きんちゃっきりをふんじばる 九話
両国橋 本所橋番裏話 九話 きんちゃっきりをふんじばる ~橋番の 情けにほろり くず拾い~ 両国橋の上では喧嘩だけじゃねえ、種々雑多盛りだくさんの騒動がおき、 そのたびに、橋番が出張って治めるのだった。 橋の早朝、橋の上のごみや反吐の片づけ、犬の糞拾いを頼まれもしないのに 毎日やってくれる婆さんがいて、掃除代をせがむ。 橋銭から四文をくれると手を拝んでにっこり笑う。 橋の上で乞食が物貰いをすることもある。芸をして銭を貰う輩もいる、 ござを敷いて菰を被って、夜鷹の真似事をする女もいる。 橋の上で観音様をご開帳し、あいっ、四文だ!という淫売もいる。 大川端で夜鷹を買って橋を渡って帰るい色坊主もいた。 ~坊さん坊さん、色帰りにはただじゃ橋は渡れねえよ~ 夜橋を駆け抜ける鼠小僧もいただろうか、 橋の上には実に様々、悲喜こもごな人間模様が繰り返されていたのである。 その中でも橋の上で一番多い悪行といえばなんといっても巾着切りだった。 日に何度も、懐のものを掏られて橋番所に泣き寝入りする者が絶えなかったのである。 本所の蝋燭問屋の小僧が集金してきた銭袋を掏られて ~どうしよう、店には帰れない、死ぬしかない~ と、泣きじゃくって、橋番所に駆け込んできた。 橋番長のおど吉が相生二丁目の店まで一緒について行って 番頭さんに事情を説明して小僧を赦してもらったこともある。 弱い者や貧乏人の懐は狙わないというのが掏りの仁義であるはずなのに、 かもと見たら誰でも構わずに掏るという掏りの風上にも置けない男を おど吉がとっつかめた。 ~おいっ、ちょいとその手を見せてみな、~ おど吉が捕まえたのは三平というちんけなまだ子供の掏りだった。 訳をきけば、浅草の掏り集団与五郎一家で見張り役などの下働きをしていたのだが、 与五郎一家がお縄になり,一人はぐれて本所の外れの 妙法寺の境内の下で身を隠しているという。 腹が空いてくると、見様見真似で掏りのひとり働きをしているという。 捨て子で与五郎に育てられたが、掏りの他に仕事もしたことがないという。 ~二度と掏りなんかするんじゃねえよ、今度見つけたら手首切り落とすからな~ 三平の身の上話を聞いて同情しやすいおど吉はとりあえず、 三平を橋番所で寝泊まりさせることにした。 ~おど吉どん、あの男やるよ,、向こうの旦那の懐狙ってる、~ 橋番所から橋の上を見ていた三平は両国橋で掏りを働こうとしている者を次々に探し当てた。 同業相哀れむとでもいおうか、体の動きや、足配り、目配りで、 掏りだとピンとくるものがあるのだという、 おかげで、三平が橋番所に詰めてからは、両国橋での 巾着切りを次々につかめることができた。 橋番長のおど吉は北町奉行所本所方与力牧野帯刀からお褒めの言葉と、 金一封を頂くことができたのだった また両国橋で掏りが捕まったとの噂が掏り仲間に広がり 両国橋での巾着切りは嘘のように姿を消したのだった。 ~川の水は高いところから低いところへ流れるわ お日様が西から上がったって川を遡(さかのぼる)こともねえが、 人の一生はそうもいかねえようでして、波にもまれて登ったり下ったり、 どっちへ行くのかわからねえ、まあそこがおもしれっていえばそうだがね、~ つづく 朽木一空