シチリア人は向上を望まない」という台詞は、このときのヴィスコンティの実体験から来たのかもしれない。 ヴィスコンティの「社会革命」への意思は、かなり純粋なものだったのだろうが、それを実現しようとする姿には、貴族階級の自己批判ではなく、むしろ貴族階級ゆえの強い自負心や世俗的な野心――社会の大きな枠組みを自分自身の手で変えようという――が見て取れる。 そうした「ヴィスコンティの共産主義」を、私生児として貧しい家庭に生まれ、美貌と才覚だけで自分の道を切り拓いてきたゼッフィレッリは、きわめて冷たい視線で見ていた。「ルキーノの共産主義なんて、バカげていると思っていた」とまで言い切っている。確かにそうだ。ヴィスコンティ家といえば、ヨーロッパでも屈指の名家。家族のための劇場があるような広大な屋敷に生まれ、あちこちに別荘があり、食べていくために仕事する必要などない人間。ヴィスコンティの趣味のよさ、ヴィスコンティの教養、ヴィスコンティの人脈――それらはすべて、20世紀にいたるまでイタリア社会に揺ぎない格差が温存されたればこそ培われたもの。そうした身分の人間が、本当に「貧者の味方」になれるだろうか? 労働者が残酷に搾取されない社会では、彼のような人間は生まれもせず、育ちもしない。 ヴィスコンティがシチリアの貧しい漁民を華やかな映画祭に連れて行き、彼らがこれまで見たこともない、想像したこともない、今風にいえば「セレブな」世界を見せてしまったこともゼッフィレッリは批判している。ヴィスコンティが来る前、彼らは確かに貧しく、労働は厳しかったが、そこにはある種の均衡が保たれていた。だが、知らなくてもいい世界を知ってしまったことで、彼らは堕落した。きつい労働を避け、映画で有名になった景勝地を見に来る観光客相手の「安易な」商売に走るようになったのだ。 『揺れる大地』撮影という実務、そして、その向こうにある政治的野心のために、ヴィスコンティは不動産を1つ手放している。それでも足りずに、ゼッフィレッリがヴィスコンティ家の骨董を売ってはお金を作っていたというわけだ。ゼッフィレッリは、ヴィスコンティと別れたあと、自分の力だけでさらにのしあがり、有名になってひと財産作るのだが、ヴィスコンティの収支は、実は常にマイナスだった。晩年はゼッフィレッリと(後にはヘルムート・バーガーと)暮らしたローマの邸宅も売るハメになった。そうはいいつつ、まだ、イスキア島に豪奢な別荘があったのだが(呆)。 『揺れる大地』の前後、不動産や骨董品はあるが、現金での収入がないというヴィスコンティの状況は、まさに『熊座の淡き星影』のジャンニそのものではないか。ジャンニは野心作の小説を自分の手で焼き捨てるが、そうした挫折も、内に秘めた大いなる野望と現実の落差に打ちひしがれていた、映画監督初期のヴィスコンティの心情と重なる。 ゼッフィレッリは書いている。 「(ルキーノは)自分の芝居や宝石店への支払いのために家族に泣きつき、家族は彼の才能を満足させるためにヨーロッパ最大の企業の1つを手放さざるを得なかった」。 ヴィスコンティが『ルートヴィヒ』で倒れ、左半身麻痺の車椅子生活に入ると、今度は姉たちに、ロールスロイスをねだった。「メルセデスではだめなの?」と尋ねる姉たちに対して、ヴィスコンティは、自分がまだ意気軒昂なところを世間に見せつけるためには、ロールスロイスでなければと言い張ったという。こうしたトンデモな弟のありえないワガママを常に聞き入れていたのが、姉の1人ウベルタ。 ついでにゼッフィレッリは、のちに「自分はヴィスコンティの未亡人」と主張したヘルムート・バーガー――彼がヴィスコンティと会ったのは、この『熊座の淡き星影』の撮影中だった――の誠意のなさもさりげなくバラしている。ヴィスコンティが生死の境をさまよっていた入院中、バーガーは見舞いにさえ来ず、バーガーを待っているヴィスコンティに、姉たちはその事実を隠すのに必死だったというのだ。 ゼッフィレッリがヴィスコンティの元を去ったあと、ヴィスコンティは ゼッフィレッリはヴィスコンティの元には戻らず、ハリウッドで成功を収める。そして、紆余曲折を経たあと、最終的に2人は和解する。きっかけは、事故で瀕死の重傷を負ったゼッフィレッリの見舞いに、わざわざヴィスコンティが出向いたことだった(ますますワカラン、ゲイ術の世界)。 そして、ゼッフィレッリが迎えた「魔の3月17日」。それは自作映画のラッシュを見ていたとき。 「私は陰に呼ばれ、ルキーノ・ヴィスコンティが死んだと聞かされた。私の気持ちは言い表せない」。 葬儀の様子。 「しばらくして顔を上げると、彼をおそらく誰よりも愛していた彼の姉ウベルタが目に入った。彼女は泣いていて、私はこらえ切れずに泣いた。すると突然カメラマンが突進してきて、柩の傍で涙に暮れる私の写真を撮ろうとした。ワリー・トスカニーニが私とフラッシュの間に割って入り、ルキーノの姪と甥たちが楯になってその汚い行為から私をかばった。人々の壁に囲まれて、私はやっと友を悼むことを許されたのだ」。 長い愛憎劇の終わりに、ゼッフィレッリはヴィスコンティを、「私の師」「私の生涯で唯1人の偉大な人物」と結論づけた。 『熊座の淡き星影』でヴィスコンティは、現実に適応していく姉と、それができずに苦悩する弟の姿を描いた。そのベースにはとヴィスコンティ本人と姉ウベルタの関係があることを、ゼッフィレッリははからずも解き明かしてくれた。 そして、ジャン・コクトー的世界は、常に未来への予言をはらむ。ジャンニと同じように、ルキーノもウベルタより先に逝ってしまうのだ。 <続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.09.29 02:54:13
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