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もう…何がなんだか日記

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朝ドラ-4>わろてんか~おちょやん

2021.05.15
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​​​​​​​​​口上で終わるのかと思ったら
舞台袖で泣く
つまり、語り手としてではなく自分自身の感情を出す
黒衣…という最後は良かったよ。

でも、草原兄さんったら
​涙出てなかったで!?​

…あ、いや
出てたんだろうな…出てたんだと思うよ…出てたことにしとこう>ぉ

…ひじゅにですが何か?



​「生きるっちゅうのは、ほんまにしんどうて
…おもろいなあ」​
by千代



ちゅーことで
中途半端で投げ出してしまった形の『おちょやん』感想
最終話はキチッと書いておこうと思います。
総括も兼ねて。

だ、誰も見てないかもしれんがな(^^;)

最終週とプレ最終週(第22、23週)は、結構良かったんと違う?
個人的には、やはり、​芝居​に比重を置いたからだと思う。


子供時代に関しては
暗いとか千代の言動が乱暴で好感持てない…とかいう意見もあるけど
ひじゅには好きだった。
貧しく、教育も受けられず、毒親の下で弟を守りながら懸命に生きている様子は
十分に魅力的だと感じたし
言葉が悪いのも、そんな状況に負けない芯の強さが伺えて寧ろ小気味良かった。


大人編に移ってからは
「スピンオフ」と揶揄されるほど脇役を目立たせるエピが多かった。
確かに、ここは賛否両論。

「賛」の部分は、脇役にも人生を背負わせていること
それにより世界を広げていること…かな。
ヒロインに焦点を合わせ続けるドラマの方が一貫性はあるかもしれないけど
下手すると、脇役が単に話を勧めるための駒に過ぎなくなる危険性があるものね。
脇役=ヒロイン持ち上げ要員になって、ご都合主義ドラマになり下がる…ってのも
朝ドラ“お約束”中の“お約束”。

「否」の部分は、散漫になってヒロインも埋没してしまって
何を描きたいのか分からなくなること…かも。

ただ、今作の場合、脇役の話であるとはいえ
「家族」とか「親」というテーマで揃えていたので
これは変奏曲であり、千代が「お母ちゃん」になるまでの過程を描くもの
…と、ひじゅにとしては解釈していたし、そう擁護してもいた。

惜しむらくは、必死で擁護するほど面白くはなかったってこ…>こらこらっ

ラストのラストでは、春子だけでなく
道ですれ違う、その他大勢の人々から「お母ちゃん」と呼びかけられていたので
この解釈は間違ってはいなかったのだろうと思うけど
構成があまり上手くはなかっ…>スミマセンスミマセン


口上で始まったし、途中にも入ったし
中身も、比較的自然な感じで描かれるドラマ…にはせず
逆に少し不自然に、舞台劇っぽい雰囲気を漂わせた作りだった。
​芝居がかっている​」ってヤツ(笑)

そこに魅力を感じ、期待したのだけど
中盤、肝心の「芝居」の影が薄くなってしまったのがダメだったと思う。

いつも千代の周りで、ちょっとした事件が起こり
千代はそれに関わるけれど、大活躍するわけでもなく
金曜日が来てアッサリ片付いてしまう…って感じで(笑)
どうせなら木曜日に解決し、金曜日はそれにインスパイアされた千代が
それを芝居に生かす…とか
その悩みを千代が芝居に昇華させ、それを観た当事者達が気付きを得る…とか
全てが芝居に帰結する物語であったなら、一貫性もあるし
千代の成長物語として楽しむことができたんじゃないかと思う。


そこが成功していたなら
戦中戦後、生きるだけで必死な中でも芝居の台詞を呟き続けたこと
その台詞を忘れてしまったことで初めて泣き崩れるところ…等が
ごくごく自然に、かつ切実に、こちらの心にも迫ってきただろうなあ…

失ってばかりだった千代の人生が芝居によって報われる終盤にも
深いカタルシスが得られたんじゃないかなあ…

ホームドラマ>>>ビジネスドラマなのも朝ドラ“お約束”だけどさ(笑)
でも、例えば
『カーネーション』はヒロインの洋裁への情熱が何よりも伝わってきたし
『ちりとてちん』は、この2つの要素が上手く融合していたと思う。

だから、このことがとても​惜しい​>あくまでも個人的にでおます


もしかしたら
万太郎VS千之助や、一平が今までにない喜劇を追求する姿等で
物語のバランスを取ったつもりなのかもしれないけどね。

前者と後者の「喜劇」の違いとかを
もっと分かり易く描いてくれたら良かったなあ。


まあ、芝居抜きにして見れば
肉親を失った千代が
他人だった人々と「家族」の様な繋がりを築き続け
最終的に血の繋がりのある“娘”を得てハッピーエンド
…とも言えるのかな。

所詮は疑似家族で本当の家族ではない。
血縁が全て…とも言え…
いやいや、そう言っちゃったら朝ドラとして難ざんしょ(笑)


言い足りないけど長くなったので、このへんで。
最後に俗っぽいことを少し>いつもだろ

一平の浮気で離婚になるエピは実話ベースだから不快感もなく
寧ろストレートに描いたなあ…と感心したくらいだけど
再会した千代の前で一平&灯子が頭を下げるシーンで
「頭を上げて」と言われたからって灯子の方が先に頭を上げたのが
何かちょっとムカついた、ひじゅにです(笑)

誰が悪いって言ったら、一平が一番悪いと思うけどね。



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玉羊羹


​​​​​​​​​






Last updated  2021.05.18 11:16:13
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2021.04.08
​​​​​いつも、ありがとうございます。

昨日、チラリ書きました通り
ブログを辞めようと考えています。
とはいえ、長年書いて来たこのブログには愛着がありますし
優柔不断な私ですので、完全に撤退するのはまだ躊躇いがあるのですが…

取り合えず、毎日更新するのは辞めます。
たま~に出没するかとは思います(笑)

2005年3月28日に開設しましたので
2025年まで頑張ってみようかな…とか
せめて今放送中の『おちょやん』終了まで続けようかな…とか
迷ったものの、それではちょっと未練がましいかな…と。

当時はHPを始めたばかりで
同時期に群馬県を舞台にした朝ドラ『ファイト』がスタートしたので
HPの宣伝を兼ねて(笑)感想をブログに書き、リンクさせることにしました。
宣伝効果は微妙でしたけど(笑)ブログそのものは好評いただいたので
次の作品も続けてみよう…というのが繰り返され、今に至ります。

でも、一番の理由は、​書くことが好き​だったからです。

大震災の時
これが私の日常だと…続けることが日常を守ることだと…
そう考えて、あの混乱の中でもブログを続けてきました。
でも、ここはもはや私の日常ではなくなってしまったのだと思います。

モチベーションが下がってしまった…っちゅーことッスね

もう一つ、リアル世界の方で「したい事」が増えて来た…というのもあります。
今日の『おちょやん』風に言えば
「私はただ、しようと思う事は是非しなくちゃならないと思っているばかりです」

なので、中途半端なまま逃げ出すかの様ですけど
どうか、背中を押して下さい。

たま~には出没すると思います。
映画の感想とか歌詞訳とか猫の話等は書きたい気が残っていますので。
もしかしたら、朝ドラ感想も書こうと思う日が来るかもしれません。
纏めて…という形になると思いますが。

​その時は、どうぞ宜しくお願いします。​

ひじゅに

​​​​​

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Last updated  2021.04.08 15:34:46
コメント(18) | コメントを書く
2021.04.07
​​​​​​​​​​​​​​​​長年続けて来たブログだけれど
もうそろそろ潮時かな…
と思う今日この頃。

…ひじゅにですが何か?



​「うちがやりたかっただけなんや」​by千代



↑もっと芝居に対する思い入れを描いてほしいと願ってきたけど
今日になって唐突に入れて来たな(笑)


役者って、ただ演技が好きとかだけでなく
舞台の味を知ってしまうと辞められなくなると聞く。
魅せられる…ちゅーヤツでせうか。

千代がずっと言って来た様に
誰かを喜ばせたい!
というのも立派な動機であり目標だけど
今の様な緊急事態では、それは叶わない夢。

ならば諦めてしまうのか?>少なくとも今は
いや、魅せられてしまった後では、それは無理。
「ず~っと大好きな芝居してたい」
その思いだけは捨てられない。
エゴかもしれないけど…ならば、エゴ上等!ってとこだよね。
「そしたらきっと辛いことも乗り越えられる」
心の支えであり救いの手段だから。


毎夜こっそり家を抜け出し、昼間は居眠りしている千代。
いつの間にやら、そういう状況になっている(笑)

「あれは密会やな」
このご時世に真っ先に男女のことが頭に浮かぶ、みつえ。
ちょっとお花畑過ぎない?という気もするけど
これって、後のシーン(福助戦死)への前振り?


一平が様子を探りに行くと、千代は猫を相手に小声で芝居の稽古。
稽古っちゅーか、台詞を呟いているだけ。

仲間も客もいなくなってしまったし、大声を出せば警官が来るし…
今、芝居といったら、できるのはこれだけ。

それでも、そうし続ける千代の姿は美しいし悲壮でもある。
なのに、家に戻れば…​現実​が待っている。


最初から手に入らず、ひたすら理想を求めていた千代に対し
みつえは一度は手にしていたものが次々と零れ落ちていく。
喪失感が半端ないだろうな。

千代が何も持たないから、代わりに、みつえで描いているのだろうけど
多くのことが一度に降りかかって気の毒過ぎるなあ。
おまけに脇役だから、脇に全て担わせて…って印象を受ける人達も出て来るし。


ちょっと引っかかったのは―

「みつえ、落ち着き落ち着き」
みつえを宥める千代。

何も持たないちゅーても、今は一平と寛治君がいて
その寛治君が旅立って行って
…千代は初めて失う苦しみいを知ったところ。
みつえの気持ちが分かると言ったばかり。
おまけに、ついさっきまで、自分の気持ちを抑えきれず
こっそり猫相手に芝居をしていたところ。

だったら、宥めるのではなく
思いっきり泣かせてあげてほしかった気がする。

「ええかげんにしなはれ!」
寝込む娘に発破をかけるシズさん。

極めてシズさんらしい。
らしいけど…今のみつえは、それに応えられる状態じゃない。

シズさんもそれを承知で、叱りつけた後で抱き合って泣く…
とかなら良かったんだけどなあ。


一方、​​一福君​は少年兵になることを決意。
父親に諭されて一旦は諦めた様だったのに
父親の仇を討つという動機ができてしまった。

子供の目から見た戦争…とか
洗脳された当時の子供の心境…とかを
一福君を通して描くのかな?

案外、千代達が芝居をすることが出来て
それを観て考えを変える…という展開だったりして?


それにしても、竹槍が出て来ると
ひじゅに的に思い出すのは『おひさま』

教師であるヒロインの教え子の女の子が両親を空襲で亡くし
幼い妹にそれを伝えるという気丈な態度を見せた直後
竹槍訓練の授業で
「お父さんを返せ、お母さんを返せ」
と、藁人形に向かって行ったシーンは今思い出しても泣けるよ。


​一平​​の方は、百久利さんが戦死したとの知らせが入り
(彼も福助もまさにフラグ通りだったな^^;)
愛国物の芝居をしていた自分を責め、酒浸りに。

ここは予想通りというか、この時代に欠かせない要素ではあるけど
前作『エール』でも描いたネタだから、あまり深くは掘り下げないだろうな。


それから、農家に食糧調達に行く千代。

「お金やったら払いますさかい」
は、ちょっと違和感あったけど>そんなにお金持ってるのか?

「ちょっとは世の中の役に立つことしてみいな」
役者であることでボロクソに貶されたところは心に来た。
しかも、これは「皆を喜ばせたい」という千代の信念を
真っ向から​否定​するもの。

帰り道は、かつて故郷を離れ奉公に出て行く時に通った道に似ている。
テルヲが追いかけて来て、一瞬希望を持ったのに、あっという間に砕かれた
あの道を思い出させる。

ここでまた重い現実が押し寄せてきて
支えであり救いである芝居の台詞が消えてしまう。

芝居がかった作りのこのドラマなだけに
芝居と現実という対比が辛い。



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猫>ぬいぐるみ


かぼちゃ


西陣の帯



​​​​​​​​​​​​​​​​






Last updated  2021.04.07 14:38:51
コメント(6) | コメントを書く
2021.04.06
​​​​​​​​​​​​​​​満州と聞いて
無知ひじゅにが思い浮かべるのは

『大地の子』(山崎豊子)>中国残留孤児
『ラストエンペラー』(ベルナルド・ベルトルッチ)>愛新覚羅溥儀

…くらいかなあ(^^;)

…ひじゅにですが何か?



​「誰かの役に立ちたいんです」​by寛治



「僕の周りにはそないな人、ひとりもいてへんかった」
父親に捨てられたと言っていたもんなあ…
フォローしてくれる人もいなかったのだろうからなあ…
「僕もずっと自分のことだけしか考えてけえへんかった」
笑顔の仮面を被って、誰をも信じず、窃盗したりしていたんだもんなあ…

そんな寛治君がこう↑言えるまでになった…ちゅーことですね。


こうして、ひとり旅立っていく寛治君であった。

ボンクラひじゅには
千代が持たせた「白いご飯は無理やった」という「おにぎり」がどんなだったのか気になる>ぇ
稗とか粟とか、トウモロコシとかサツマイモとか、大豆とか魚粉とか…?


「あの子の人生や、うちが力づくで止めることなんかでけへん」
親に売られ、その後は自力で歩んできた千代。
動機も態度もテルヲとは正反対だけど、結局のところ子は旅立っていくし
テルヲとは正反対なだけに、邪魔することなどできない。

「今になって、ようやっと、あんたの気持ちが分かった気ぃするわ」
かつては恵まれた立場にいた、みつえや一福君が
かつての千代の様に何もかも失ってしまった様に
持っていない分、失うことも知らなかった千代が
やっと手に入れたものを失う羽目になる。


半分焼け崩れた稽古場で呆然と立ち尽くす千代。

家庭劇解散と聞いて、何とか失うまいと懸命に頑張っていて
皆が戻って来てくれて京都で上演できたけれど
大空襲により一瞬の夢で終わってしまった。

ここのところ、もうちょい芝居中心に描いてほしかった気がする。
舞台の様子も見せないままだったからね。

夢中で守り抜いたものが、あっという間に崩れたわけだから。
しかも、それは、芝居そのものへの攻撃ではなく
芝居以外の大切なものが失われることによってだから。


立ち尽くしていたかと思うと、自然に芝居の台詞が口をついてきて
やがて、声を響かせて一人芝居を繰り広げる千代。

あの時、同じ『手違い話』の台詞を言っていた時
傍には寛治君がいて、それから一座の皆が次々に戻って来てくれた。
でも今は誰もいない…
あの時と対比になっているなと思っていたら、庭に入って来る人々。

一瞬、また皆が戻って来たのかと思った。
そしたら一般の人々で
だったら、この一人芝居を受け入れ楽しんでくれるんじゃ…と思った。
そしたら警官に便乗して
「ええ気なもんやな」
「お気楽でよろしいなあ」
と批判的。

この中に、あの割烹着のオバチャンがいたら
警官を待つまでもなく強い調子で文句を言ってきただろう。
でも、その代わり
時代に洗脳され自分達が正しいと信じて疑わない人々による
上目線な攻撃…という意味合いになっていただろう。

そうではなく、最初は無言で、次に経験と共に批判を浴びせてきた人々だから
当時の一般人の気持ちを表しているというわけなんだろうな。
戦争に疲弊した心…を。

今、コロナ渦にあって疲弊している人々が
違う言動を取る人に少しばかり攻撃的になるのと同じ?


だけど、​ひじゅには見たぞ!​
万太郎さんが拍子木を鳴らしながら登場した時
笑顔になっていたお婆さんがいたことを(笑)


ここで万太郎さんが出て来たのは、想定の範囲外だったけどね。

「世界中の人が同じ芝居観て、同じ様に笑える日がいつか来るやろ
そん時こそ、わてらの出番や」
さすが万太郎さん、ずっと先を見通している。
役者ならではの希望と決意。


正直言うとさ…
こういうシーンを持ってくるなら
つまり、こういうシーンに千代が辿り着くことになっていたのなら
やはり、千代の芝居への執着心をもっと強調した方が感動できたと思うんだよな。

戻って来てくれた「家族」である座員がまたバラバラになってしまったことに
アッサリ順応し過ぎな印象で(笑)

物理的に探しに行けないのなら、その苦渋の決断を描けば良かった。

そうであるなら、一人芝居のくだりも、万太郎さんとの会話も
もっと自然で、もっと感動的だったと思う。


…なんて言っているうちに
満州で「女とか博打」に夢中の寛治君の図ぅ―

あれは、みつえの言葉に刺激された千代の想像?
視聴者へのミスリード?
そそそそれとも、一人になり解放感のあまり本性を現した図ぅ?

ただ、チラリ思い浮かぶのは―

この“遊び”で
やはり堅気にはなりきれない​ヨシヲ​の再登場に繋がる?

もしそうなら
やはり寛治君は、千代にとって子供というより弟を重ねた存在で
子役を使わなかったのは、そのためで
でもって…

やはり死亡フラグ?


↑全然違う展開だったらスマソ



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カイジ


​​​​​​​​​​​​​​​






Last updated  2021.04.06 15:21:12
コメント(5) | コメントを書く
2021.04.05
​​​​​​​​​​​​​​寛治君が満州慰問団に入るというのは
モデル@藤山寛美さんの実話から来ている。

大勢の若者が予科練に志願する中、芝居を続けている自分は
「非国民」ではないか…と悩んだ挙句の決意だそうだ。

一平&千代に相当する二代目渋谷天外&浪花千栄子には
学校へ行きたいのだと嘘をついて家庭劇退団を許してもらったらしい。

我らが寛治君は、それまでの状況や心境は今のところ出ておらず
一平&千代には慰問団のことを正直に話していたので
そこらへんのニュアンスは違ってきそうな気がするけどね。

…ひじゅにですが何か?



​「いてへんようになったら張り合いあれへんがな」​by菊



↑最後までフラグを口にする菊さんであった(涙)


“福富”VS“岡安”は、ある時点で
菊VSシズに矮小化し>こらこら
さらに
菊さんが大人の対応でシズさん敵わず
…になって行ったけど(笑)

この2人は互いに敬意を抱き合う​“友”​だった
…というのは伝わってきていたから

「エラソウに言うてたくせに何だすね、このざまは!!」
と遺体に叫び涙を零す姿には心打たれたし

「こないなもののために」
「堪忍な、福助」
と泣く、みつえの気持ちにも感情移入できた。


脇役にも人生があると、ちゃんと描いている。
主人公の物語を都合よく勧めるための単なる駒扱いはしていない。
そこは大いに支持する。


でも
空襲の知らせを聞いて大急ぎで道頓堀に帰って来た​​一平&千代​​の心情を
もうちょい中心に描いても良かった気がする。

シズさん達の行方を聞いて
「町外れに出来た遺体の安置所だわ」
という答が返って来たのは、まさにその心情をかき乱すためのミスリード
…だと思うんだけど、あまり効果的ではなかった様な>スマソ

それも含めて、千代の視点で描いてくれれば良かった…つーか
もしかしたら、そうしているつもりだったのかもしれないんだけど(笑)

勿論、ここで千代が大袈裟に嘆いてみせたりしたら
それはちょっと違うと思う。


ヒロインの出産シーンは朝ドラ“お約束”の一つだけど
例えば『ウェルかめ』では
ヒロインがまだその段階に達しなかったため
親友の出産シーンを大々的に取り上げた。

出産はおメデタイことだから良いけど
人の死に関しても似た様な現象は朝ドラにはよくある。
つまり、ヒロインやヒロインの身内にではなく
脇役にその役割を振る。

今や、それも立派な“お約束”
今日はそんなことが頭に浮かんだ回だった>スマソ


みつえ&一福は千代達の家に居候することに。
満州慰問団に入りたいと言い出した寛治君に
「僕達が来てしもたから…」
と言う一福君が悲しい。

少し前までは皆に可愛がられ、色々と恵まれた立場だったのに。
みつえも同じ。

千代は幼い頃に家族を失い、色々と苦労を重ねて来たけど
今、みつえ達が色々なものを失う羽目になっていて
人は皆、時期や順番が違うだけで、悲しみや苦労を必ず味わうことになる
…のかな…なんて思ってしまうね。

それは人に起因しているものばかりで
本来なら経験しないでも良いものなのだけれどね。


「一福君とみつえさんがここにいてくれるさかい行く決心ができてん」
一平&千代を置いて行くのが気が引けて躊躇っていたのだろう。
寛治君も大人になった…ってことと
今や一平&千代に深い思いを抱いていることが表れている。
「家族」として。


「せっかく一緒にいてられんのに」
空襲によりシズさん達の存在の大きさに改めて気付き
さらに、寛治君を含めた今の「家族」を失う怖さにも気付いた千代。

やっぱさ…
家族もいる座員達に対し
自分にか家庭劇しかないと言っていた千代にも
どうしても失いたくない存在は沢山あったってことだよね。

批判じゃないよ。
個人的には、芝居一筋…みたいな方が好みだもの。
でも、千代はそうじゃないし、このドラマはそうじゃない。
だから、ここに至るのは正解だと思う。
ひじゅにの勝手な深読みかもしれないけど(笑)


「芝居で兵隊さんら励ますことができる」
寛治君が言っているのは、まさに千代の理想であるはずなので
ここの展開はちょっと皮肉っぽい。
こういう葛藤を描くのは好み。


ただ、ちょこっとツッコミを入れるなら―

「しぶとい連中やしな、きっと、だんない」
一座の皆とは京都から戻った後、バラバラになってしまったとか。

この言葉には、千代の皆に対する信頼や愛情が含まれている。
それは分かるので、これ自体は良いんだけど。

空襲で離ればなれ…ってわけじゃないから良いんだけど
でもまた同じ様な状況になる恐れは大きいわけだし
皆が向かったのは、各自の大切な「家族」のもとへだから
その「家族」がどうなったか分からないわけだから
千代としても心配でしかない状況じゃん。

連絡取れないから探しようがない…とはいっても
そこは無茶をしてでも探しに行こうとするのが千代のキャラだし
何せ「家族」なわけだし

芝居の上でも、皆と一緒だから「家庭劇」と喜んでいた後だから
何だかアッサリ「3人ででける芝居を」と言い出す様子に
ちょっとばかし違和感…

寛治くんの満州話への反応と逆の印象になっちゃうじゃん。

何日も経った後なら…できれば、既に探し回った後のことだったら
別なんだけど。



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暖簾>福の字文


桐箱


満州コアヤメ



​​​​​​​​​​​​​​






Last updated  2021.04.05 15:46:27
コメント(3) | コメントを書く
2021.04.02
​​​​​​​​​​​​昨日、ジャンプ+連載マンガ『タテの国』(田中空)が最終回を迎えた。
どうなるんだ!?の連続だったけど
こうなったんだ…とラストシーンに泣いてしまったよ。

画力はイマイチだったけど>スマソ
味はあるし
何より話が面白かった。

画力は呆れるほど酷く話もイマイチでも
何故か長く続いている作品もあるというのに…
(もっとも読者のコメント欄を見るとボロクソに貶されてるけど)

面白い作品がどんどん終わって行き
ツマラナイ作品が何故か残っていく…

ちなみに、ここ数日は
少し前に終了した『サマータイムレンダ』(田中靖規)再読中。



​「何が何でも生き延び」​by菊



↑やっぱ、フラグだな…
シズさんじゃないよ。
恐らく、この言葉を発した本人の(涙)



千代「ほな、うち一人でもやる」
一平「勝手にせえ」
ちゅーことで、勝手に動き始める千代の図ぅ>ぉ

稽古場を個人で借りることにして、まずは掃除に取り掛かる。


寛治君の気持ちは昨日は示されなかったけど
千代と共に家庭劇を続けることを今日は表明。

千代と同じく、寛治君もまた、他に居場所がないものな。
家庭劇が文字通り「家庭」。


昨日、ルリ子さんや徳利さんが自分の家族のことを言い出した時
そうだよな…皆にはちゃんと家庭があるんだよな…と今更ながら思った。
彼らのプライベートは何も語られてこなかったものな。

つまりは彼らの場合、芝居を取るか家族を取るか…の二択が迫られるんだよね。
千代の様に「これ以上失うものはない」とは言えない。

ルリ子さんは父親と喧嘩して勘当されたという話だし
物凄く穿ってみれば
ルリ子さんの芝居への情熱が喧嘩のもとと受け取ることもできるけど
良く捉え過ぎか(笑)
徳利さんは逆に子供に応援された形。

二択は都合良く、向こうから解除された。


「あと一人か二人くらい来んのとちゃいますか」
ともするとご都合主義と視聴者からツッコミを入れられそうな展開を
自ら揶揄する寛治君…いや、八津弘幸(笑)

結局のところ、全員が戻って来て
出征した百久利さんの代わりに千之助さんが彼の好きだったお酒も持って来て
一平が劇場と契約さえしてきて
ひとまずは元通りでメデタシメデタシ。


こういう展開は好きですぜ。
『ちりとてちん』を思い出すしね。


「勝手にせい」の翌日のことらしい。
​解決早っ!(笑)​

何日か過ぎた設定にして>勿論、映像で経過を描いて
千代が孤独に頑張っている様子が伺える様であれば良かったのにな。
そこに皆が戻って来るのだから、感動で盛り上がれただろうと思うんだけど…
ちょいと惜しい。


「うちは今、幸せだす」
ここのところでさ、ちょっと不吉な考えが頭をよぎった。
自然に頭に浮かんだだけで
実現はしないだろうけどさ… 


家族に恵まれなかった千代が家族を切望し
出逢った人々と「家族」になって行く―
それは素敵なこと。

でも、今回
一座の皆に「家族」を求めるあまり
失いたくない思いで必死でしがみついていた様にも見えてしまった。
で、その願いが叶って「幸せ」を噛み締めているのが現状なわけだけど

一平や寛治君はともかく、他の座員には家族がいる。
たまたま理解があったり向こうから切り捨ててきたりしたわけだけど
場合によっては、逆も有り得た。

千代が疑似家族を求めるあまり
他の人々は本当の家族を捨てる結果になる―
なんて話だったら、ちょいと​ホラー​(笑)

あ、勿論、その場合
千代のせいではなく、各人の芝​居への愛や情熱が勝って…
ってことになるわけだけどね(笑)

でもって、そこで大阪大空襲へと繋がる。

「これ以上失うものはない」と思っていた千代にも
シズさん達「家族」がいるのだと今更ながら気付く。
今度は千代がそれらを失う―
家庭劇を選んだ報いとして―
なんて結末だったら​怖い​(^^;)

ま、そうはならないだろうけど
そういう話も観てみたい気がする>悪趣味?


どちらであっても
「皆を喜ばせる」という夢は叶えられる。

戦時中は難しそうなので、そこをどう描くのかに興味がある。
戦後は大いに必要になると思う。



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ぞうきん


幸せにくきゅう


家族で生き延びる






Last updated  2021.04.03 15:32:45
コメント(4) | コメントを書く
2021.04.01
​​​​​​​​​​​​​割烹着のオバチャン再登場。

この間、敢えてこうした呼び方をしたのは
朝ドラ名物(?)国防婦人会
つーか、それを象徴とした非常事態下での人間のひとつの形
(独善的ちゅーか他罰的ちゅーか洗脳的ちゅーか…)を
ああいうシーンで単純化して見せたというわけなのかな…と思ったからなんだけど
今日ああして登場したあってことは、あれは前振りみたいなもんだったのね。

でも、昨日は
彼女の方がギャフンと言わされて>ギャフンはちょっと違うか(笑)
今日は
彼女が少しばかり理解を示して、包丁を下げるという粋な(?)行為をして
少しばかり面目躍如といったところ?
…ひじゅにですが何か?



​​「女優になって皆を喜ばすのが夢やった」​​by千代



↑こういう展開、こういう台詞を予定していたのだから
それまでにもっと女優としての活躍を描いてくれば良かったのに…
そうしていたら、自然に千代の気持ちになって
視聴者の方からこの台詞を口にしていたかもしれない。



家庭劇解散。
「客足が遠のいて公演を撃てば打つほど赤字が増えてる」
「儲け生まん興行など興行ではない」
社長が挙げる理由は、これ以上ないほどシビア(^^;)

“岡安”が辞めたのも、“福富”が転業したのも同じ理由
勿論、誇りは持っているし、いつかまた…という希望も持っている。
でも、現時点ではああするしかなかった。

今週は戦争の影響で色んな夢や喜びがが消えていく様が描かれてきた。
出征も含め、色んな人がそれぞれの状況の中で
意図しない方向、望まない方向へと押し流されて行った。

その最後(今の時点での)のものとして
家庭劇の解散という問題まで生じる結果になったわけだけど
ここで、千代だけがその​流れに逆らう​立場を取る…というところに
ドラマとしての面白さがあるはずなんだけど…


「あんたにとっての家庭劇て、そないなもんだしたんか!?」
という千代の台詞がちょっとナンダカナ…

不快感までは行かないんだけどさ(^^;)


「田舎に父が一人暮らししてるの」
ルリ子さんも事情を抱えている。
「警報鳴るたんびに子供5人連れて逃げ回んの、もう嫁も俺も限界や」
徳利さんも苦悩している。
皆が皆、芝居が好きだからこそ頑張って来たのだから
ここで辞める方に同意したとしても、それは責められない。
責められるどおころか、もっと辛いだろうと思う。

「これ以上、大事なもんがのうなってしまうのは、もうごめんだす」
家庭劇を守れても、家族を失う結果になったら…?
皆も家庭劇をなくしたくはないだろう。
その気持ちは千代だけのものではないだろう。


笑いと涙の家庭劇を考案し作ったのは一平。
完成させたのは一平&千之助。
だから、この2人こそ、解散なんて納得できないに違いない。

「おもろないわ」
それでも、現状を受け入れるしかないと千之助さんは理解している。
「皆、ボロボロやで」
それでも、一平は皆を案じている。

千代の様に
社長に直談判しようとしたり
「家庭劇があったさかい、うちは生きてこられたんや」
と叫んだりする余裕さえないというか…


勿論、千代も貢献して来たけど
ドラマ上、そこはあまり強調させてこなかった。
千代はあくまでも女優…​パフォーマー​って感じで
家庭劇でなければならない…という気持ちはあまり伝わってこなかった。
今は本人は「家庭劇でなければ」と思っているだろうけどさ
ドラマとしては、そこまでは描いてこなかった。

パフォーマーとしても
初期の頃は、その時その時に覚醒があって成長があって…と
それなりに描いてきたのに
その後は芝居に関しては影が薄くなってしまって
プライベートで経験したアレコレが芝居にも生きたのかどうかも
ハッキリ示されなくなってしまった。

「月」という役割なのは分かるけど
千之助さんがテルヲにそう説明したこと以外では
それほど伝わって来なかったよね。

つーか、寧ろ「月」として
千代こそが皆の事情や苦悩を思いやる様子を見せてほしいなあ。
その上で苦しみもがく…って方が共感できる気がする。


↑批判するつもりはないのに、批判めいた文章になってしまった(笑)


まあ、これからなのかもしれないね。
千代は簡単には諦めないだろうから
これからの頑張り具合で描写不足は補われるかもしれない。
視聴者も心から応援したくなり
今は離れて行こうとしている仲間達が再び集まり
メデタシメデタシ!な方向へと向かって行くのかも。


ところで、今日は
​みつえ大活躍!​
だったな。

千代を道頓堀から逃がす時も度胸を示してくれた彼女だから
今日の行動も「らしい」。

脇もしっかり描いてくれるのは良いのだけど
みつえ>>>千代になってしまいそうな勢いだったぞ。



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​​​​​​​​​​​​​






Last updated  2021.04.01 15:40:02
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2021.03.31
​​​​​​​​​防空壕で出逢った漫才師@花車当郎(塚地武雅)は
​花菱アチャコ​がモデルなのだとか。

アチャコというと―

『アドルフに告ぐ』(手塚治虫)
「ヒットヒットひっと殺し」というギャグ(『早慶戦』)が
ラジオから流れて来るシーンがあったことと 

↑『わろてんか』も思い出すけど(笑)

『東京五人男』(斎藤寅次郎)
『黄金狂時代』(チャップリン)を思わせるシーンを演じていたことと

『お父さんはお人好し』等のNHKラジオドラマで
浪花千栄子さんとのコンビが大人気だったこと

…くらいしか知らないけど
『おちょやん』としては、つまり

これが彼と千代との出逢いだった!

っちゅーことですね。

…ひじゅにですが何か?



​「また使うねさかい」​by熊田



↑劇場は閉鎖になったけれど
必ず再開してみせるという決意が滲み出ているね、熊田さん。



福助が出征し
“岡安”が60年の歴史を終え
“えびす座”“鶴亀座”と大劇場は相次いで閉鎖され
空襲で防空壕に逃げ込むシーンも入り
フラグ通り百久利さんも出征
最後は家庭劇解散宣言…

戦争により全てが失われて行く。
庶民の生活が壊されて行く。

福助壮行会が最後の贅沢だったのね。
物質的にも心の面でも。


波に押し流される…という意味で
大震災も連想するし
コロナ渦にある現在とも重なる部分が多い。

歴史として見ると、時代の波って急激な印象だけど
その時に生きていた庶民達にとっては
日常に少しずつ忍び込んできて
訳も分からないまま、気付いたら流れに巻き込まれていた…
という感覚だったのかも?
今の私達が、逆らうこともできず先行きも分からず…
な状態にあるのと同じで。


“岡安”の最後は、千代も含め、お茶子達への挨拶で締められた。

一人一人の性格や特徴を把握していて、その長所を褒めるシズさん。
シズさんの人となりや、お茶子達との絆が伺える。
こういう厳しいけれども人情のある職場で働けたら素敵だろうな…
現代でもそうした場所は皆無ではないのだろうけど
ひじゅには不幸にも出逢えなかった。
こうしたものさえも急速に失われて行ったのだろう。

かめさんは残るらしいので、ちょっとホッとする。
『あさが来た』では、かめさんの中の人が演じる女中が
使えていた女将さんが亡くなり故郷に帰って行った。
今回は残れて良かったね、かめさん。


鶴亀家庭劇は小さな芝居小屋を転々としながら頑張っている。
「狭いわ、床抜けるわで…」
「年中、腹ペコやっちゅうのに」
「公演であちこち行かされるし、夜は空襲で何遍も起こされるし、もうしんどい」
台詞で様子は語られるけど、できれば映像で観たかったな。
まあ諸事情で仕方ないのかもしれないけど。

「空襲がなんぼのもんじゃ」
強がっていた千之助さんが、空襲警報に一番ビビッていたのが今日のギャグ?


「わしが笑い死にさしたるわい」
この千之助さんの宣言は、千之助さん自身のいない所で
千代&花車当郎さんによって実現される。

まあ、ちょびっとツッコミ(というよりイチャモン?)を入れるとさ
赤ちゃんが泣き出したところは
視聴者もどうしよう…と動揺するところ…のはずなんだけど>理想論?
それを引き起こす恐怖感ちゅーか緊張感ちゅーか
本当に切羽詰まった状況だという雰囲気がイマイチ出ていなかったなあ。
それに、2人の即興漫才は険悪な雰囲気は収めることに成功したけど
掛け合いの言葉と皆の笑い声は煩くなかったのか?
…という疑問も>野暮?

それとね
こういう時に咄嗟に乗れる千代のアドリブ力…
状況を即時に見極める洞察力や判断力や
笑いに昇華できるトーク力や演技力や
何より頭の回転の速さ…
その片鱗はちょこっとは描かれて来たけれど
あくまでも、ちょこっとの範囲だったので
もっと積み重ねてきていれば最強だったのになあ…と
ちょこっと残念。


百久利さん出征はフラグの回収。
分かり切ったことではあったけど、やはり悲しい。

千之助さんが顔も見ず、片手で追い払う様な仕草をしたところは
涙涙の見送りよりも万感迫っていたな。

何か、見せ場のほとんどを千之助さんがさらってきた様な記憶…


「家庭劇は…解散する」
宣言する一平。
熊田さんに呼び出されたのは、この話だったのだろう。
つまり、上からの命令。

多分、誰よりも逆らうのは千代なのだろう。



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アドルフに告ぐ


花菱アチャコ


​​​​​​​​​






Last updated  2021.03.31 15:59:13
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2021.03.30
​​​​​​​​トランペットの音が聞こえて
敵性音楽だと即座に反応し警察を連れて来るのは
やはり割烹着姿のオバチャンなのね…

それにしても
「パパパパ~」だけでこうだったというのに
演奏し始めてから大丈夫だったのか?
もはや発声練習だと誤魔化せる範囲を超えてるけど?

↑無粋なツッコミ(笑)

…ひじゅにですが何か?



​「この道頓堀は、わての居場所だす」​byシズ



道頓堀は
シズさん達のおかげで、千代にとっても居場所となった。
“岡安”を何とか存続させようと頑張って来たシズさん達にとっても。
とうとう閉めることを決意した今でも。
“福富”を時流に合わせて変えながらも踏ん張っている菊さん達にとっても
その息子である福助にも。

だから、福助が最後に吹くのは
『埴生の宿(Home! Sweet Home!)』
なのだろう。



いよいよ“岡安”を片付け始めるシズさん。

千代が初めて道頓堀にやって来た時
目に付いたのは座布団を運ぶ“岡安”お茶子達の姿だった。

年月が過ぎ、大人になった千代が登場した時も
身体的にもお茶子としても一人前になったことを示唆する様に
座布団を運ぶ姿を見せていた。

「防空頭巾とか兵隊さんの防寒服の綿にもなるやろしな」
そして今、“岡安”が無くなる象徴として座布団が処分される。
それも「お国に供出」するために。


全てが「戦争」であり「お国」のため…
現代脳には辛くて重い。


そんな「戦争」と「お国」にダイレクトに結び付くのが福助の出征。

「お前もまず髭生やさなあかん」
少年兵に志願したいと言う一福に、こう言う福助は現代的感覚に近い?
息子の夢を真っ向から否定するのでもなく
安易に反戦思想を持ち出すのでもなく
こんな風に諭せる福助は賢く優しい父親だな。

​テルヲ、見てるか!?​(笑)


「良かった、菊さんも福松さんも変わりのうて」
表面的な態度や言葉で誤魔化される千代は一福と同じ?
…まあ、近親者ってわけではないから、こうしか言い様もないけどな。
「強がってはるだけや…強がるしかあれへんねんて」
当事者である、みつえは奥底まで読めている。
つーか、自分自身の気持ちでもあるのだろう。


そんな、みつえの希望を聞いて、何とかしてやりたいと思う千代。
一座のために反対する一平の気持ちを変えたのは
「きっと生きて帰って来るに決まってる。
そしたらまた思う存分、吹いたらええことだすもんな」
という千代の言葉。

千代としては、わざと煽る様に言ったのか
一平の懸念に素直に同意しただけなのか分からないけど
一平は、この事実の重さに気付いたのだろう。
千代の言うこととは逆の結果になる可能性は低くはないことを。


それでも、一平も千代も一座の人達は巻き込まないよう気を遣ったのに
割烹着のオバチャンのおかげで(?)
一座の連中も“岡安”も“福富”も全ての人が協力し
最後は福助の演奏を堪能することに。

密閉された空間で
音楽が流れ
お芝居の時もガラガラだった客席が
身内だけとはいっても埋められて
皆が泣き笑いする―

これは、ある意味家庭劇の象徴。

現実は芝居となり
芝居は現実となる?


もしかして
ここに集った皆の「居場所」である道頓堀が
まだ少しは幸せだった、最後の時になったりして?



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埴生の宿 ネックレス


座布団


お母さんの手作り いもだんご


​​​​​​​​






Last updated  2021.03.30 15:10:22
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2021.03.29
​​​​​​​​​第80話の感想は「つづき」を書いたので
良かったら読んどくんなはれ。

↑関西弁モドキ

感想は…​​ここ


​「戦争のおかげだす」​by菊



朝ドラって
時代背景がいつであっても
感覚はまさに​現代​…ってのがデフォルトだから

戦中を舞台にした作品は多いけれど
少なくとも最近のは戦争には否定的で
国防婦人会なんて「悪」として描かれることが多い。
だから、ヒロインは参加しない。

例えば『エール』は、そこのところの動機が曖昧で
単に気分が乗らないから参加しない…みたいな印象で終わってしまったけど
『カーネーション』は、先頭立ってヒロインを批判していたリーダーの女性が
戦死した息子の遺影を掲げて街を歩く悲痛なシーンがあったりして
興味深い描き方だった。


この『おちょやん』は、さらに捻っていて
国防婦人会のタスキを掛けるヒロインを堂々と映す。


芝居に関しても
「おもろないからのう」と、シビアな千之助さん
何やら思案している様子の一平
…等を尻目に
「お国のためにもなる」と言っているし。


それが当時の人々の大半が抱いていた感覚なのだろう。
後の「大阪のお母ちゃん」は、あくまでも庶民的。


とはいえ
千之助さんの「おもろないからのう」に続くのは
香里さんの「ず~っと愛国物ばっかしやもんなあ」なんだけど
千代の意見は「次はもっと面白い芝居にしたらよろしいねん」
ちょっとばかり能天気(笑)

「うちらにでけんのは、ちょっとでもええお芝居作って
世の中を元気にすることだす」
これは極めて千代らしいと言えるけど
つまりこれが彼女の神髄なのだろうけど
精神論っちゅーか
面白くできるか否か…という手段(?)に欠けている。
一平の様に話を作る側ではないから?


若手の役者が次々と出征していき、続けられなくなった一座が増えているらしい。
でも、鶴亀家庭劇の場合は
寛治君は目が悪いので召集されない―
百久利さんは召集はされたものの戦地に行く前に身体を壊して帰された―
ということで、今のところ安泰。
つまり、まだ、戦争の影響を直接受けていない状態。

だから、どこかまだお気楽なんだろうな…(^^;)

でも、多分、これらは​フラグ​
今の状況が引っくり返される日が来るのだろう。


その予兆(?)の一つとして、福助に赤紙が届く。

一座の誰かでも、ましてや一平でもなく
福助…というところが絶妙(笑)
しかも理由が>みつえの推測だけど
「前にいてた楽団で兵隊さんの慰問に行く時も
自分は軍歌なんか吹きたないいうて抜けたりしてたさかい
目ぇ付けられたんやと思う」
なので、一座の皆には直接当てはまらない。

だからまだ自分達は安泰という思いが強いかもしれないけど
俯瞰してみれば
​物凄く近くに「戦争」はやって来たー​
ってことになる(^^;)

そうした役割を考えると、福助の先行きはほぼ決まりだな(涙)


ただ、この福助の軍歌(を象徴とする戦争そのもの)への思いが
サラリとだけど語られたのは
やはり、事象だけでなく、思想的なものも浮上してきたことになる。

「こないな時やのに、芝居やっててええねんやろか」
という一平の言葉にもつながって来るかも


「うちがやっていけてんのは戦争のおかげだす」by菊
福助の信念とは逆に“福富”は軍歌のレコードで稼げている。
“岡安”は遂に廃業。

芝居茶屋が傾き始めた頃に
喫茶店(+レコード&楽器店)に商売替えした“福富”と
苦しくても続けることにした“岡安”との
時代を見極める「目」の違いが今回も?
…いや、一筋縄では行かないのが戦争だから
軍歌を前面に出している“福富”が皮肉な結末を迎えそうで
(つまり、これも​フラグ​かもしれなくて)ちょっと怖い(^^;)


皆が皆、マイナスの方向へ流れが向かっている。
取り合えず差し迫っているのは劇場閉鎖の動き。

まあ、千代だったらどんな場所でも
何なら路上ででも上演しちゃう気がするけどね(笑)

問題は客…



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栗羊羹






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Last updated  2021.03.29 14:56:27
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