日経記事があまりにも的確なので、驚いているのだが、
クリスマスはイエスの誕生日? 社会学者 橋爪大三郎
2017/12/19 14:00 日本経済新聞
24日がイヴで、25日がクリスマス。この関係が、子ども心に意味不明だった。イエスはいったいいつ生まれたのだろう?
聖書を勉強して思った。ユダヤ暦では日没を境に翌日だ。それを午前0時で区切ったから、イヴと25日に分かれたのでは。
あとわかったこと。福音書に、12月25日に生まれたとは書いてない。クリスマスがイエスの誕生日だとは、どこにも書いてないのだ。じゃあクリスマスは何なのか。
詳しい本によると、クリスマスはもともと冬至だったらしい。ミトラ教という宗教の、冬至に死んでまた生まれる神のお祭りが人気だった。新興のキリスト教はそれにぶつけて、12月25日を「イエスの誕生日」にして祝うようになったのだと。
ともかくクリスマスは、キリスト教の祝日に定着した。ギリシャ正教では1月7日に祝う。ユリウス暦12月25日にあたる日である。
教会暦の最初は待降節(アドベント)、クリスマスまでの四週間だ。アメリカではハロウィーン(10月31日)→感謝祭(11月第四木曜)→クリスマスの順に寒くなる。日本では、ハロウィーンが終わるとすぐクリスマス商戦に突入。奇妙な感じだ。
クリスマスは「キリスト教的」でないから、祝わないプロテスタント教会も多かった。クリスマスツリーは古いヨーロッパの俗信で、異教的。日本人のイメージするクリスマスのスタイルは、ニューヨークのデパートが広めたとも言う。
クリスマスもバレンタインデーのように、商業主義が広まっただけのものなら、イエス・キリストと無関係に、デートスポットでディナーを予約するカップルが、クリスマスをいちばん正しく理解しているのかもしれない。
普通の教会では、コー言う解説はしない、
クリスマスは救い主イエスの誕生日なのだ、
怪しかろうが、疑わしかろうが、誕生日である、
クリスマスは教会の年間最大イベントであり、
その起源を疑われたら、教会の存続(?)にも関わる、
*実際は、325年のニカイア公会議で、
キリスト教会(ローマ帝国)が、(冬至祭に合わせ、)
12月25日をイエスの誕生日に正式決定している、
(このせいもあるのか、
最近は、祝誕生日から、祝誕生にシフトも!?)
又、クリスマスツリーが異教の習慣なんて言われた、
教会にツリーを飾れなくなっちゃうジャン!
*実際は、クリスマスツリー、サンタクロース、丸太、靴下、
異端の宗教習慣であり、キリストの誕生と何の関係もない、
(いずれも、サタン礼拝に絡むもの、)
エレミヤ10:2 主はこう言われる、「異邦の人の道に習ってはならない。また異邦の人が天に現れるしるしを恐れても、あなたがたはそれを恐れてはならない。10:3 異邦の民のならわしはむなしいからだ。彼らの崇拝するものは、林から切りだした木で、木工の手で、おのをもって造ったものだ。10:4 人々は銀や金をもって、それを飾り、くぎと鎚をもって動かないようにそれをとめる。
いやはや、いまや、クリスマスもツリーも、
風前の灯火となりつつあるのだが、
(教会に義理があるわけではないが、)
ここはこちらの解説を再掲し、
クリスマスの12/25はまんざらでもないことを示しておこう、
*伊達に2000年も続いているわけではない、
橋爪さんも覚えておいてね、
クリスマス雑感、Merry X’masと12/25
冬至から3日間(概ね12/22-24)、
太陽は全く同緯度から上がってくる、
そして、12/25の朝、太陽は北へシフトを開始する、
一年で、3日間だけ、
日の出(太陽)の動きは北にも南にもシフトしない、
即ち、3日間の活動停止(死)が続いて、
その後、12/25、太陽は復活・再生を遂げる、
異教の神々はこの摂理をよく知っていた、
それゆえ、この太陽活動の復活・再生にあやかり、
12/25をこぞって誕生日とした、
(実際の誕生日は知る由もないが、)
さて、それでは、
この天体の摂理を決めたのは誰か?
コロサイ1:15 御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前に生まれた方です。 1:16 天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、王座も主権も、支配も権威も、万物は御子において造られたからです。つまり、万物は御子によって、御子のために造られました。
イエスキリストである、
イエスの生誕日は聖書には記されていない、
(実際、12/25は、ローマが決めた、)
しかし、その日(12/25)は、
太陽が3日間の停止(死)の後、
活動を開始する(復活・再生)日である、
太陽の新生日と、
イエスの誕生日を重ね合わせたのは、
(ローマ教会を使った)神の知恵であろう、
神の目的は、
(正確な誕生日は二の次であり、)
冬至と言う太陽活動に付随した生誕日を通して、
キリストのわざ、即ち、
死からの復活(Born again)を思い起こさせることにあった、