イラスト素材提供:White Board様
「あなたは、どなたです?」
「わしか?わしゃぁ大岩ちゅうもんじゃ。わざわざ福岡からお前を貰いに来たんじゃ。」
父親ほど年の離れた男を見た千尋は、彼が桝塚の言っていた縁談相手だということに気付いた。
「わたくしには、愛する夫が居ります。わたくしは、あなたと結婚いたしません。どうぞお引き取り下さいませ。」
「そげな事を言われて、はいとすぐに引き下がることはできん。」
大岩と名乗った男は、そう言うと千尋を見た。
「お前が男やということは、桝塚から知っとる。お前の旦那が、あの土方歳三やということもな。」
「あなたは一体何が望みなのですか?」
「お前と夫婦になることに決まっとろうが。」
千尋は恐怖を感じ、大岩から一歩後ずさった。
「千尋、どうした?」
「あなた・・」
「てめぇ、誰の許しを得てうちに入ってきがった!」
歳三はそう言うと、大岩を睨みつけた。
「わしは怪しい者やなか。ただ縁談相手に会いに来ただけじゃ。」
「縁談相手だと?千尋は俺の大事な女房だ、てめぇみてぇな狸爺にやれるかってんだ!」
「狸爺とは、酷い言い草じゃ。」
大岩は歳三の言葉を聞いて大声で笑った後、彼を睨んだ。
「わしはお前の女房を嫁に貰う為に福岡から遥々こんな田舎まで来たんじゃ。帰れと言われても、梃子(てこ)でもここを動かんぞ。」
「上等じゃねぇか、爺!」
二人の男達の間で、火花が静かに散った。
「歳三様、お話ししたいことがございます。」
「千尋、俺は何があってもお前とは離縁しねぇぞ。桝塚から何を言われたのか知らねぇが、あいつの脅しに屈するんじゃねぇ!」
「わたくしは、あなたとは離縁したくはありません・・ですが・・」
千尋はそう言うと、俯いた。
「千尋、何か隠していることがあるなら俺に言ってくれ。」
「大岩様は、もし自分と結婚したら、荻野の家の借金を全て帳消しにしてやるとおっしゃいました・・」
「その借金は幾らだ?」
「紀洋兄様が賭博や事業でこさえた借金の総額は、二万円です。」
「二万・・」
「道貴兄様は何とかして借金を返済すると文に書いておりましたが、いつ完済できるのかは判らないそうです。」
「お前ぇは、家の為に俺と別れて、あんな奴と・・」
「お願いです歳三様、わたくしと離縁してください。」
千尋は涙を流しながら、そう言って歳三に土下座した。
「わかったよ、千尋・・だから頭を上げろ。」
歳三は土下座する千尋の前で腰を屈めると、そっと彼の髪を撫でた。
「最後に、お願いがございます。」
「何だ?」
「どうかわたくしを、抱いてくださいませ。」
「わかった・・」
その日の夜、歳三は千尋と夫婦になって初めて彼を抱いた。
「歳三様、わたくしはあなたの元に帰ってきます。その日まで、わたくしのことを待っていてください。」
「ああ、待つよ。お前が俺の元に帰って来る日まで、何年でも待つ。」
歳三はそう言うと、引き出しから木箱を取り出し、それを千尋に手渡した。
「これは?」
「京で買った櫛だ。いつ渡そうかと思っている内に、渡すのを忘れちまった。」
「有難うございます。」
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