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2021.03.29
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わたしたちの世代って。

周りと一緒であることとか、

常に空気を読むこと、とか、

世間の目とか、周りの大人からの評価とか、

そういうことが自己決定の軸になってしまったようなことが、

多分にしてあったように思うのです。


いつもみんなと一緒であれ。 

平均か、できればもっと優秀であれ。 

優秀で、おとなしく従順であれ。


「自分らしさ」や「個性」なんてとんでもない! みたいな、ね。








服の少なさで「爪痕」残したい時期が・・・わたしには長いことありました。 ごめんね。



 *************************************




「みんなと一緒であること」や「はみ出さないこと」を目指したり

そうであることを常に求められてきたわたしたちにとって。

「人と違うこと」「違った存在」というのは、

「個性」や「その人らしさ」というよりも、


不公平であり、格差であり、

恐怖であり、

我が身をおびやかす危機であり、脅威、でした。


どちらかというと「良くないこと」だったのです。


それをね、

すっかり大人になってしまってから急にね、

「これは多様性ですよ!」

「みんな自由で平等だったのです!」

「さあ、お互いを認め合って!!」

「さあ、尊重!」と 捉え直そうとしたって、


そう簡単には なかなか・・・ね (;_;)






がらーん の冷蔵庫。買い出し前の野菜室。ついこうしてお披露目してしまうのですが、
わたしにとって、毎回こうなることは、わりと「ふつう」のこと、なのです。




 ***************************************



急激に発達してしまった SNS によって知ることとなった、


いろんな人のいろんな「自分らしさ」に
いろんな人のいろんな「ふつう」に、
自分とは大きく異なる「ふつう」に、
どうしても理解できない「ふつう」に、

「多様性」や「違い」に対する耐性が、
著しく乏しい世代であるところのわたしたちが、
思わず面食らってしまうのも・・・


だから無理もないように思うのです。


今日の日記は、中1日あいてしまいましたね、


先日の日記の続き(   )です。




 **************************************




何かを発信しようとするとき。

若者は「何でも聞いて」と。

インスタグラムやTwitterなどのSNSにおいては、

「自身への質問を求める行動」というのを取ることが

とても多いのだそう。


なぜか。


「自分語りは恥ずかしいこと」という認識。

それが彼ら世代の中に、とても強くあるからなのだそうです。

とくにSNS等で唐突に自分を語り始めるのは、

多くの若者にとって

「きわめて格好悪い行動」 と捉えられているのだそう。 



・・・・・・・・ ( ゚д゚)



わたしのブログ、どうなる(爆)!!!



だから、まず、質問を求める。

「なんでも聞いて」を使えば、自然に自分語りができる。

「聞かれたから答えるのだ」という体裁を取ってさえいれば、

そこで語られることは「恥ずかしい自分語り」とならずに済むのですね。


なるほどー ( ゚д゚)

 
質問に回答することで
簡単にコミュニケーションが生まれますし、

また質問をされるということで
「自分が誰かから関心を持たれているのだ」という
心地よい快感も得られる。


「いいね」とはまた別の承認欲求が満たされるのだ、と。



若者は、ゆえに「質問されたい」のですって。


へー  そうなのー ( ゚д゚)







そっか!! めっちゃ納得!!


「質問されたい心理」って、

もしかすると「若さの象徴」なのかも!!


「自分語り」が全く平気なこと、と(笑)

質問されるのが嫌だ、苦手だ、自分の頭で考えて、と思ってしまう時点で、

いかにわたしが身も心もすっかりオバハンであるか、という・・・

これはもう、何よりの証拠だわ ヽ(;▽;)ノ











ちょっとだけ嘘でした。にんにく、お餅、パン1/2斤が、次週へと持ち越されます ( ´▽`)

↓ この青森にんにくが、とっても便利でよかった!なくなったらリピートしよう!





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おっと話が逸れかけてしまいました。

お話を「爪痕」に戻しましょう。


わたしたち世代にとって、
たとえば自分語りをするにしても、
あるいは質問にお答えするのだとしても、

何か発信するときに、最もむずかしいと感じるのは。

何か特殊な特別なむずかしさ、よりも、

いろんな「ふつう」のあることのむずかしさ、なのではないでしょうか。


自分にとっての「ふつう」を、


不特定多数のお相手を傷つけることのないように伝えることって、


実は、とても、ものすごく、むずかしい。



たとえば、です。

「〇〇する人がいるけれど、わたしはしないです。」

「わたしは〇〇は利用しないです。」

「〇〇と言う人がいるけれど、わたしはそうは思いません。」という主張には、


逆側にあるものを否定(攻撃)するニュアンスが どうしても漂います。

いわゆる「匂わせ」ですね ( ´▽`;)



その人の個人的な主張を、

その人にとっての「ふつう」を正当化するために、


「自分たち側を否定された!」

「こちら側を(ダメなもの、間違ったものとして)引き合いに出された!」

「敵認定 」 (`・ω・´)


というように、

〇〇側にいる人は、
これをとても敏感に察知しますし、
裁かれたかのような不快さを感じるのだと思います。





しかしこれね、

裁かれた側である時には敏感に気づくのに対し、

裁いた側である時には 
そのことになかなか気づけないでいることが、

悲しいくらいに、あるのです。







1本残っていたバナナは、おやつで消費。生鮮の廃棄・・・今週もゼロです! ( ´▽`)


 ****************************************



そういう書き方ばかりしていた、

気をつけることができなかった時期が、

わたしには長いことありました。


言葉を大切に思う時。

そしてこの場所を大切に思う時。

それではいけなかったのだ、
このままではいけないのだ、ということに、
ある頃、気づいたのでした。

気づかせてもらうことができたのでした。


今でもそれでもやっぱり、

失敗してしまうこともあるのだけれど。






一つだけわかったのは。

こんな多様な価値観溢れる世の中にあって、


自分のしていること(だけ)を、「正当化」しようとすると、


たいていの場合、失敗しますね(泣)













ステキな花屋さんのステキなアレンジに、

心の底から感動するけれど、

そういうお花屋さんだけになってしまっては

きっととても困るのです。










特別に好きなパン屋さんや

愛してるサンドイッチ屋さんはあるけれど、

だからと言ってそれ以外のパン屋さんを認めない、というのは違う ( ´▽`)


いろいろあるからいいのです。


多様性って、そういうこと。


暮らしの発信も それと同じで。


そこを間違えてしまうと、


書くのも、読むのも、とても苦しい。




 **************************************



爪痕を残す。 という言葉がありますね。

新人タレントさんなどがテレビ出演するとなれば、
「とにかくなんでもいいから爪痕残してこい!」
などと事務所から言われたのも、もはや昔の話。

今は「爪痕残さないタレントさん」の方が、
なぜか視聴者から支持され、
長く愛されるんですって。

過激なこと言ったりやったりする、
いわゆる「ぐいぐい系」や「爪痕系」は、
もはや「古い」のだ、と。 

わかるような気がします。


しかし爪痕残さず印象に残ろう思うと・・・


それってめっちゃ大変なことよ (;▽;) ?


ブログも、同じよ (;▽;) ?



 **************************************



「爪痕を残さないのも爪痕。」 



この言葉は、とある番組内で、中居くんによって発せられた名言。


「みんな爪痕残そうとするけど、残さないのも立派な爪痕。」と。



そうね。 


爪痕を残さないことは、


それはきっと、とても美しいこと。



 **************************************



やたら爪痕残したかったり、

やたら自分を正当化したかったのは、


「圧倒的に自信がなかったから」そして「不安だったから」だと気づいたの。


「自分を正当化したがること」と「強がること」は、似ている。


心の焦りや波立ち方のようなものが、とてもよく似ている。



じゃあ今は自信があるのか、といったら、

それとはまたちょっと違うのかもしれないけれど、

今のわたしの暮らしが、

わたしはとても好きなのです。



昔は大嫌いだった「自信のなさ」や「弱さ」や「欠点」も、

それも大切な「伸びしろ」だと、今は思ってる。


自分の良いところだけでなく、
ダメなところも全てひっくるめて、
まだまだなところもひっくるめて、

50歳になった今のわたしのことが、

なんだかとても好き。

人生の中で、多分、今がいちばんに。




 **************************************



子供の頃や、若い頃は、
自分を好きだと思えたことはあまりなかった。
周りから本当に好かれていると思ったこともなかった。

友達の多い、誰とでも仲良くなれる風な子でしたが、
みんなの前で明るいように、
うまいこと大人を安心させ、
先生に好かれるようにしていただけ。


子供ながらに、ものすごく無理をしていた。


「無駄な爪痕」ばかり残していました。


そういう子って、わたしたち世代には、


男女問わず、


とっても多かった気がするな (;_;)











素敵パン屋さんのクロワッサンも好き。

昔ながらのメロンパンも好き。

ステキな花屋さんの花束が好きだけれど、
けれどそのままお墓にお供えできるよう上手にセットされた、
ユリや菊やデンファレの花束も好き。

かすみ草だって、大好きだ!



 **************************************




「爪痕を残さないのも爪痕。」 




そう言った中居くんにね、


共演者の方からは 「そんな爪痕ありますか!?」 との声。


「あるあるあるある」と、中居くん。


わたしも「ある」と、思います。


せっかく残すのなら「爪痕」よりも。


「安らぎ」や「愛情」や「優しさ」

「心地よさ」や「思いやり」や・・・「可愛げ」?


そんな「痕」を、


自分の人生や、大切な人の記憶に残したいし、刻みたい。



そういう人になりたい。



そういう文章を書ける人になりたいし、



そんなおばあちゃんに なってゆきたい。


50歳の今。 とてもそう思うのです。







                                    おわり






長い日記、最後まで読んでくださってありがとう。

いつの時も、何歳であっても。

「今がいちばんいい」と思いながら生きてゆけたなら・・・とても幸せですね ( ´▽`)



↓ 「服の少なさ」を、今は心から楽しんでいます。 いつもポチッとありがとう!

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↓お子の大学では、待望の対面授業が、4月からようやく本格的に再開されるのだそうです。

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↓昨年度は、本当にただの一度もキャンパスに通うことの許されない「未曾有の1年」でした。

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先の見えない中で、長引くリモート講義を耐え忍び乗り越えた大学生みんなの春を・・・

膨らんだつぼみも、そっとお祝いしてくれているようです ( ´▽`)







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今日もどうぞお健やかに、微笑みいっぱいの1日をお過ごしになれますように・・・ りんご
















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最終更新日  2021.03.30 10:56:27



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