映画・海外ドラマ・本 ひとこと言いた~い

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海外のノンフィクション・エッセイ・その他のジャンル

March 4, 2020
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みなさん、こんばんは。オシドリ夫婦で有名だった野村克也元監督が亡くなりましたね。

今日はおっそろしい観点から見た世界史の本を紹介します。

暗殺が変えた世界史 上
Assassinés
カエサルからフランツ=フェルディナントまで
ジャン=クリストフ・ビュイッソン
原書房

最初の暗殺者は誰だったのか記録には残っていないが、先のアメリカによるイラクにおけるイランの司令官(ややこしいな)に至るまで、暗殺の歴史は続いている。上巻収録は以下の内容。

1 ユリウス・カエサル
腹心の裏切り――ローマ、紀元前四四年三月一五日
2 アンリ三世
修道士と「暴君」――サン=クルー、一五八九年八月一日
3 マクシミリアン・ド・ロベスピエール
殺された殺人者――パリ、一七九四年七月二八日
4 エイブラハム・リンカン
南部の復讐――ワシントン、一八六五年四月一四日
5 マクシミリアン・フォン・ハプスブルク
張り子の皇帝――ケレタロ(メキシコ)、一八六七年六月一九日
6 アレクサンドル二世
皇帝狩り――サンクトペテルブルク、一八八一年三月一日
7 オーストリア皇后エリーザベト、愛称シシィ
呪われた魂と悪霊にとりつかれた魂――ジュネーヴ、一八九八年九月一〇日
8 オーストリア皇太子フランツ=フェルディナント
ヨーロッパが終わった日――サラエヴォ、一九一四年六月二八日

 シェイクスピアの史劇よろしく何度も「気を付けるように」と言われており、念をいれて妻が「お願い!今日は行かないで!」と懇願したにも関わらず行ってしまったカエサル。暗殺を恐れてキャラント=サンクという親衛隊を侍らせていたにも関わらず、最も近くに暗殺者を引き入れてしまったアンリ三世。貴賤結婚をも乗り越えたのにその暗殺が文字通り歴史を変えてしまったハプスブルグ帝国皇太子夫妻。

 いずれの暗殺犯も自分だけにしかわからない信念を抱いていてちょっとやそっとの事では揺るがない。


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最終更新日  March 4, 2020 12:00:18 AM
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February 7, 2020
みなさん、こんばんは。
クルーズ船の乗客、感染してなくても2週間隔離ですってよ。ひえー。

ところでみなさん、恐竜はお好きですか?


恐竜の世界史――負け犬が覇者となり、絶滅するまで
The rise and fall of the dinosaurs
スティーブ・ブルサッテ
みすず書房

 昔々地球は温暖化どころではない熱い暑い惑星でした。ガスが噴き出し、大陸はパンゲアという一つだけですが、少しずつ亀裂が入っていきました。やがて長い長い時代を経て、白亜紀という時代が到来し、恐竜が闊歩するようになったのです。

 えっ負け犬?あんなに大きいのに?そもそも犬じゃないし!と邦題に異論ありの読者も多数いそうだ。ちなみに原題はフツーに「The rise and fall of the dinosaurs」と恐竜たちの栄枯盛衰。しかし一時期恐竜がワニに負けていたのは本当の話らしい。その頃恐竜たちはあれほど大型化していなかった。まあ、大型化すればしたでコスパは悪いのだが。

 誰も姿を見たことがない(『ジュラシック・パーク』などの映画は除外)恐竜たちになぜ私たちは夢中になれるのか。言葉が通じないのでコミュニケーションが取れるわけでなし。その大きさから出会いがしらに踏みつぶされることは必定。それでも恐竜を昔の図鑑で見て狂喜乱舞した子供達は少なからずいるはず。地上で誰も負かす者のいなかった恐竜が、空から降って来る隕石でばったばった倒れていく描写はまんまスペクタクル。もし隕石の軌道がほんの少しでもずれていたら、我々人間の登場はあったのか?おや、こう考えるとホラーかも。

 著者もどうやらその一人だったようで、高名な博士の元で研鑽を積み発掘調査で15種もの新種を見つけ出した。著者近影の嬉しそうなこと。本編は彼や科学者の化石発見の経緯と、恐竜たちの歴史を並行して描く。別々に章を分けてくれたらもっと分かりやすかった。

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最終更新日  February 7, 2020 12:00:18 AM
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January 22, 2020
みなさん、こんばんは。第二次大戦当時から終戦まで、パリはどんな様子だったのでしょう?
有名人が多数登場するノンフィクションを紹介しますね。

パリ左岸:1940-50年
Left Bank: Art, Passion, and the Rebirth of Paris, 1940-50
アニエス・ポワリエ
白水社

  タイトルは一九四〇年から五十年までとなっているが、本書はそれより二年前の一九三九年から始まる。その年、ドイツがソ連と不可侵条約を結んで東の守りを固め、九月にはイギリスとフランスがドイツに宣戦布告して第二次大戦が始まる。その直前に、ルーヴルの『モナリザ』をはじめとする美術品の避難大作戦が始動する。ドイツの初期の勢いが凄まじかったもので、一九四〇年六月にはドイツ軍はパリ入場を果たす。もしこのタイミングが少しでもずれていたら、私達は今頃モナリザを見られない。

 フランス右岸がブルジョアジーの住まいで、左岸は芸術家達の住まいだった。というわけで本編には作家、俳優、ミュージシャン、画家など錚々たるメンバーが登場する。フランスと芸術に疎い人でも、誰か一人は名前を聞いたことがあるはずだ。冒頭に登場人物リストと年表もついているが、入れ替わり立ち代わり登場するのを読むと、脳内変換で三次元化して物語を動かすのでかなり疲れた。本当に三次元化してドラマにすると面白いしわかりやすいが、逆に演じている人に注目してせっかくの“複数の登場人物が交錯する”楽しみを味わえない。だからこれはやはり本で楽しむべき内容だ。並行して、ドイツに占領されてから戦勝国に返り咲き、ごたごたを経て復興に向かうフランス政体の変遷も描かれる。相手を倒すまでは結束するのに倒した途端また分裂に走るのもむべなるかな。

 冒頭にはシモーヌ・シニョレが登場し、戦争真っ只中で女優への階段を上っていくが、ラスト近くはブルジョア育ちのご令嬢ブリジット・バルドーが新しき女性のシンボルとして台頭する。シニョレが対独協力者達と決別する時に言い放つ台詞がカッコいい。こんなに骨のある人だったとは。アルレッティとの対比で映画かドラマにならないものか。全編通していろいろありながらも存在感を発揮したのはボーヴォワールとサルトル。結婚して子供がいるカップルがぐちゃぐちゃしているのに、この二人は永遠につかずはなれずで適当に恋人がいて次々変わる。規格外カップルあっぱれ(なのか?)。
後半にはヌーベルバーグの巨匠と呼ばれる監督達の若き頃が登場。


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最終更新日  January 22, 2020 12:00:21 AM
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December 3, 2019
みなさん、こんばんは。桜を見る会に反社が出席していたそうで、穏やかではないですね。

ところで芸術作品は年月と共に摩耗したりしますよね。芸術作品を襲う災難はそれだけではないようです。

失われた芸術作品の記憶
The Museum of Lost Art
ノア・チャーニイ
原書房

 なくしたと思っていたものが見つかるのは誰でも嬉しい。例えば、先ごろまで国立西洋博物館で開かれていた松方コレクション展では、モネの《睡蓮、柳の反映》は、いっときフランスに接収されており、2016年ルーヴル美術館の片隅にあるのを発見された時には既に上半分が失われた状態だった。モネの過去作品を元にAIが弾き出した色を元に復元されたものが公開された。

 この作品はまだいい方だ。絵画に限らず芸術作品は、盗まれ、燃やされ、破壊された。所有者や画家自ら破壊したケースもある。チャーチル首相による肖像画破棄は、BBCドラマ「The Crown」でも描かれた。議員達がチャーチルの80歳の誕生日に肖像画を贈ることになった。指名されたのは肖像画専門ではなく、モダニズムの画家グレアム・サザーランドだった。そろそろ引退してくれないと後が詰まっている議員達にあの手この手で迫られても絶対首を縦に振らなかった肖像画を見た途端に愕然として引退を決意する。

 映画『フリーダ』では依頼主に拒絶されたディエゴが壁画を壊すシーンが登場する。壁画を依頼されたディエゴ・リベラが依頼主ロックフェラーの意図とは全く異なるデザインで作成した。共産主義者のリベラがどういうデザインが出てくるかくらい想像してもよかったのに、資本主義の頂点にいるロックフェラーが仕事を依頼するのもおかしな話だ。

 他にも映画『ミケランジェロ・プロジェクト』に登場したナチスの美術品奪還の試みや、燃えさかる城の中から絵画をくるくると丸めて救出した漫画『あき姫』の試みに似た絵画『ラス・メニーナス』の救出作戦が描かれている。芸術品を闇ルートで売りさばきながら、歴史的遺産を破壊することで人々にインパクトを与えようとするテロリストも跡を絶たない。戦争、事故、火災などに比べて盗難ならば、もし好事家の手に渡れば、手酷い扱いは受けないかもしれない。誰も持っていないものを持っていることがすなわちステイタスなのだから。しかしその場合多くの人の目に作品が触れることはない。失われた芸術品が、もし私たちの目の前にあったなら、どれだけ心が豊かな生活が送れただろうか。


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最終更新日  December 3, 2019 12:00:23 AM
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November 24, 2019
みなさん、こんばんは。GSOMIA危うい所で回避しましたねぇ。でもこの先打開策は見つかるのでしょうか?

今日はドイツの有名人に関わるエッセイを紹介します。

希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話
フランツ・カフカ
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
飛鳥新社

 「晩に、わたしは千匹のハエをたたき殺した。それなのに早朝、一匹のハエに起こされた。」ちなみにこれは比喩である。実際にゲーテが蠅殺しフェチだったわけではない。だって千匹ハエがぶんぶんいる場所ってどこ?
で、一方カフカはぶんぶんうるさい蠅を叩こうとした少女に一言。
「かわいそうなハエを、なぜそっとしておいてやらないのですか!」
え、もしかしたら「夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な“ハエ”になっているのを発見した」りすると、イヤだから?んなアホな。

 カフカは優しい、ゲーテは残酷、というわかりやすい話ではない。だが、この二人はあまりに違いすぎる。カメラのネガとポジのようだ。カメラのネガとポジのようだ。本だってどう?白と黒で差をつけちゃって。

 友達になったら、いつでも訪ねてきていいよ、とオールウェルカムなゲーテ。「ひとりでいられれば、ぼくだって生きていけます。でも、誰か訪ねてくると、その人はぼくを殺すようなものです。」というカフカ。そんな事言ったら誰も訪ねて行きにくくなっちゃうじゃん!

 作家だけでなく政治向きの仕事もしていたゲーテは「仕事の重圧はいいものだ。」と前向き。しかしカフカは「しばらく事務所を離れていられると思うと、嬉しくてたまらないよ。」
天性のナマケモノ?両親に対する見方や希望に対する考え方など、悉く二人は対立するので、実際に会っていたら“会話”が果たして成り立っていたのか。最後に二人の写真があるが、二人ともイケメンだ。絶望に走りたがるカフカにいつも付き添ってくれる友人と一度別れても再び恋人になってくれる女性がひたすら尊い。


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最終更新日  November 24, 2019 12:00:21 AM
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November 10, 2019
みなさん、こんばんは。ノーベル平和賞はエチオピア首相がもらいましたね。
トランプ大統領なんてとんでもない!

さて、今日は失敗にまつわる世界史の本を紹介します。

とてつもない失敗の世界史
Humans:A Brief History of How We F*ucked It All Up
トム・フィリップス
河出書房新社

失敗しないで生きたいと誰もが思うものの、生まれてから死ぬまで一度も失敗しない人はいない。「他山の石」という諺もあるように、我々は先人の間違いを数多く見て来て、それを自分の糧にしようと心がける。にもかかわらず、似たような失敗をしてしまう人間は、実は学ばないイキモノなのか?

 なぜ失敗してしまうのか。
理由その1.今まで一度もやったことがないから。
原因としてはこれが一番多い。例えば「オーストラリアでウサギを増やすと狩りが楽しいな~」などと兎を持ち込むのがこのパターン。ところが、ウサギが予想以上に増えてしまって、土地の生態系や自然環境をも変えてしまった。

理由その2.どこぞの首相のように自然に対しても「The situation is under control」(状況はコントロール下にある)と自らを神のごとく勘違いしているから。
中国で雀が増え、穀物を食べられて困っていた。そこで雀さえいなくなれば豊かな収穫がもたらされると考えて、雀撲滅作戦を展開。ところが、雀がいなくなっていなごが増え、さしずめ旧約聖書のエジプト人に襲い掛かるイナゴの災いのような惨状になってしまった。

理由その3.他人は失敗したが、自分だけは失敗しないと思い込むから。
わかりやすいのはヒトラー。ナポレオンがロシアを攻めて攻めて攻め込みすぎて、冬将軍到来の最中兵站を長くし切った所に反撃されて敗退したのを知っていながら、自身も当初の予定とは異なり戦線を拡大しすぎて敗北。ロシアを攻めて攻めて攻め倒した国はいまだかつてない。

 まあ失敗も悪い事ばかりではない。カップルがエレクトリカルパレードや花火でうっとり見上げるシンデレラ城は、失政を繰り返したバイエルン王ルートヴィヒのノイシュヴァンシュタイン城がモデルなのだ。狂王と呼ばれた男の創造物がディズニーと結びついているのは何とも皮肉。

 直近の自分がしでかした失敗をくよくよ悩んでいた読者も「あ、全然セーフ。OK。」と気が楽になるはず。ところで、最後の写真があれになった意図って、現代社会最大の失敗があの人ってことなのかな?さて直すのは誰?


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最終更新日  November 10, 2019 12:00:19 AM
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November 3, 2019
みなさん、こんばんは。ラグビーワールドカップ、遂に南アフリカ優勝ですね。
じゃあ日本はいい線いったってことじゃないですか!すごいすごい!

ところで皆さん、あのヒトラーがどんな家に住んでいたかご存知でしょうか?

ヒトラーの家: 独裁者の私生活はいかに演出されたか
Hitler At Home
デスピナ・ストラティガコス/著
北村京子/訳
作品社

タイトルにもAT HOMEと書いてあるが、この言葉と全く似合わない人物が、写真に写っているあの人だ。死ぬ間際に結婚したとはいえ、彼と家庭とはイメージとして全く結びつかない。少年少女と撮影した写真は残っているが、あくまでイメージづくりで、本当の所彼は自分以外誰も好きではなかったはずだ。

 さて、そんなヒトラーでも家は必要だ。一国の指導者として国内外の有力者を招く必要もある。収容所を作る一方で、彼は建築家のパウル・トローストに家のデザインを任せた。オリンピックさえ宣伝に利用したヒトラーが、家を除外するはずがない。パウル亡き後妻ゲルダがインテリアデザインを担当するが、彼女が拘った食器や家のデザインは、世界中から非難されているヒトラーを「派手な生活を好まない常識人」としてアピールするのに役立ち、雑誌で広く喧伝された。

 寵愛した建築家としてはアルベルト・シュペーアが有名だが、その頃既に大家だったトローストの方が先にヒトラーに気に入られていた。シュペーアが終戦後転向したのに対して、ゲルダは終生ヒトラーびいきを通した。どうしてこうも、既婚にせよ未婚にせよ才能ある女性達がヒトラーに惹きつけられ、世間で騒がれていた彼の行状をも嘘だと信じてしまうのか。

 彼の住まいの中で最も有名なのはオーバーザルツベルクの山荘、ベルクホーフだ。窓を広くとって山が見えるように設計されている。チャップリンが映画で皮肉った巨大な地球儀はここにあった。撤退するSS軍が火をかけ、更に進駐軍が掠奪を行ったのちバイエルン州に返還された。歴史資産として残す選択肢もあったが、聖地化される恐れがあったらしく、結局ヒトラーの命日に爆破解体されてしまった。これが正しかったのかどうか、という問いが本書で投げかけられている。収容所は残し、ベルクホーフを残さない理由は何か。誰が残す残さないを決めるべきなのかはっきりとした“モノ”があった方が人々の記憶には残る。しかし残すことによって全ての人が同じ反応をするわけではない。そこが厄介だ。同じ敗戦国である日本はどんな選択をしているのか。


ヒトラーの家 独裁者の私生活はいかに演出されたか / 原タイトル:HITLER AT HOME[本/雑誌] / デスピナ・ストラティガコス/著 北村京子/訳​​CD&DVD NEOWING







最終更新日  November 3, 2019 12:00:25 AM
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November 1, 2019
みなさん、こんばんは。昨日は朝起きたら首里城が燃えていてびっくりしました。

映画『戦場のピアニスト』を見たことがありますか?
あの映画に出て来るドイツ人将校は実在の人物だったのです。

「戦場のピアニスト」を救ったドイツ国防軍将校:ヴィルム・ホーゼンフェルトの生涯
Ich sehe immer den Menschen vor mir:Das Leben des deuschen Offiziers
ヘルマン・フィンケ
白水社

​映画『戦場のピアニスト』より。
悪夢のような1か月を想像上のピアノに向かうことで乗り切ったウワディク・シュピルマンは、ある日とうとう独りのドイツ人将校ホーゼンフェルト大尉に見つかってしまう。ウワディクが自分はピアニストだと言うと、将校はピアノのある部屋へ彼を連れて行き何か弾くよう命じる。2年ぶりの演奏を静かに弾き始めるピアニスト、暗闇の中にショパンが響き渡る―。

 ピアニストも将校も実在の人物だ。ピアニストは一躍注目を浴びたが、シンドラーや杉原千畝らに比べてホーゼンフェルトは知られていない。彼は、いきなりあの現場に遭遇して、咄嗟に行動できたのではない。素地があったのだ。

 両親とも教師だったホーゼンフェルトは、ワンゲル好きの大学生からごく自然に教師の道を選んだ。しかし厳格な教師だった父親とは別の道を選ぶ。

「宿題に取り組む子どもたちに対して、両親は苛立ったり、叱ったり責めるべきではない。『バカだな』とか『こんなことではお先真っ暗だ』などと言ってはいけない。そのような叱責はなんの役にも立たない。むしろ、子どもは勇気をそがれ、多くを失ってしまう。叱るより褒めるべきである。」


「教師は支配者、君主、暴君だ。その家来である生徒は授業の構成には関与しない。子どもたちは臣下であり、彼らには卑屈さが染みついている。自ら考えることなく命令に従う。不誠実、媚び、偽り、ごまかし、判断力の欠如。彼らには自分の意見も個性もない。」


「私は若者たちの魂を揺り起こし、彼らの思考に新しい方向性を与えたい。彼らは一日中、目の前の仕事だけに没頭している。ある者はホウキを作り、ある者は森で木を切る。職人もいる。どれも力そのものを必要とする仕事だが、知力は使われないままだ。」


ところが、理想に向かって邁進する教師は、祖国が始めた戦争によって兵士になる。

「ヒトラー氏は、何のために子どもたちを必要としているのかしら?大砲の餌食になるがオチでしょう。もしあなたが、もうひとり男の子か女の子が欲しいと言うなら賛成するわ。夫が望むなら、という女たちはたくさんいるでしょう。だけど、子どもは決してこの『輝かしいドイツ』のために生まれるべきではない。」


当初からヒトラーに懐疑的だった妻アンネマリーの影響もあり、彼は次第にヒトラーやナチスに批判的な目を向けるようになる。彼の克明な心情の変化が後世に伝わるのは、彼の日記や書簡が残されているからだが、戦況が悪化すれば検閲も厳しくなったはずで、よくも粛清されなかったものだと安堵する。

 もともとユダヤ人に対しても、彼等に対する行為についても強い憤りを感じていたホーゼンフェルトは、シュピルマン以外にも多くのユダヤ人を救っている。戦争の行く末を見通していたからといって、後に自分がいい想いをしたかったのではない。人間として当然そうするべきだと思ったから、そうしたのだ。多くの人たちが正義を知りながら流されていったのも事実だ。しかしホーゼンフェルトのように、抗するには大きすぎる権力の中に在りながらも、自分に出来ることを選び取ることができた人がいたことは、ドイツにとって誇りである。











最終更新日  November 1, 2019 12:00:23 AM
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October 7, 2019
みなさん、こんばんは。香港ではデモ隊の学生に発砲して高校二年生が重体だそうですね。
もう一か月にもなるのでは?

さて今日は呪われたダイヤと呼ばれる宝石にまつわる話をします。

コ・イ・ヌール 美しきダイヤモンドの血塗られた歴史
Koh‐i‐noor:The History of the World Most Infamous Diamond
ウィリアム・ダルリンプル
東京創元社

1849年、いち民間企業に過ぎなかった東インド会社が、シク教徒の独立王国シク王国の若き君主ドゥリープ・シングから、コ・イ・ヌール(光の山)と呼ばれる巨大なダイヤモンドを受け取る。君主のサインした文書には「ラホールの王からイギリスの女王に譲渡」と書かれていたが、譲渡の代償に君主が受け取るものは何もなかった。その日を境にシク王国は消滅し、大英帝国の支配下に、若き君主はヴィクトリア女王の庇護下に置かれ、コ・イ・ヌールは英国に渡る。

現在は英国王室の王冠で光り輝く、コ・イ・ヌール(光の山)と呼ばれる巨大なダイヤモンド。エリザベス女王が身につけることを拒んだほどの、凄絶な来歴を有している。こうなると、すわ呪いだ何だと騒ぎそうだが、それはダイヤモンドに対してフェアではない。確かに、ムガル王国の皇帝やシク王国の君主など、さまざまな者の手を経て、英国王室が所有するに至ったダイヤモンドだが、歴史と共に見ていると、必ずしもダイヤモンドが呪いやら宿命やら厄介なものを運んでいるわけではない。ダイヤモンドは必ず権力者が持っており、権力闘争が壮絶かつ凄惨であったたけだ。そして内ゲバをやっているうちに地元勢力は次第に弱体化し、蓋を開けてみれば、英国のいち企業がダイヤモンドを手にしていたというわけだ。

 前半はダイヤモンドがイギリスに来るまでの経緯、後半は来てからのドゥリープ・シングの生涯を綴る。敵地でヴィクトリア女王に庇護されて育った彼は、途中までは素直な紅顔の美少年として育つが、実母がイギリスへの恨みを吹き込んだ途端に豹変する。当然の権利としてコ・イ・ヌール返還を要求し、受け入れられないと知ると散財して支払いを英国王室に持ってくる。親の敵討ちをした源義経になれればよかったのだが、母国に帰って一旗揚げようとの試みも阻止され、彼はイギリスで亡くなる。これほどの恨みつらみを負っているのだから、恐ろしくてロンドン塔でひっそりと置かれているのもむべなるかな。


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最終更新日  October 8, 2019 12:31:18 AM
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July 23, 2019
みなさん、こんばんは。
選挙が終わりましたね。

ナチスドイツがユダヤ人を収容所まで運ぶ列車と駅から降りるユダヤ人の写真を見たことがありますよね?その列車を走らせていた国鉄トップの生涯を綴った評伝を紹介します。

鉄道人とナチス: ドイツ国鉄総裁ユリウス・ドルプミュラーの二十世紀
鴋澤歩
国書刊行会

ドイツ読みは格好良い。アウトバーン、シュトラーセン・バーン、要はバーンという響きが格好良い。そしてドイツ国鉄―ライヒスバーン―も格好良い。

 ドイツ国鉄総裁の座についたのは、発明家の父譲りの技術力を若い頃から認められたユリウス・ドルプミュラーである。彼は古い社会的偏見にさらされた技術官吏の出身でありながら、異国中国で活躍し、異例の栄達をとげた。たたき上げのいち技術者から始まった彼のサクセスストーリーと、悲願の統一を果たながらも連邦意識が根強く残っていたドイツの鉄道がやがて国鉄という形に収斂される過程が描かれる前半は高揚感がある。しかし後半、高揚感はしぼむ。ライヒスバーンは、第二次大戦時、国のトップに就いたナチス政権の指揮下に入る。ナチスと列車と言えば、悪名高い死の列車―アウシュヴィッツをはじめとする強制収容所へ、ユダヤ人達を移送した列車を走らせたのはドイツ国鉄だ。国鉄のトップだった彼は、ついに鉄道行政の責任者として戦争とユダヤ人虐殺に加担したのだ。

 もちろん彼は敗戦後戦争責任を追及されるが、彼は列車の為した役割についてよく知らないとコメントした。実務を担当したのは確かに直属の部下であり、折り合いが悪かったため総てを報告していたとは考えにくい。しかしだからといって、知らなかった彼に何の責任もないと言ってしまって良いものか。国家として為した犯罪において、知らなかった国民は責任を負わなくて良いのか。この問いは、我々日本人にも突き付けられる。我々が二度と加害者にならないために。

「ホロコーストは、加害者、被害者、そしてその間に立つ傍観者で成りたっていた。傍観者のなかには、加害者に取り込まれ、単なる傍観者でありつづけることすらできなかった者も多い。そうなりうる私たちが、これを銘記するために、ドルブミュラーの名は残されねばならない。」



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最終更新日  July 23, 2019 12:00:20 AM
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