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いねねの趣味三昧(昆虫・野鳥・古寺巡り・読書・木工・語学など)

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2024年01月31日
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万雑590_家持が越中国の管内を巡回した時の歌9首大伴家持_80)


次は、家持が春の出挙の事務のため越中国の管内を巡回した時に作った歌9首(4021~4029)です。

 
4021_「雄神川紅にほふ娘子らし葦付取ると瀬に立たすらし」
※_
雄神川は紅色に輝いている。少女らが葦付を採ろうと川瀬にお立ちらしいと歌っています。

4022_「鸕坂川渡る瀬多みこの我が馬の足掻きの水に衣濡れにけり

※_鸕坂川は渡る瀬が多いので、この我が馬の足掻きのしぶきで着物が濡れてしまったと歌っています。

4023_「婦負川の速き瀬ごとに篝さし八十伴の男は鵜川立ちけり

※_「婦負川の早瀬ごとに篝火をかざして、おおぜいの男たちが鵜飼をしていると歌っています。
 

4024_「立山の雪し消らしも延槻の川の渡り瀬鐙漬かすも

※_立山の雪が解けているらしい。延槻川の川瀬の渡渉地では鐙を水につからせたと歌っています。

4025_「志雄道から直越え来れば羽咋の海朝なぎしたり船梶もがも

※_志雄道を真っ直ぐ越えて来ると、羽咋の海は朝凪している。船と揖とがあったらなあと歌っています。

4026_「とぶさ立て船木伐るといふ能登の島山今日見れば木立繁しも幾代神びそ

※_「鳥総を立てて船木を伐るという能登の島山。今日見ると木立が茂っている。幾代経て神々しくなったのだろうと歌っています。

4027_「香島より熊来をさして漕ぐ船の梶取る間なく都し思ほゆ

※_香島から熊来を指して漕ぐ船の櫓をとる手の休む間もないように、しきりに都が思われると歌っています。

4028_「妹に逢はず久しくなりぬ饒石川清き瀬ごとに水占延へてな

※_「妻に会わずに長くなった。饒石川の清らかな瀬ごとに水占をしようと歌っています。

4029_「珠洲の海に朝開きして漕ぎ来れば長浜の浦に月照りにけり

※_珠洲の海で朝、船出して漕いで来ると、長浜湾に月が照っていると歌っています。
※_能登半島地震で大きな被害があった珠洲が万葉の歌に詠まれています。清らかな海がまた戻って来ることをお祈りいたします。

​​​​​​​​備考;大伴家持の経歴と関連する出来事

​養老2年(718年)ころに生まれた
天平8年(736年)家持が19か20歳で秋の歌4首(1566~1569)あり
​天平10年(738年)内舎人としてお目見え
​​​天平10年(738年)4月3日に弟の書持に贈った歌3首(3911~3913)​​​
天平10年(738年)家持の7月7日の七夕に作った歌(3900)​

​天平11年(739年)6月;家持の妾が死去​
天平11年(739年)8月;家持と叔母の坂上郎女との相聞歌(1619)
天平11年(739年)9月;家持と坂上大嬢との相聞歌(1625、1626)
​​​天平12年(740年)6月;家持が坂上大嬢へ贈った歌(1627、1628)​​​

​​​※_天平12年8月29日藤原博嗣が政府批判、9月3日挙兵、藤原博嗣の乱
天平12年(740年)に聖武天皇の伊勢行幸に従駕​​​
※_聖武天皇伊勢行幸;10月29日に立って、11月2日から11日まで滞在
※_天平12年12月15日、聖武天皇の勅命により平城京より久迩京に遷都
天平12年から天平15年ころ、家持は坂上大嬢を娶ったようですが?
天平15年(743年)8月;秋の歌5首(1597~1599,1602,1603)あり
※_天平16年(744年)2月、難波京に遷都
​天平16年(744年)2月;安積皇子(享年17歳)が死去
​​天平16年(744年)4月5日;佐保の旧宅で作った歌(3916~3921)​​
​​​※_天平17年(745年)5月、都を平城京に戻す​
​​
​天平18年(746年)正月;天皇の詔に応えて詠んだ歌(3926)
​天​
​​​平18年(746年)7月に越中守として越中国に赴任
※_越中国在住中の歌が223首ある
天​平18年(746年)8月;宴会で詠んだ歌(3943,3947,3948,3950)
天​​平18年(746年)9月;弟の書持の急逝を悲しむ歌(3957~3959)
​天​​
平18年(746年)11月;大伴池主との詩酒の宴での歌(3960,3961)
​天​​平19年(747年)2月;病に臥して悲傷して作った歌(3962~3966)
天​​​​平19年(747年)4月;送別宴の歌(3989,3990,3995,3997,3999)
天​​平19年(747年)9月;逃げた鷹の歌(4011~4015)
天​​平20年(748年)1月;家持が作った歌(4017~4029)
​​
天平勝宝3年(751年)に帰京
天平勝宝7年(755年)に難波で防人の検校に関わる
天平宝字2年(758年)に因幡守として因幡国に赴任
※_万葉集の末尾(巻20_4516)は家持が天平宝字3年に作った歌です
天平宝字6年(762年)に帰京
天平宝字8年(764年)に薩摩守として九州へ
神護景雲元年(767年)に太宰少弐に転じて大宰府へ
神護景雲4年(770年)に帰京(民部少輔)
延暦4年(785年)_8月28日死去

家持の作った歌の掲載巻別の歌数;
巻第三;21首(長歌3首、短歌18首)_済
巻第四;64首(長歌0首、短歌64首)_済
巻第六;9首(長歌0首、短歌9首)_済
巻第八;51首(長歌2首、短歌49首)_済
巻第十六;2首(長歌0首、短歌2首)_済
巻第十七;76首(長歌9首、短歌67首)
巻第十八;69首(長歌10首、短歌59首)
巻第十九;103首(長歌17首、短歌86首)
巻第二十;78首(長歌4首、短歌74首)
​​​​​​​​​​​​​​​​​

以上

                               ​​ 






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最終更新日  2024年01月31日 16時44分50秒
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