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カテゴリ:身辺雑記
脳腫瘍の再発がわかり、知人が再手術したのは去年の2月。同時に抗がん剤を始め、腫瘍はきれいに消えた。
しかしその効果は10ヶ月しか続かず、より性質が悪いと思われる腫瘍が広がり始め、同時に体のマヒも進んできた。 このブログの読者でもある知人の命は、今や尽きようとしている。 1月には外を歩けたが、2月には室内しか歩けなくなった。3月なかばには車椅子生活になった。 4月に入ってからの進行は速い。自分でできることは日に日に少なくなっていき、いまはもう話すことさえままならない。 4月18日にはサッポロビールの直営店でジンギスカンを食べたというのに、入院した4月23日には流動食しか受け付けなくなった。 4月24日には駄じゃれを言って人を笑わせていたのに、翌日には何を話しているか聞き取るのは9割方不可能になった。 皮肉なもので、知人宅に泊り込もうと思っていたまさにその日に、入院してしまった。 なぜ泊り込もうと思ったのか。 介護の役に立てばという思いはあったが、素人にたいしたことができるわけもない。自分の体がどんどん不自由になっていく知人の、心理的な支えになってあげることくらいが関の山で、むしろ、何もできずにおろおろするためにこそ、自分の非力をかみしめるためにこそ、泊り込む意味があると考えた。 10年ほど前、眼が不自由になった亡父を訪ねて、台湾から友人が訪ねてきた。その人は軽いが糖尿病で、だから酒も飲まず食事も半分くらいしか食べない。では何かするかというと、観光を含めて一切しない。3泊4日、父のベッドの横に布団をしいて寝て、ただおしゃべりをしするだけ。それが、その人と父が会った最後だったが、そういう友情というか「何もせず、ただ同じ場所で同じ時間を過ごす」という交流の仕方に、いたく感じ入ったのだった。 そんな経験があったので、できるだけ長い時間、知人と一緒に過ごそうと思ったのだ。 入院先では個室がとれたので、登山用のマットなどを持ち込み、泊り込むことにした。このブログは、だから深夜の病室で書いている。 MRIの画像によれば、腫瘍が急速に増殖し、正常な脳を浸潤したり圧迫したりしている。左半身だけだったマヒが全身に広がり、視野や記憶といった部分にも障害が出てきていたのがこの数ヶ月だったが、数ヶ月前の画像と比べると、そうなった理由がはっきりとわかる。 認知症になったお年寄りやダウン症の人、脳に傷害を負ったことのある人に、いわゆる生き仏のような邪心のなさ、底抜けの善良さを感じることは珍しくない。 しかし知能はむしろ高いにも関わらず、これほどまでに優しく邪心のない人物を、わたしはほかに知らない。 30代の10年で4000人と名刺交換をした。20代はもっと多くの人間と関わった。名刺交換しなかった人はその何倍にもなる。 そんなわたしだが、邪心のない笑顔というものを成人男性に見たのは、これまでにたった二人しかいない。 ひとりはレナード・バーンスタインであり、もうひとりがこの知人だ。 「観音様のように優しい」母親に育てられた知人は、幼いころから画才を発揮し、北海道の代表的な美術展にも入選した。生活のために高校の美術教師になったが、毎年この美術展に出品していた。眼で見たものを細部まで記憶する能力、そしてそれを再現する能力には驚くべきものがあった。 記念病院の特別室は1日21000円だが、付き添い二人が泊り込むのに十分な広さがある。 入院が1年になろうが2年になろうが、ずっと泊り込むつもりだ。差額ベッド代が高額になりすぎて払えなくなりそうになったら、踏み倒すだけのこと。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
April 28, 2008 08:26:48 AM
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