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「わずかな回転不足がその下の回転数のジャンプの失敗と同じ扱いになる」――こんな狂ったルールがまかりとおった暗黒のバンクーバー五輪から5年。ようやくフィギュアスケートが正しいスポーツの道に戻ってきた。 女子ショートを見ての感想はそれに尽きる。 アンダーローテーション判定も、これまでの流れから見ると全体的に非常に緩め。「甘め」と言えばそうなのかもしれないが、1/4というルールブックの規定にもっとも「正しく」沿った判定だったように思う。一部の例外を除いて。 例外はアメリカ女子に対する判定。次の五輪に向けて飛躍が期待されるエドムンズ選手には甘く、前の五輪で審判に怒りを爆発させたワグナー選手には厳しかった。具体的に言うとエドムンズ選手の3Lz+3Tの3T。かなり垂直跳びになり、典型的な「グリンコ」で降りてきたのにこれは認定。ワグナー選手の連続ジャンプのセカンドの回転不足判定は仕方ないにしても、単独のフリップ。フリーレッグがかすったとはいえ、それほどの回転不足には見えなかった。なのに、こちらはシビアに「<」判定。 ワグナー選手はこういう「両足着氷」がわりに多い選手で、かつては、明らかに回転が足りていないのに認定されたりしてMizumizuを驚かせたこともあったが、今回はタラソワの言葉を借りれば、「ジャッジは彼女の側にいなかった」という印象だ。 だが、それ以外の判定、微妙なジャンプもあったが(特に連続ジャンプのセカンド)、全日本のように首を傾げるような厳しい判定はほとんどなく、逆に李子君選手の「<」判定(エドムンズ選手以上にはっきりわかるグリ降り)や、ヘルゲソン選手に対する「<<」判定(完全に降りてから回っていた)を見ると基準は非常に明確で、一部でさかんに言われてきた「ホームアドバンテージ」もなかった。 だが、これで試合によって甘い辛いがあることがさらに明白になったし、同じ試合でも必ずしも同基準で判定されているのか疑念の余地が多いにあるという現実は変わっていない。ルールはコロコロ変わるので、また今後のルール策定と運用に注目して、より公平な競技になっていってほしいと切に願う。 とはいえ、今回の女子ショートは、スポーツ競技としては実にわかりやすく公平にジャッジングがされていたと思う。 高難度のジャンプを決めた選手が高得点を出す。スポーツとして一番わかりやすい採点がされたからだ。ブッチ切りの1位を獲得したトゥクタミシェワ選手は、まさにそれにふさわしい演技をした。 完璧なトリプルアクセル! 鮮やかなトリプルルッツ! そして、後半にトリプルトゥループ+トリプルトゥループのコンビネーション! 誰も跳ばない高難度ジャンプを鮮やかに決めた選手が、圧倒的にリードする。これは当たり前のことだ。加点と演技構成点で異様な高得点を稼ぐ選手が引退したことも、あるいは関係しているのかもしれないが、加点・減点も非常にわかりやすく、誰に対しても基準を満たせば付くようになったし、演技構成点も――個人的にはラジオノワ選手に好意的すぎるとは思うが――それほどの差がないという意味で、バランスが取れている。 トゥクタミシェワ選手のジャンプに強いて難癖を付けるとしたら、連続ジャンプのセカンドの着氷ぐらいだろうか。加点「3」は評価しすぎのように思う。だが、これまで試合に入れてこなかったトリプルアクセルをこの大舞台で入れ、力強い離氷からきれいな放物線を描くジャンプを跳び、完璧に回り切って余裕をもって降りるという離れ業をやってのけた。さらに、大技を入れながら他のジャンプもまとめる。ジャンプ技術の確かさがなければできないことだ。 トゥクタミシェワ選手はいきなりトリプルアクセルを決めたように見えるが、もともとジュニア時代には練習では何度も決めている。ジャンプの巧さでしのぎを削るミーシン・スクールの選手たちの中にあっても、そのクオリティは特筆ものだった。本当に、オリンピック直前のジャンプの乱れ方が嘘のようだが、今回の高難度構成、決めている本番だけ見れば当たり前のようにこなしていると思う人もいるかもしれないが、大いなるリスクを伴うものだ。 ショート冒頭でトリプルアクセルを入れることのリスクは、ソチ五輪での浅田選手を見ればわかる。決めるのも難しいし、決めたとしても他のジャンプをまとめるのが難しい。決まらなかったら致命的で、金メダルがほぼなくなるわけだから、そこから気持ちを立て直すのがまた難しい。 それをやり切って、インタビューでは涼しい大人の顔で、「フィギュアスケートは進化していかなければいけない。男子が4回転を入れるのだから、女子もトリプルアクセルを入れる時代」と、ロシアが一貫して主張してきた価値観を冷静に踏襲して言葉で伝える。 は~、素晴らしい。あれで18歳というから恐れ入る。ロシア女性の早熟さ、肝の座りかたは日本人の想像を超えている。世界で闘っていくなら、やはりあの強さ、揺るぎのなさ、したたかさは日本女子も大いに見習ってほしい。 ジャンプを回り切れるかどうかは、高難度ジャンプ時代になればなるほど、イチかバチかの側面が大きくなる。失敗すれば優勝候補であろうと、今シーズンいかに高得点を出していようと、あっさり順位を落とす。 女子はトゥクタミシェワ選手が、入念な準備ののちに大胆な賭けに出て、見事に賭けに勝った。男子は、直前までジャンプに不安要素が多かった羽生選手が全部のジャンプを回り切ってトップに立った。結果だけ見れば、「な~んだ、やっぱり?」に思えるかもしれないが、Mizumizuの印象はまったく逆。男子も女子と同様、誰が勝つのかまったくわからない試合だった。 四大陸で驚異的な点を出し、好調そのままに来て、失敗するイメージがまったくなかったデニス・テン選手が、まさかの曲のアクシデント(怒!!!!!!!!!!)で、4回転で転倒、連続ジャンプの失敗。 4S+3Tを鮮やかに決めた(あの時点では首位の座が見えていた)、ロシアのコフトゥン選手がまさかの残りのジャンプ全部0点失敗で16位。 これはそのまま羽生選手にもフェルナンデス選手にも起こり得ることだった。これからも、常に起こりうることだ。フィギュアはそのぐらいスリリングな競技になった。試合としては多いに楽しめる。 男子のショートを見て感じた問題点は女子とは違って、ルールそのものに対する疑問。コフトゥン選手に見られるように、シングルアクセル、2トゥループが一律ゼロになるというのは、いかがなものか。もともと2回転以下のジャンプの基礎点は低いので、あまり順位に関係しないと言えばそうだが、昨今の男子はあまりにハイリスク・ハイリターンで、同じ選手でも、ジャンプの出来不出来で点数が上下しすぎてしまう。ジャンプを回ったのなら、その基礎点はとりあえずは与えるべきだと思うが、どうか。 4回転ルッツに挑戦して、とりあえず転倒がなかったリッポン選手だが、ダウングレード判定なので、失敗した3回転ルッツ点になってしまう。3.90点というのは、低すぎないだろうか。あれだけ降りてから回ったらダウングレード判定になるというのは、その判定自体には現行ルール上、何も疑問はないのだが、回り切って(と判定されて)転倒したテン選手の4回転トゥループが7.30からマイナス1で6.3点になるということを考えると、これはもう何度も言っているが、「回り切ること」に価値を置きすぎではないか。 判定の一貫性とはまた別に、アンダーローテーション、ダウングレードに対する減点幅はなお議論の余地がある。 一方で、リッポン選手はやはり、あそこまで不完全な4ルッツに固執して、降りることができたといって喜ぶのではなく、トップ選手なら順序として入れてくる4トゥループを跳ぶべきだと思うのだが。練習で4ルッツがどれくらい跳べているのが疑問だ。演技自体は、ギリシア神話の美少年のようだった時代から、男性的で力強い演技へと変身した今に至るまで、常に魅せる「華」をもっているだけに残念。 どちらにしろ、フリーを終えてみなければ、結果はどうなるかまったくわからない。ジャンプ構成の難度を落とす一方のキム・ヨナが「完成度と表現力」で勝つとか、トリプルアクセル跳べなくても圧倒的スケーティングスキルでパトリック・チャンが勝つとか、お膳立てバッチリだったつまらない時代が終わったことは喜ばしい。 明日のフリーが楽しみだ。 特にテン選手には四大陸の再現を期待している。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015.03.28 02:03:50
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