そのかわり、フランス大会では、後半の3ルッツに3トゥループをつけた。これはこれで大変な構成で、中国大会ではできなかったが、フランス大会ではこのすべてうまくいった。
昨シーズンうまくいかなかったトリプルアクセル2つを絶対決めるために小塚陣営が取った戦略。後半のトリプルアクセルを跳ぶ時間、要素としての順番、連続ジャンプの組み換え。これがズバリ当たったのだ。
次に音楽表現について。
今回のフリープログラムで、小塚選手のもつクラシカルで硬質な滑りが、リストの音色と実によく調和するということを知った。今後リストの「ピアノ協奏曲第一番」を聴いて、小塚選手の滑りが思い浮かばないことはないだろうとさえ思う。何年後に聴いても恐らく、小塚崇彦のあの動き、あのポーズが浮かんでくるに違いない。
フランツ・リストは自身も優れたピアニストだった。だから作る曲も極めて技巧的だ。それがともするとエモーショナルな叙情性を殺いでいると受けとられ、大衆的な人気では、たとえばショパンのような作曲家にはかなわないかもしれない。
だが、リストにはリストの叙情性がある。そして、小塚選手には小塚選手なりの叙情性がある。
フィギュアスケートでは、音楽が叙情的あるいは浪漫的に変調したときに、どういう身体表現でそれを見せるかというのが重要なポイントになってくる。大抵の選手は切なげな表情だとか、感情に訴えかける腕の表現などを使う。こうした演技性で言えば、今現在、世界で高橋選手の右に出る選手はいないだろう。高橋選手はスケートも巧いが、顔の表情や腕の動きを含めた上半身の舞踏的あるいは演技的表現でも傑出している。
一方の小塚選手はそうした能力は高くない。音楽が切なげに変調しても彼のスケートはあくまで伸びやかで、リズミカルなテンポを刻んでも彼のエッジ捌きはあくまでも几帳面だ。
だからなのかどうなのか、振付師に聞いてみないと本当のところはわからないが、今回のフリープログラムでは「普通と少し違う場面」で音楽の転調を使っている。
その最初の「見せ場」はこちらの動画では1:30当たり。
スピンのポジションを替えたあたりで音楽が叙情的に変化する。この振付の見事さには唸った。スピンで叙情性や浪漫性を表現できる選手は少ない。だが、小塚選手の圧倒的な技巧がそれを可能にしている。小塚選手が非常に「正確に」ポジションを替えるとき、曲の変調とあいまって、そこに誰にも表現できないような甘い雰囲気が醸し出される。小塚選手が氷をいたわるように丁寧に、だが素早く足替えをするとき、繊細な音楽とピタリと調和し、そこにうっとりするような瞬間が生まれる。
誰も見たことのない独創的なポジションで回るとか、めちゃくちゃ高速で回るとかではない。一見ただ、同じ位置で同じ速度で回っているだけなのに(いや、それこそが難しいのだが)、そこに胸をわしづかみにされるような感動が生まれる。こうした芸術性こそ、フィギュアでしか表現できないものだ。しかも、それをスピンでやってしまえるのは世界広しといえど、今は小塚選手以外では思い浮かばない。まさに技術を礎とした芸術性だ。こういう通なことをやってくれる選手がいて、それが日本人だというのが嬉しい。
小塚選手のスピンの強さはレベル取りにも表われている。今季はジュベール選手が初戦でほとんどのスピンをレベル1に落とされるなど、スピンのレベル取りに予想以上の選手間の格差が広がっている。力のある選手でもちょっとしたミスでたちまち「2」に落とされている感がある。そんな中、小塚選手のスピンのレベル取りの強さは群を抜いている。ここまでの2試合で
レベル4 11個、レベル2 1個
つまりほとんどレベル4なのだ。このレベル4の多さは高橋選手の4つ、チャン選手の7つを凌駕する。ここまで平均してレベルが取れるというのは、いかに小塚選手のスピンが安定して高質かということを物語っている。
もう1つ音楽の使い方の妙を感じるのが上の動画の2:18秒あたり。ステップシーケンスの途中でテンポが速くなる。その直前までは、音楽は伸びやかで、小塚選手もそれに合わせて伸びるストロークを見せつつ、上半身を大きく使い、その間にステップやターンを織り交ぜている。そのステップシーケンスの途中でテンポが変わる。するとそれに合わせて小塚選手のステップも細かく動作も1つ1つが短く速くなる。この音楽の変化に合わせた動作の色合いの変わり方は、一見あまり目立たないのだが、見事としかいいようがない。
そしてこのステップシーケンスが終わると、音楽は劇的に盛り上がり、小塚選手の圧巻のスケーティングはトリプルアクセルの大技に突入する。音楽のダイナミズムに滑りの迫力やスピードが負けていないところも、小塚選手の高い基礎力があればこそ。音楽編集もジャンプの迫力を増すようよく考えられている。
そして、ところどころに入る「ジャーン」「バーン」という音楽のアクセント。そこでは必ずと言っていいほど、小塚選手の長い手足を生かした大きなモーションを入れてくる。美しいスケーティングと相俟って、この男性的なポーズも非常に印象的だ。プロポーションがよい選手でなければ、全身を大きく見せる一瞬のポーズは映えない。小塚選手の身体的な特長をうまく生かしている。最近は、音楽だけが浮いているようなわざとらしい振付が多いのだが、小塚選手のリストのピアノ協奏曲との同調性、融合性は間違いなく世界トップレベルだ。
後半は忙しい上半身の振りがない分、小塚選手の伸びやかなスケーティングがより強調される。昨シーズンまでは、後半に疲れの見えることの多かった小塚選手だが、体力がついたのか、今年は後半になってもスピードが落ちず、だからこそ、見終わったあとの爽快感は比類ない。
全体として振付の印象はクラシカルだが、それでいて考え抜かれた構成になっている。わざとらしい派手さは極力排除しながら、小塚選手の技量を最大限、それもさりげなく引き出す熟練のセンス。超ベテラン振付師ズエワの力量もまた、世界トップレベルだ。
伸びやかなスケーティングと細かく刻むステップの両方のテクニックを高次元で備えた選手といえば、やはり第一人者は高橋選手だろう。その高橋選手の今年のショート。「暑苦しい表現」とか「独特のポーズや顔の表情」に注目が集まっているが、Mizumizuにはこのショートは極めて高度に技巧的なプログラムに見える。
http://www.youtube.com/watch?v=00wZa3ORxo8
出だしはスローなテンポだが、その中にリズミカルな音のアクセントが入ってくる。高橋選手のストロークはまたよく伸びるのだが、それを見せつつ、小さな音のアクセントを足で拾って細かなモーションを織り交ぜている。この音とリズムの混合の妙を表現するテクニックはあまりに素晴らしく、言葉もない。
そして中盤には高橋選手のスケーティングの妙を心ゆくまで堪能できる部分も用意されている。この動画で言えば、1:11~1:25の当たり。ここは「ねっとりした」ような音楽が流れる部分だが、それに合わせて、高橋選手はまさにねっとりと氷に吸い付くような滑りを見せている。腕の動きは足の動きにピタリと合い、振付はゆったりと最小限なのに、隙がまったくない。高橋選手の滑りの上質感、ターンするときのエッジの深さ(それでいてスピードが失われない)など、時間にすればほんの15秒弱なのだが、それを極上の時間にしてしまえるところが凄い。
そして、後半はどこまでも飛ばす。音楽のテンポに合わせて自然に加速する滑りは驚異的だ。最後のジャンプである単独ルッツからすぐにスピンに入り、息もつかずステップシーケンスへ。ここはあまりに難しい構成で、さすがの高橋選手もジャンプ要素で躓くと、そのあとのエレメンツへの影響が出てしまいそうで、やや心配だ。トゥを細かく巧みに使ったステップシーケンスの圧巻ぶりはもう解説者が言葉を尽くして絶賛しているので、今さら付け足すこともないだろう。
こうしたフットワークの対比的な見せ方や印象的な音楽の転調のしかたは、小塚選手と高橋選手でまったく違うように見えるが、根底にあるセオリーは同じ。確かな技術をどこでどう組み合わせ、どこにアクセントをつけるか。
高橋選手のような華やかな色彩こそないかもしれないが、小塚選手の通な技巧の見せ方にもフィギュアの大いなる魅力が息づいている。高橋選手のような濃い個性や色気は嫌う人も出るが、小塚選手のもつ清潔感を嫌う人はいないだろう(「退屈だ」と思う人はいるかもしれないが)。どちらもスケートの技術は素晴らしく、もっている個性は対照的。昨シーズンまでなら、2人の実力差ははっきりしていたが、今年は小塚選手が追いついてきた。素晴らしい選手が同時期に並び立ったものだ。日本人のフィギュアスケートファンにとって今は、あまりに幸福な時代だ。
小塚選手に関して言えば、その昔、品があってスタイルもよく、スケートが抜群にうまい欧米の選手――たとえばロビン・カズンズ選手のような――を日本人が遠くに仰ぎ見ていた時代、「こんな選手が日本から出たらいいな」と思っていた、まさにその理想像に近いように思う。
そんな気がして、動画を探したらちゃんとあった。
http://www.youtube.com/watch?v=jg2lPhTYGNw
バレエジャンプやバタフライシットスピンの入り方、スピンの出方などを含めて、身体の使い方がやっぱり似ている気がする。基礎がしっかりしていて巧い人はこういう滑りになるということか。手首のしなやかな使い方などは、今でも小塚選手の表現力アップにヒントを与えるかもしれない。
こちらは小塚選手のファンの方からご紹介いただいた応援動画。
最初に小塚崇彦そっくりのミニチュア君が出たと思ったら、本人でした(笑)。