翠の光 第17話
「ゆい義姉様、こちらの方は?」「千尋さん、こちらの方はわたくしの知人の、正宗様です。正宗様、こちらはわたしの義弟だった、千尋さんです。」「初めまして、ゆいからはよくあなたのお話を聞いています。」そう言って千尋に笑顔を浮かべたゆいの知人・正宗は、精悍な顔をしていた。彼と会った時、千尋はゆいには新しい恋の相手が出来たのだと勘で解った。「では千尋さん、わたくし達はこれで失礼いたします。」「ゆい義姉様、久しぶりにお会いできてよかったです。どうか正宗様とお幸せに。」千尋の言葉を聞いたゆいは少し顔を赤く染めながら、彼に微笑んだ。「千尋さんには隠し事は出来ませんわね。」 茶店の前でゆい達と別れ、屯所に戻った千尋は、江戸に居る兄夫婦に手紙を書いた。『道貴兄様、お英義姉様、お元気でお過ごしでしょうか?今日、ゆい義姉様と京でお会い致しました。ゆい義姉様は知人の正宗様と金毘羅参りをされている途中で、京見物にやって来たそうです。正宗様とゆい義姉様・・ゆい様は、わたくしが傍目から見ても夫婦にしかみえませんでした。あんなことがあって、わたくしはゆい様のことを心配しておりましたが、彼女が幸せを掴めたことに安堵いたしました。道貴兄様も、お英さんと新たな幸せを掴んでくださいませ。 千尋より』 千尋の文を読み、別れた妻・ゆいに新しい恋人ができたことを知った道貴は、彼女の事を想った。彼女は、自分の事を恨んでいないのだろうか。「道貴様、どうなさいました?」「何でもない・・」「そうですか。」お英は、夫が義弟の文を握り締めていることに気付いた。「また、千尋さんからお手紙が届いたのですね?」「ああ。あいつは京で、ゆいに会ったそうだ。」「そうですか・・」「あいつにはもう、新しい恋人がいるそうだ。」「それは、良かったですね。わたくしの所為で、ゆい様は・・」「もう、終わったことだ。それよりもお英、身体は大丈夫か?」「はい。」「余り無理をするなよ。」「わかっております。」道貴は、お英の少し膨らんだ下腹を愛おしそうに撫でた。「お英さん、ちょっと来て!」「すぐに参ります、お義母様。」 由美子に呼び出され、お英は荻野家の台所に向かった。「何の用でしょうか、お義母様?」「ここの棚、汚れているようだから雑巾で拭いて頂戴。」「わかりました。」お英は戸棚の汚れを拭こうと、踏み台に足を掛けた。その時、彼女は踏み台から足を踏み外し、固い三和土(たたき)に下腹を強く打ち付けた。「お英様、大丈夫ですか?」女中が台所に入ると、下腹を押さえて額から脂汗を流しているお英の姿があり、彼女は苦しそうに呻いていた。「誰か、お医者様を呼んで・・」「お英様、血が・・」お英は粘ついた血が内腿を流れてゆくのを感じ、意識を失った。「先生、お英は・・」「腹の子は、残念だったな。」「そんな・・」にほんブログ村