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今が生死

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嬉しかったこと

2019.10.18
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カテゴリ:嬉しかったこと
静岡大の奥山皓太外野手が大学始まって以来ドラフトで指名された。甲府西高出身で地元の甲府市などから約100通のお祝いのメールが届いたが夜を徹して全員に感謝の返信をしたとのことである。彼は静岡大教育学部で教員になる勉強をしており卒論のテーマは「スポーツ選手のストレスに関する研究」とのことである。静岡大の前身旧制静岡高校には元総理中曾根康弘さんなども学び寮の押し入れの壁にでかでかと大きな字で自分の名前を書いて残しており、私も医学部に入る前は同大学の寮に入っていたので中曾根さんの字はいつも見ていたがもし取り壊してなければ今でもそれは残っていると思う。早稲田や慶応、法政、東海大などの名門私立大学と違って静岡大は地味な国立大学なのでまさかプロ野球のドラフトで指名されるとは思っていなかったのでうれしさ100倍で徹夜して100通もの返信をしたのだと思うがこれからが大変だ。育成から這い上がるのは並大抵のことではない。ソフトバンクの千賀は育成選手だったとのことだが育成でもナンバーワン投手になれる見本がいるのだから頑張ってもらいたい。私は静岡大を卒業していない中退者だが母校からプロ野球選手として活躍する選手が育つことを心より願っており、阪神よ、しっかり育てて下さいよとお願いする。






Last updated  2019.10.18 23:04:41
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2019.10.09
テーマ:ノーベル賞(43)
カテゴリ:嬉しかったこと
旭化成の吉野彰さん(71歳)が今年度のノーベル化学賞を受賞した。リチュウムイオン電池を発明し充電のできる電池としてスマートフォンや電気自動車などに広く使われ、生活を便利ににして人類に貢献したということで化学部門での最高の栄誉を頂いてテレビ画面に映る吉野さんは本当にうれしそうで心からおめでとうを言いたい。
昨年も本庶佑さんがノーベル生理・医学賞を受賞して国民も喜び本人も嬉しそうだった。がんの免疫療法の理論を打ち立て小野薬品の協力を経てオブジーボというがんの治療薬を開発した。本庶さんは現在小野薬品との間で自分に対する報酬が少ないのでもっと多くしてもらいたいとの訴えを起こしている。本庶さんは学生や若手研究者の育成に熱心で若手研究者のための基金設立のためにもっと多くの報酬を望んでいるみたいだが、ノーベル賞という世界最高の栄誉を頂いた方がいくら若手研究者のためとは言えお金のための醜い争いをしているのをみてかなりがっかりした。画期的な治療薬とされたオブジーボでも治らない癌がまだたくさんある。もっとオブジーボの治療成績を上げるために小野薬品と協力して様々な努力をしてもらいたいと思うが今はそのことよりもお金のことで対立している。本庶さんがノーベル賞をもらった時には我がことのように喜んだが今の姿を見て失望している。ノーベル賞は人類最高の栄誉である。それを受賞した方はそれにふさわしい人格者であって欲しいと願う。






Last updated  2019.10.09 22:53:43
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2019.08.07
テーマ:婚約☆(3)
カテゴリ:嬉しかったこと
小泉進次郎さん(38歳)、滝川クリステルさん(41歳)ご婚約おめでとう。父親の小泉純一郎さんは首相になったが郵政民営化や強引な合理化などが印象に残っている狭量の政治家だったと思う。息子の進次郎氏はまだ若く、全体を評価するのはまだ早いかもしれないが、農村地域や工場で働いている人達から色々なことを聴いている姿勢は明らかに父親とは違っており、視野が広く思いやりのある政治家になる素質があると思っていた。純一郎さんは進次郎さんが生まれてすぐ離婚しており、夫婦で生活する中で国民の生活感や世界観を学ぶ機会が少なかったこともあの政治スタイルになった面もあるかもしれない。滝川クリステルさんは三か国語を自由に使える文化人で世界的視野があり、東京オリンピック誘致でおもてなしを演出した人でもある。いい人を配偶者に選んだと思う。お互いがお互いから学びあって国のため世界のために貢献してもらいたいと期待する。父親の離婚にはそれなりの理由があったのだと思うが進次郎さんは何があっても離婚しないでクリステルさんを護ってもらいたい。






Last updated  2019.08.08 13:10:43
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2019.04.23
テーマ:連休って(107)
カテゴリ:嬉しかったこと
山梨日々新聞の4/19号に県内病院の連休中の診療体制の記事が載っていた。困る人がいるのに政府が勝手に休日を作り10連休にしてしまった。特にいつ病気になるかもわからない患者さんにとっては大変困ることなのに政府の言いなりになって追従する病院も出るのではないかと思っていたら、その記事によると昨年の暦通り4月27日、30日、5月1日、5月2日は通常通り診療する病院はただ一つで他はほとんどが連休だった。この記事で初めて自分が勤めている病院が唯一昨年通り診療する病院と知って病院内で誰が決めたのか知らないがでかしたと思い誇りに思った。病院職員も不満には思っていない。当たり前のことなので自慢もしない。だからといって新天皇の即位を祝わないわけではない。祝うからこそ社会で必要な業務に就くのである。






Last updated  2019.04.23 22:52:49
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2019.04.10
カテゴリ:嬉しかったこと


昨日高知県から友人がはるばる訪ねて来てくれて昼休みのひと時歓談した。彼とは静岡大学の仰秀寮で一緒に暮らしたことがある間柄である。彼は文科系のドイツ語専攻だったが卒業後中学の教師になり、いろいろ経験したかったとのことで、51歳で退職し庭師見習い、タクシー運転手、赤帽などを経験してきたとのことである。常に理想的な生き方を求めており、私とほぼ同じ年齢だが考え方が若く生き生きしていた。歴史もよく学んでおり、高知(土佐)の英雄 坂本龍馬暗殺犯人についても話してくれた。龍馬は多くの人から恨まれており、京都見回り組、紀州藩、西郷隆盛、武器商人のグラバーその他沢山の人が暗殺犯人疑いに上げられているが、彼は土佐藩に殺されたのだと思うと自信ありげに語った。意見が割れていた土佐藩を倒幕にまとめ、薩長同盟や大政奉還など大きなことを次々とやり遂げた男、味方だか敵だかわからない男、下級武士のくせにのぼせ上っている男として嫉まれてもいた。諸説があり本当の黒幕は誰なのか私には分からないが、惜しい男をなくしたと思う。33歳で亡くなったがあと10年位生きてくれたら世の変革にすごく貢献したと思う。
山田方谷は彼が尊敬する人物だという。私は不勉強で全く知らなかった。
1805‐77(文化2‐明治10 73歳没)
幕末・維新期の儒学者。名は球,字は琳卿,安五郎と称する。備中松山藩の農民出身。新見藩儒丸川松陰に学び,25歳で藩学会頭に抜擢(ばつてき)される。その後佐藤一斎に従学,帰郷し学頭となる。教学振興につとめ藩治にも功績をあげ,老中となった藩主板倉勝静(かつきよ)を補佐してよく幕末期の難局を処理した。維新後は子弟教育に任じ,備前の閑谷(しずたに)学校の再興に尽力した。

人名辞典を引いたら以上のように出ていた。
松山藩の大蔵大臣として財政破綻しそうな藩の財政を立て直した手腕は卓越していた。自分が農民出身であることから農民や貧しい人から年貢を取り立てるのではなく、商人や富裕武士などから税金をとり、さらに新しく収入になることを考え、無駄は節約し、民が幸せになることを第一に考えて、義による政治を行い民衆に慕われていた。明治政府が鉄道を作るとき村民の陳情で方谷駅ができたとのことでその人柄がしのばれた。私は不勉強で山田方谷のことは知らなかったが、知っている人がいても少ないと思う。このような隠れた英雄はもっと広く世に知らしめて行くべきだと思った。






Last updated  2019.04.10 18:34:45
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2019.04.07
カテゴリ:嬉しかったこと

今年も庭の花桃(源平しだれもも、咲き分け桃)が咲いた。我が家のすぐ近くの武田通りは桜が満開だ。
今テレビでは知事や県会議員の開票速報が行われている。入学式や入社式も行われている。愈々草花が咲き揃い、新しい県政もスタートする。
私は地域の自治会館建設準備委員として2年前から会合を重ねて色々準備してきた。建築費の3/5を助成してくれる宝くじ助成金制度があり、それに申請書を提出していたが中々採用の連絡がなく、やきもきしていたがやっと先日採用通知があり、うれしかった。日頃仕事のことや自分の体の老化のことで、苦しい日々を送っているが、その報告を受けた時には何とも言えない幸せを感じた。しかしこれは建設への第一歩であり、これからまだまだ困難が立ちはだかっていると思うのでそれらを一つ一つ解決しながら会館建設にこぎつけようと思う。桜花のこの季節に自らの使命を再確認して新しいスタートを切っていこうと思う。






Last updated  2019.04.08 12:11:16
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2019.03.29
テーマ:大学合格(7)
カテゴリ:嬉しかったこと
滋賀県に住む孫娘が滋賀県立大学環境建築デザイン学科に合格して一人で報告に来てくれた。環境にやさしいものつくりを学び文房具デザイナーか建築家になりたいとのことだった。合格を知った時両親は泣いて喜んでくれたとのことである。今夜は家内の弟一家がお祝いに来てくれて娘さん(姪)のお婿さんも来てくれた。家内はまた例のごとくこれでもかこれでもかと食べきれないほど作って出してきたので「加減すればいいのに」と思うのだが性分で仕方ないみたいだ。来てくれた人たちも食べきれなくて閉口していたみたいだがお目出たい席なので楽しく談笑してくれた。孫も皆さんから色々な合格祝いを頂いて嬉しそうだった。合格はうれしいことで本人も周りの人も幸せを感ずるが、反対に不合格の人もいる。本人はみじめで周りの人はその人以上に悲しむ。みっちり準備して来年こそは必ずや栄冠を射止めてもらいたいと心から願う。






Last updated  2019.03.29 23:15:18
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2019.03.06
テーマ:大相撲(130)
カテゴリ:嬉しかったこと
人は朝起きた時大なり小なり調子が良いとか悪いとか感ずるものだ。昨日の朝はかなり調子悪かった。勤めにも行きたくない感じでおまけに仕事が終わった後、夜はアピオでの会合にも行かなくてはならずプレッシャーもあり最悪の気分だった。
でも通勤途中で「今日は調子が悪いのでまずまごころの対応を心がけよう」と思った。
外来では様々な人が様々な訴えをする。自分が調子悪いことを自覚していたのでどんな人の訴えも丁重に聞いてそれに対してベストの対応を心掛けた結果、皆さん大いに満足してくれたようだ。夜の会合も有意義で楽しく最高の気分で家路につくことが出来た。終わってみれば最高の1日で調子とその日の成績はあまり関係ないなと思った。むしろ調子が悪いと自覚した時の方が良い成績につながるのかもしれないと思った。
大活躍したプロ野球選手が試合後のお立ち台で、「今日は調子が悪かったので慎重にいっていい成績につなげることができました」と話しているのを聞いたことがあるが昨日の私も同じだなと思った。
反対に「今日は調子がいいのでバリバリ行くぞ」と思って試合に臨むと力んだり、気持ちが上ずったりして三振の山を築くこともある。
あと4日後の3月10日から大相撲春場所が始まる。練習で調子よい力士と悪い力士がいる。調子悪い力士はどうせ駄目だからとマイナスイメージで土俵に上がれば結果は惨敗である。ところが「調子悪いけれど悪いからこそ本番ではあらゆる場合を想定して全力を出して戦う」と決意した力士は勝つ可能性が出てくる。調子のいい悪いは結果とは関係ない。調子が悪いと思ったら、いつも以上に慎重に周到な準備をして戦えば勝機が見えてくると思うので頑張ってもらいたい。






Last updated  2019.03.06 13:04:16
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2018.10.01
テーマ:ノーベル賞(43)
カテゴリ:嬉しかったこと
京都大学の本庶佑(ほんじょ・たすく)特別教授がノーベル医学生理学賞を受賞した。心から称賛しおめでとうを言いたい。
本庶佑(ほんじょ・たすく)さん達はPD-1という物質を数年前に発見してここ数年毎年候補になっていたが遂に今年受賞出来て大変うれしい。PD-1というのは人にがん細胞が生じるととそのがんが人の免疫細部の頭の上に風呂敷をかぶせてしまい免疫の働きが出来ないようにしてしまってがんを攻撃しないようにしてしまう物質である。
私体の免疫細胞は細菌その他の異物が体の中に入ってくるとそれに総攻撃をかけて私たちを病原菌から守ってくれる働きをしている。がん細胞も異物なので当然免疫細胞がやっつけてくれるはずなのにがん細胞だけは免疫細胞の攻撃から守られてがんが成長してしまうのはなぜだろうかと疑問に思うところからこの研究は始まった。
その研究の成果が、PD-1であり、免疫細胞の頭に被せられているものである。このPD-1を取り除けば免疫細胞は活性化してがん細胞をやっつけることが出来るのである。それをやっつける抗体が抗PD-1抗体でオプジーボの名前で市販されて肺がん治療などに使われている。
それは理想的ながん治療薬のはずだが、まだ完全ではないので世界中の学者が完全な薬を作ろうと研究しているがそのもとになったのがPD-1なる物質なのでそれを発見した本庶佑さん達がノーベル賞をもらうのは当然で遅しに過ぎた感じがする。
それにしてもやっとノーベル賞がもらえて本当にうれしい。本庶佑(ほんじょ・たすく)さんのグループに栄光あれ。おめでとうございました。






Last updated  2018.10.01 21:53:24
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2018.08.04
カテゴリ:嬉しかったこと
「己れを尽し人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬ可し」--。偽りのない人生を生き、そして死んでいった西郷、その人となりは簡単に評価してはならないと思う。
前回のブログ「西郷隆盛の征韓論」で板垣への手紙で「自分を朝鮮への使節に任命してくれ。そうすれば彼らは自分を必ず殺すだろうからそのことを責めて朝鮮を攻めればよい」と書いたことから西郷はとんでもない軽薄な考えを持っていたと書いた。するとある方が「西郷南洲書簡集」を紹介してくださり、誰かを話し合いのために派遣することより直ちに攻撃すべきだと考えている板垣らを説得するために自分は必ず殺されるからその時は攻め込めばよいと書いたのではないでしょうか?と教えて下さった。
それまでの西郷の考えや行動からすると当にその通りだと思う。それ以外はないと思う。
私は猪飼隆明氏の書かれた「南洲翁遺訓」を参考にして前回のブログを書いたが読み方が平面的過ぎたと反省した。これから大河ドラマ「西郷どん」が征韓論の所はどのように描写するか楽しみである。猪飼隆明氏のような読み方をしたら西郷は軽薄な全く別人として浮き上がってしまう。西郷は一貫した素晴らしい人間だったと改めて思う。






Last updated  2018.08.04 13:55:51
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