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テーマ:暮らしを楽しむ(388611)
カテゴリ:幸せになる「勇気」
容姿に関することをいじってはならない、という風潮。
「容姿差別はダメ!」という認識。 ここ10年前くらいまでは、 メディアも、世の中も、容姿なんて「いじり放題」だったです。 うんと昔は、 昭和の頃は、もっともっと残酷だったですね。 今ではありえないことだらけの時代。 生徒間ならもちろん茶飯事だし、 先生であっても、女子生徒に向かって、 見た目に関するいろんなひどいこと、 ふつうに言ってましたし。 小学校5〜6年生女子の身体測定や健康診断(上半身裸)の場に、 男性担任がいるのも、当時は普通の風景だったんですよ。 わたくしは精神年齢や体型が幼くて平気だったんですけど、 すごく恥ずかしがってる子もいて(当然です!) 子供心に、とてもかわいそうでした。 わたくし中3の時に、すごく一気に太っちゃったんですけど、 職員室で教員に囲まれて笑われたこともありますよ。 「お前太ったなあー w」「先生達みんな言ってるぞ www」って。 どうでもいい輩から言われたから、なんとも思いませんでしたが、 もしも好きな先生や尊敬する人から揶揄われたとすれば トラウマ級の傷を負っていたかもしれないです。 今なら 厳重処罰? どんな処分をお見舞いできるのかしらーっ!?!?
キレイな人をキレイですね、ということも、だから。 今は、もう、当然のことながら容姿差別のひとつ、なのでありましょう。 こちらは、未だにどうもピンとこない、というか、 けなすんじゃなくて、 褒めるほうはいいんじゃないの? という気持ちになるけれど・・・ それではこの理論の目指す平等さは失われてしまう。 悪気がある訳ではなくても、 純粋に褒めているつもりでいても、 相手を傷つけてしまったり、 その場面に「他者との差別」を生んでしまうこともありますものね。 とてもきれいな人がおすすめされていた、 硫酸マグネシウムの入浴剤。 重炭酸をずっと好きで使っていましたけれど、 今はこのお風呂が毎晩楽しみで、日々の寒さも苦にならない! 湯上がりポカポカ ( ´▽`) ♪ ↓ 今度は絶対「3Kg」を買いまーす!! きれいな人が使っているからといって わたくしもきれいになれるわけではないとわかっているけれど、 そうなれそうな気がして使いたくなる気持ちって、 どんな人にも、きっと、ありますよね ( ´▽`) 美容にまつわるものなんて、それが全てなのでは? 美しい人のインスタグラムや SNS を見て、 こうして使ってみたり憧れる気持ちに「なる」のも。 そして「ならない」のも。 もしかしたら「差別」なの? (;_;) ********************************* 「容姿差別ダメ!絶対!」という世の中の流れになって。 今は過渡期というか、混沌期というか、 この世界はまだ、 言ってることとやってることの辻褄の合わないことだらけ。 「とりあえずそういう言葉は使っちゃダメみたい!」というだけで、 「口に出さなきゃいいのでは?」というだけで、 気をつけようと思えば思うほど、 言っちゃいけない! これって差別? 本当なら心の中で思うだけでもいけない? それができない自分は最低!! みたいになるのなら、 結局そこに意識が向かってる、ってことに他ならないし。 個人がそう認める、認めないに関係なく、 世の中に「美」というものに対する客観的な事実がある以上、 結果的には何も変わらないのでは、というような。 新たな差別を助長したり 日見和的になったり、 自分だって容赦なくしてるのに、 自分がされる側になったときだけ「ひどい!ひどい!」と騒ぐだけの、 そういう拗れたこと、ずるいことになりうるのでは、というような。 この世に長く存在する消えない差別が、 およそみんなそうであるように。 本当にその「理想の精神」が個々のレベルにまで落とし込まれた、 浸透した、成熟した社会になるのには・・・・ 果たしてどのくらいかかるのだろうな。 なぜこんなお話をさせていただいているのかと申しますれば。 この間、とってもキレイな人に会って。 見惚れてしまって。 本当にお綺麗で、思わずそう言いそうになってしまって、 けれど、その時にこれだけのことが頭の中を一気に駆けめぐり、 言えなかった。 もしも言ってたら、よろこんでもらえたのでしょうか。 それとも「こいつ今どき、アホや」と呆れられたのでしょうか。 わからないです。 心の中で、「きれいです!」「あなたみたいになりたいです!」って 熱く叫びました。 憧れの念を、ひたすらに捧げました。 怖いですか? (笑) ***********************************
人の欠点や良くないところを見つける目というのは、 人間の先天的な本能、みたいなものだそうですよ。 敵や危険人物から身を守るために装備された、標準的な本能。 一方、人の良いところを見つける目というのは 後天的に育ってゆくもの。 自分の力で養ってゆくもの。 自分次第、ということ。 容姿差別反対! と、差別の撤廃にフォーカスするよりも、 人のいいところを見つける目を育てよう、ということなら 今日からでも、 そして命のあるかぎり、幾つになっても、 ずっと取り組んでゆける。 自分の中に、大切に育んでゆきたいですね。
なんて素敵なお言葉なんでしょう! イケてるメンタル! ( ´▽`) 今日はこんなお話。 お読みくださって、ありがとう。 おわり ↓「心地よい暮らし」のランキングに参加させていただいています にほんブログ村 新しいプロフィール写真です。 ぬぼーっと立ったすずひを、どうぞよろしくお願いします(笑) 今朝もとっても寒かった! 今夜もお風呂が楽しみだなー! ↓ 「50代自分らしさ」「ミニマリスト50代女性」のカテゴリ。 素敵な50代ブロガーさんがいっぱい! にほんブログ村 にほんブログ村 素敵なブログとの出会いが・・・今日もありますように #ミニマリスト フォローをしてくださっている たくさんのみなさまへ。 更新を楽しみに待ってくださるお気持ち、いつも大きな励みになっていますよ ( ´▽`) : お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.01.28 20:00:37
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