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今が生死

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嬉しかったこと

2020.10.28
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カテゴリ:嬉しかったこと



2年位前に買ったダイソン掃除機が使用中にブツという音がして突然作動しなくなった。充電不足かと思って一晩充電してみたがうんともすんとも言わなかった。今時は電気製品の修理は時間はかかるし高額なので新しく買った方がよいと言われているので買い替えるのかなと思っていたら珍しく妻が「新しいのを買うと6-7万円する。まだ2年しか使っていないので何とかしたいという。何とかしたいといってもうんともすんともしなければ掃除ができないが、アメリカに住んでいる娘の夫が電気製品に詳しいのでメールで事情を伝えたらしい。そしたら上図の右側についているバッテリー(充電器)の故障かも知れないので交換したら動くかも知れないとのことだった。それなら外してみようと思ったが機械に組み込まれており外せる状態ではなかった。そしたら義息はユーチューブでその外し方を調べて教えてくれたので外すことが出来た。しかし新しいバッテリーは何処から買って取り付けたらよいか分からなかったが、バッテリーの後ろに型番号を書いた紙が貼ってあるからそれを見て買えばよいとのことだった。しかしそれが出来るような老夫婦ではないとみこしたのか番号を教えれば義息が注文してくれることになった。アマゾンで注文してくれて2日後にはもうその新しいバッテリーが我が家に到着した。取り付けて見たらブーンという音を立てて颯爽と始動した。ありがたかった。バッテリーは2-3千円とのことなので6-7万とは大きな違いだ。電気製品は修理より新しく買った方がよいという風潮があるがユーチューブなどで修理を動画で載せてくれている人もいるとのことなので老夫婦なら無理だが若い方々は検索してみるとよいと思った。






Last updated  2020.10.29 18:46:35
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2020.10.17
カテゴリ:嬉しかったこと
妻が絵手紙で展示会用にいくつもの作品を作ったが今年はコロナで展示会が中止になって先生には見て頂くと言って部屋に作品を並べて選んでいたが気の毒に思った。これはそのうちの一つだが柿の絵は全て新聞広告をちぎって貼り付けたとのことで葉や柿の舌などは筆を入れているのではないかと聞いたら「一切筆はいれていない。新聞広告でそれらしいところをちぎって貼り付けた」とのことで感心したのでここに載せさせて頂きました。

今日のテーマは地域連携医療体制である。私はリハビリテーション病院に勤めているが、患者さんは医大とか県立中央病院など救急医療センターを備えている大病院から急性期が終わったその後のリハビリを依頼されたケースが殆どである。経過がよくてかなり機能が回復して退院なさる方もいるが長く入院している人もいる。指定難病の進行性核上性麻痺の高齢患者さんもその一例である。パーキンソン病に似たような症状を示すが最初は転びやすくなりだんだん動けなくなり言葉もしゃべれず呑み込めず認知症状も進んでくる病気で原因はまだよくわかっていない。この患者さんも鼻管栄養で栄養は確保されているが周囲とのコミュニケーションは殆ど取れない。その患者さんの右上腕に発赤、腫脹と水泡が出現してきた。痛みなどは訴えることは出来ないがかなり重症の皮膚疾患と思われた。ぬり薬など処方したがとても収まりそうもない。そこでいつも患者さんを送って頂いている県立中央病院(皮膚科)に診察をお願いした。基礎疾患があり、認知機能も低下している状態なので引き受けて下さるか案じていたが、入院を引き受けて下さり本当にありがたいと思った。病院の地域連携室同士で連絡を取りながら各症例の対応を決めているが最近この地域連携室の機能が凄く向上してきていることを感じている。大病院は救急患者を受け入れるがその後の受け皿がないと満杯になってしまう。我々中小病院はそのような患者さんを受け入れるが、手におえないような重症になることもある。そのような時には再度大病院で引き受けて下さる。心から有難いことだと思った。






Last updated  2020.10.18 00:10:19
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2020.03.11
テーマ:母親(22)
カテゴリ:嬉しかったこと



今年もモクレンが咲いた。今から36年前北里大学の岡部教授から医学博士号を授与して頂いた時に植えた記念樹である。もうすでに岡部先生はお亡くなりになられているがその時はバリバリにお元気で、「この学位は終了と言う意味ではない。医学研究者としてこれから研鑽していってもらいたいというスタートだよ」とおっしゃっていただいたことを今でもはっきり覚えている。医学博士号をとるには大学院に行くか大学病院に5年以上勤務して論文を提出して合格しなければならない。私は北海道の大学を卒業した後新宿南口のJR東京総合病で研修医を2年行いその後郷里の国立甲府病院に5年勤めた後にもう少し勉強したいという気持ちと出来れば博士号を貰いたいという気持ちで北大先輩の紹介で北里大学病院に入れて頂いた。私が入れてもらた時は北里大学病院は出来たばかりで最初の卒業生を出したばかりだった。卒業したばかりの一期生の研修医と胃カメラなどを一緒に研修していくことになり自分は彼らより7つも8つも年取っており、気後れした。それをたまたま相模原の家に来てくれていた母に「自分だけ年を取っていてなんだかやりずらい」と話したら「そんなことはすっカマッチョし、年齢は関係ない、やるべこことをやれし」と言われた。その言葉が凄く心に響いてその後は年齢を考えないで若い人と全く同じ気持ちで研修できた。北里で5年間我慢して博士号が貰えたのはあの母の言葉の影響が大きかったと思っている。その母も28年前に亡くなった。いつも思い出すたびに親孝行らとしいことをなにもしなかったと後悔する。「○○(私の事)なんてだめさ」とよく嫁さんに言っていた。その通りだったと思う。もうこの世にはいないがせめて月命日には心込めてのお詫びとこれからの誓いを報告しようと思う。






Last updated  2020.03.11 13:49:06
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2020.03.07
カテゴリ:嬉しかったこと


地元自治会の公民館が自治省の助成金(宝くじ助成金)を受けて完成した。助成金は土地代は別で建物の建築費の3/5を助成して下さるというもので2/5は自前で何とかしなければならず、銀行からの融資も当てにして建てられた。近隣自治会公民館を見学に行かせて頂いたり、現在うらやましいような見事な運営をされている笛吹市にある自治会の資料を送って頂いたり、口頭で融資等について細かな助言を頂いたりして、ようやく完成にこぎつけた。皆様の温かいご支援に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。コロナウイルスの関係で落成式や落成記念講演の日程は決まっていないが、建物が出来上がったからにはこれからはその運用の仕方だと思う。皆さんで知恵を出し合い、地域の皆さんの懇親を深め、文化や教養、健康増進、防災の拠点として大いに活用されることを願い、私自身も今後も全面的に協力していきたいと思う。






Last updated  2020.03.07 10:01:48
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2019.10.18
カテゴリ:嬉しかったこと
静岡大の奥山皓太外野手が大学始まって以来ドラフトで指名された。甲府西高出身で地元の甲府市などから約100通のお祝いのメールが届いたが夜を徹して全員に感謝の返信をしたとのことである。彼は静岡大教育学部で教員になる勉強をしており卒論のテーマは「スポーツ選手のストレスに関する研究」とのことである。静岡大の前身旧制静岡高校には元総理中曾根康弘さんなども学び寮の押し入れの壁にでかでかと大きな字で自分の名前を書いて残しており、私も医学部に入る前は同大学の寮に入っていたので中曾根さんの字はいつも見ていたがもし取り壊してなければ今でもそれは残っていると思う。早稲田や慶応、法政、東海大などの名門私立大学と違って静岡大は地味な国立大学なのでまさかプロ野球のドラフトで指名されるとは思っていなかったのでうれしさ100倍で徹夜して100通もの返信をしたのだと思うがこれからが大変だ。育成から這い上がるのは並大抵のことではない。ソフトバンクの千賀は育成選手だったとのことだが育成でもナンバーワン投手になれる見本がいるのだから頑張ってもらいたい。私は静岡大を卒業していない中退者だが母校からプロ野球選手として活躍する選手が育つことを心より願っており、阪神よ、しっかり育てて下さいよとお願いする。






Last updated  2019.10.18 23:04:41
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2019.10.09
テーマ:ノーベル賞(49)
カテゴリ:嬉しかったこと
旭化成の吉野彰さん(71歳)が今年度のノーベル化学賞を受賞した。リチュウムイオン電池を発明し充電のできる電池としてスマートフォンや電気自動車などに広く使われ、生活を便利ににして人類に貢献したということで化学部門での最高の栄誉を頂いてテレビ画面に映る吉野さんは本当にうれしそうで心からおめでとうを言いたい。
昨年も本庶佑さんがノーベル生理・医学賞を受賞して国民も喜び本人も嬉しそうだった。がんの免疫療法の理論を打ち立て小野薬品の協力を経てオブジーボというがんの治療薬を開発した。本庶さんは現在小野薬品との間で自分に対する報酬が少ないのでもっと多くしてもらいたいとの訴えを起こしている。本庶さんは学生や若手研究者の育成に熱心で若手研究者のための基金設立のためにもっと多くの報酬を望んでいるみたいだが、ノーベル賞という世界最高の栄誉を頂いた方がいくら若手研究者のためとは言えお金のための醜い争いをしているのをみてかなりがっかりした。画期的な治療薬とされたオブジーボでも治らない癌がまだたくさんある。もっとオブジーボの治療成績を上げるために小野薬品と協力して様々な努力をしてもらいたいと思うが今はそのことよりもお金のことで対立している。本庶さんがノーベル賞をもらった時には我がことのように喜んだが今の姿を見て失望している。ノーベル賞は人類最高の栄誉である。それを受賞した方はそれにふさわしい人格者であって欲しいと願う。






Last updated  2019.10.09 22:53:43
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2019.08.07
テーマ:婚約☆(3)
カテゴリ:嬉しかったこと
小泉進次郎さん(38歳)、滝川クリステルさん(41歳)ご婚約おめでとう。父親の小泉純一郎さんは首相になったが郵政民営化や強引な合理化などが印象に残っている狭量の政治家だったと思う。息子の進次郎氏はまだ若く、全体を評価するのはまだ早いかもしれないが、農村地域や工場で働いている人達から色々なことを聴いている姿勢は明らかに父親とは違っており、視野が広く思いやりのある政治家になる素質があると思っていた。純一郎さんは進次郎さんが生まれてすぐ離婚しており、夫婦で生活する中で国民の生活感や世界観を学ぶ機会が少なかったこともあの政治スタイルになった面もあるかもしれない。滝川クリステルさんは三か国語を自由に使える文化人で世界的視野があり、東京オリンピック誘致でおもてなしを演出した人でもある。いい人を配偶者に選んだと思う。お互いがお互いから学びあって国のため世界のために貢献してもらいたいと期待する。父親の離婚にはそれなりの理由があったのだと思うが進次郎さんは何があっても離婚しないでクリステルさんを護ってもらいたい。






Last updated  2019.08.08 13:10:43
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2019.04.23
テーマ:連休って(108)
カテゴリ:嬉しかったこと
山梨日々新聞の4/19号に県内病院の連休中の診療体制の記事が載っていた。困る人がいるのに政府が勝手に休日を作り10連休にしてしまった。特にいつ病気になるかもわからない患者さんにとっては大変困ることなのに政府の言いなりになって追従する病院も出るのではないかと思っていたら、その記事によると昨年の暦通り4月27日、30日、5月1日、5月2日は通常通り診療する病院はただ一つで他はほとんどが連休だった。この記事で初めて自分が勤めている病院が唯一昨年通り診療する病院と知って病院内で誰が決めたのか知らないがでかしたと思い誇りに思った。病院職員も不満には思っていない。当たり前のことなので自慢もしない。だからといって新天皇の即位を祝わないわけではない。祝うからこそ社会で必要な業務に就くのである。






Last updated  2019.04.23 22:52:49
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2019.04.10
カテゴリ:嬉しかったこと


昨日高知県から友人がはるばる訪ねて来てくれて昼休みのひと時歓談した。彼とは静岡大学の仰秀寮で一緒に暮らしたことがある間柄である。彼は文科系のドイツ語専攻だったが卒業後中学の教師になり、いろいろ経験したかったとのことで、51歳で退職し庭師見習い、タクシー運転手、赤帽などを経験してきたとのことである。常に理想的な生き方を求めており、私とほぼ同じ年齢だが考え方が若く生き生きしていた。歴史もよく学んでおり、高知(土佐)の英雄 坂本龍馬暗殺犯人についても話してくれた。龍馬は多くの人から恨まれており、京都見回り組、紀州藩、西郷隆盛、武器商人のグラバーその他沢山の人が暗殺犯人疑いに上げられているが、彼は土佐藩に殺されたのだと思うと自信ありげに語った。意見が割れていた土佐藩を倒幕にまとめ、薩長同盟や大政奉還など大きなことを次々とやり遂げた男、味方だか敵だかわからない男、下級武士のくせにのぼせ上っている男として嫉まれてもいた。諸説があり本当の黒幕は誰なのか私には分からないが、惜しい男をなくしたと思う。33歳で亡くなったがあと10年位生きてくれたら世の変革にすごく貢献したと思う。
山田方谷は彼が尊敬する人物だという。私は不勉強で全く知らなかった。
1805‐77(文化2‐明治10 73歳没)
幕末・維新期の儒学者。名は球,字は琳卿,安五郎と称する。備中松山藩の農民出身。新見藩儒丸川松陰に学び,25歳で藩学会頭に抜擢(ばつてき)される。その後佐藤一斎に従学,帰郷し学頭となる。教学振興につとめ藩治にも功績をあげ,老中となった藩主板倉勝静(かつきよ)を補佐してよく幕末期の難局を処理した。維新後は子弟教育に任じ,備前の閑谷(しずたに)学校の再興に尽力した。

人名辞典を引いたら以上のように出ていた。
松山藩の大蔵大臣として財政破綻しそうな藩の財政を立て直した手腕は卓越していた。自分が農民出身であることから農民や貧しい人から年貢を取り立てるのではなく、商人や富裕武士などから税金をとり、さらに新しく収入になることを考え、無駄は節約し、民が幸せになることを第一に考えて、義による政治を行い民衆に慕われていた。明治政府が鉄道を作るとき村民の陳情で方谷駅ができたとのことでその人柄がしのばれた。私は不勉強で山田方谷のことは知らなかったが、知っている人がいても少ないと思う。このような隠れた英雄はもっと広く世に知らしめて行くべきだと思った。






Last updated  2019.04.10 18:34:45
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2019.04.07
カテゴリ:嬉しかったこと

今年も庭の花桃(源平しだれもも、咲き分け桃)が咲いた。我が家のすぐ近くの武田通りは桜が満開だ。
今テレビでは知事や県会議員の開票速報が行われている。入学式や入社式も行われている。愈々草花が咲き揃い、新しい県政もスタートする。
私は地域の自治会館建設準備委員として2年前から会合を重ねて色々準備してきた。建築費の3/5を助成してくれる宝くじ助成金制度があり、それに申請書を提出していたが中々採用の連絡がなく、やきもきしていたがやっと先日採用通知があり、うれしかった。日頃仕事のことや自分の体の老化のことで、苦しい日々を送っているが、その報告を受けた時には何とも言えない幸せを感じた。しかしこれは建設への第一歩であり、これからまだまだ困難が立ちはだかっていると思うのでそれらを一つ一つ解決しながら会館建設にこぎつけようと思う。桜花のこの季節に自らの使命を再確認して新しいスタートを切っていこうと思う。






Last updated  2019.04.08 12:11:16
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