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カテゴリ:真の幕臣、小栗上野介
「小栗上野介忠順」(111) シャノアン少佐は上野介の質疑にたいし明快に返答した。 上野介がまだ納得せずに訊ねた。 「騎馬隊の機動力で敵の後方を迂回し、補給路を遮断する。これは如何じゃ」 「騎馬隊の目的はそれも重要な要素です。敵に悟られずに迂回出来るか、 そこが問題です。敵の失敗を待っような作戦に頼る軍事組織は無用そのもの です。敵の後方遮断を策す作戦ならば、艦隊で以て敵地の後方に兵士を上陸 させる、これが一番効果的な作戦でしょう」 シャノアン少佐が決然とした態度で答えた。 「・・・・・」 上野介は先日逢った開陽丸艦長、榎本釜次郎の顔が脳裡を過った。 彼も同じことを申した、いずれの日にか必ずこの作戦を実行しょう。 そう思い上野介は決断した。 「少佐、幕府陸軍は歩、砲で組織いたす。指揮官の養成と兵卒の訓練を お願いいたす。わしは海軍に意を注ぎます」 上野介の言葉を聞いた少佐は軽く会釈をし、教練場へと駆け去った。 すぐに彼の姿は白煙に包まれ、上野介の視界から消え失せた。 独り残った上野介は飽かずに教練を視察し、お昼の休憩時に息子の 又一と栗本安芸守の息子の貞次郎と面会した。 二人は将校用のラシャの兵服と陣羽織を着こみ、上野介に面会した。 「両人共、立派な幕軍の将校じゃ。良いか幕府の為に励むのじゃ」 上野介は二人の若者を激励した。彼は己の知行地の権田村の若者二人 をこの教練場に参加せさていた。大井磯十郎と渡辺多三郎の二人であった。 二人は主人の呼び出しで恐る恐る姿を現した。彼等は兵卒として参加して いる為に、小倉の生地の軍服を着こみ、主人の上野介に面会し感激した。 若くて溌剌として教練に励む二人に上野介は激励の言葉を懸けた。 「これからの時代は、そち達が思いもせぬほど大きく変わるだろう。そち達が 小栗歩兵として何時か働く時が参るは必定じゃ。心して励むのじゃ」 二人の若者が感激し平伏した、その彼等に温かい言葉を懸け上野介は 教練場を後にした。 (大政奉還とその後) 土佐、高知城の一室で第十五代藩主の山内容堂と参政の後藤象二郎が、 一通の書面を前にして密談を交わしている。 坂本龍馬が起草した例の書面の、「船中八策」が広げられている。 一読を終えた山内容堂の顔面が朱色に紅潮している。 「後藤、坂本龍馬と名乗る男は我が藩の郷士であったの」 「左様に」 後藤象二郎は藩主、容堂公の顔色を窺っている。 「この書状の真意は、幕府が朝廷に政権をお返すことが書かれておるの。 幕府が政権を朝廷にお返ししたら、朝廷は如何いたすかの」 山内容堂は切れる人物であった。容堂が新藩主となった時に吉田東洋を起用 し藩政改革を実行した。それは彼が開明派の証拠であった。 その吉田東洋の施策は 門閥打破、殖産興業、軍制改革、開国貿易等、富国 強兵を目的とした改革であり、彼は強硬に推進した。 併し、こうした改革は反発を生じさせ、彼は土佐勤王党の手で暗殺された。 後藤象二郎はその吉田東洋の門下生であった。 吉田東洋の門下生には他に、乾退助、岩崎弥太郎などもいる。 後藤象二郎は暫く無言でいる、藩主、容堂公の意とすることは判る。 「朝廷はさぞ困りましょう。また薩長二藩は倒幕の口実が無くなり、振り上げた 拳を如何いたしますかな」 後藤象二郎が静かな口調で口火をきった。 山内容堂も後藤象二郎にも、この先に起こることは鮮明に理解できる。 幕府が大政奉還を自ら申し出たら、一番に困るのは朝廷自身である。 政治事に何百年と遠ざかり、担当能力のまったくない朝廷は再び徳川慶喜 に泣きつき、政権担当を願うことは眼に見えている。 山内容堂は穏健派で聞こえ、薩長二藩の強硬派の緩衝役と成ろうと思って いた。そこに龍馬の船中八策を見せられ、それに乗ろうと考えたのだ。 彼は幕府が一先ず政権を朝廷に返上し、その上で徳川家が議長となって 中央集権政治を行う、これが今の混迷する政局打開の道と信じた。 小栗上野介忠順(1)へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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