2大スターの成熟、フランス・オペラの名作の華麗な舞台〜METライブビューイング「サムソンとデリラ」
METライブビューイング第2弾、サン=サーンスの「サムソンとデリラ」(新制作)を見てきました(現地ではシーズンオープニング演目)。主役のスター歌手2人を中心に音楽的水準が高く、カラフルな舞台とあいまって堪能しました。この作品19世紀後半のはフランス・オペラを代表する作品のひとつなのですが、日本ではめったに上演されません。スペクタクルな第1幕と、それ以上にスペクタクルな、バレエもはさまったグロテスクといいたくなるような第3幕、その間にはさまれたサムソンとデリラの心理戦である第2幕と、音楽的にも多彩な大作。この手の作品が高水準で楽しめるのは,METLVの大きな魅力です。 まず目を見張ったのは、主役の2人、サムソン役のロベルト・アラーニャとデリラ役のエリーナ・ガランチャの成熟ぶりです。この組み合わせはMETLVの伝説的な「カルメン」の名演が強烈ですが、今回も成果は上々。2人とも着実にドラマテイッックな方向に進んでいて、共演者としての息もぴったりでした。 アラーニャはスタートラインの「リリックなテノール」の声を残しつつ、確実にスピントなものが歌えるようになっているのがすごい。一時「ポスト三大テノール」と言われた歌手たちのなかで、ベルカントテノールのフローレスは別にして、残っているのはアラーニャとアルバレスくらいではないでしょうか。いまや大スターです。しかも50代になって(失礼!)、若々しさをとどめていて、ラブシーンが絵になるテノールって、実はなかなかいない。(けっこう太ってしまうひとなどいますから)来年3月にパリで「オテロ」を聴くのですが、このリリカルな声でのオテロの悲劇性がいくらか想像できて、とても楽しみになりました。 ガランチャも、LVに登場したころは「チェネレントラ」など、ベルカントのテクニックをしっかり身につけた軽めの役も歌いこなしていましたが、「カルメン」で大ブレイク、そしていまやデリラと、技術的な安定度が高いままに、かなりドラマテイックな表現を掘り下げるメッゾへと変貌しています。メッゾらしい、深く、ほのかな翳りのある、妖艶さも漂わせた声。こちらの心を抱きしめてくるような魅力があります。 そして演技も素晴らしい。今回、サムソンにほんとうに恋しているような節がある演技なのですが、インタビューで彼女が語ったところによると、それは音楽にちゃんと書かれているという。彼女いわく、有名なアリアの前で、「楽譜に2ページだけ音楽がぜんぜん違うところがあるの。優しくて繊細。それがデリラのほんとうの気持なのよ」というようなことを言っていて、へえ、そうなんだ、と納得でした。そのような理解があってこそなのだと思うけれど、彼女のデリラは悪女ではなく、サムソンへの共感が明らかな、葛藤する女なのです。葛藤する女でメッゾといえば、アムネリス。パリで「ドン・カルロス」のエボリ公女も素晴らしかったガランチャ、次はアムネリスで是非聴いてみたいです。 悪役のロラン・ナウリも好演。ナウリは昨シーズン最後の「サンドリヨン」での情けないお父さん!の名演?怪演?が秀逸だったのですが、こちらもなかなか。以前は「デセイのだんなさん」(失礼!)でしたが、いまやフランスを代表するバリトンですね。 インタビューもユーモアに富んで絶妙でした。興味深かったのは、第3幕のペリシテ人たちの宴会のシーンで、ダリラと大祭司の掛け合いの音楽、コロラトゥーラも交えたあの音楽は「ヘンデル風」という言葉が出てきて、すごく納得。たしかに、旧約聖書を題材にしたオラトリオ(「サムソンとデリラ」は当初オラトリオとして構想されました)の代名詞といえば、ヘンデル。第3幕のグロテスクな宴会は、少なくとも一部はそのパロディだった、というわけです。なるほど。 マーク・エルダーの指揮は、引き締まって堅実。オーケストラの色彩感という点ではちょっと物足りなかったですが、男女の心理戦が展開する第2幕の緊張感は聴き手を引きずり込む見事なものでした。 これがMETデビューというトレズニャックの演出は、原色たっぷりのカラフルな色彩、エキゾティックな雰囲気、第1幕の大階段、第3幕の人間の上半身をかたどった大神殿など大掛かりな装置で、METの大舞台が堪能できます。さらにみものは、これもカラフルで超豪華な衣装。ガランチャ「メッゾはなかなかゴージャスな衣装が回ってこないけれど、これで帳消しだわ」的なことを言っていて、そうだよね女性だものね、とうなずいてしまいました。 合間の映像では、先日亡くなったばかりのカバリエの、METに残されている唯一!の映像も放映してくれました。ガラコンサートでの収録で、ホセ・カレーラスとの共演で「アンドレア・シェニエ」の幕切れの二重唱。こんな曲も歌っていたのですね。 カレーラスはもともとアラーニャのようなリリックテノールだと思うのですが、けっこう早くドラマティックな役にシフトしてしまって。白血病になりキャリアがとまりましたが、あのままドラマティックなものばかり歌い続けていたら、あまりもたなかったかもしれない、と映像をみていてふと思ってしまいました。 今回、インタビューのナビゲーターがベテランのスーザン・グレアムで、さすがに前回「アイーダ」のレナードより質問が多彩で回答も柔軟でした。やっぱりインタビューって、する方の力も大きい。心しなければ。 METLV「サムソンとデリラ」、木曜日まで。詳細は以下で。 METライブビューイング