イラスト素材提供:White Board様
「千尋はどげんしたとね?」
「千尋は、体調がすぐれないので食事会には出席できないと申しておりました。」
「そうか・・まぁそげな事なら仕方なか。」
両家の食事会が開かれているホテルのレストランで、大岩はそう言うとグラスに注がれたワインを一気に飲み干した。
「大岩様は、お子様はいらっしゃらないのでしょう?」
「外の女に産ませた子なら居る。」
「まぁ・・」
由美子は大岩の言葉を聞いて少し顔を顰(しか)めたが、すぐに彼に笑顔を浮かべた。
「大岩様、千尋は亡くなった主人が外の女に産ませた子でねぇ・・ちっとも可愛げがないのですよ。どうか、あの子のことを可愛がってやってくださいな。」
「由美子さんが心配せんでもよか。」
「それを聞いて安心しましたわ。」
由美子はそう言うと、嬉しそうに笑った。
「何だかお義母様、お義父様が亡くなられてからよく笑うようになったわね?」
「ああ・・たぶん、大岩さんが居るからだろう。」
「もしかして、大岩さんとお義母様は・・」
「妙な事を考えるんじゃない、英子。大岩さんは千尋を男と知ったうえで嫁に貰うんだから、母上と変な関係にはなってなどいないさ。」
「そうよね・・考え過ぎよね。」
英子はそう言いつつも、大岩と姑との関係を疑っていた。
「それでは、またお式に会いましょうね、大岩様。」
「それじゃぁ由美子さん、お気をつけて。」
ホテルのロビーの前で大岩と別れた由美子達は、馬車で帰宅した。
「ねぇお義母様、本当に千尋さんをあんな人と結婚させるおつもりですの?」
「もう決まったことなのよ、英子さん。それに、千尋はあの男と離縁したのですから、何の問題もないはずよ。」
「まぁ・・」
千尋が家の為に歳三と離縁したことを初めて知った英子は、驚きのあまり絶句した。
「そんな・・」
「あの子は今まで荻野の家に迷惑を掛けてきたのだから、家の為に犠牲になるのは当然です。」
「お義母様、何故千尋さんを嫌うのです?」
「あの子の母親は、わたくしから夫を奪った憎い女です。その女が産んだ息子である千尋を憎んで当然でしょう!?」
由美子はそう言って英子を睨むと、先に馬車に乗ってしまった。
「千尋はまだ部屋に居るの?」
「はい。」
「千尋、わたくしよ。あなたに話があるの。」
「奥様、どうぞお入りになってください。」
ベッドから起き上がった千尋が部屋に由美子を招き入れると、彼女は千尋の頬を平手で打った。
「あなた、食事会を欠席するなんて一体どういうつもりなの?どこまでわたくしに恥をかかせれば気が済むつもり!」
「申し訳ございません、奥様・・」
「謝れば済むと思っているの!」
由美子は自分に平謝りする千尋を打擲(ちょうちゃく)すると、彼の部屋から出て行った。
「千尋、母上にやられたのか?」
「大丈夫です、道貴兄様。」
「身体の具合はどうなんだ?」
「横になったら少し良くなりました。」
「熱も下がったようだし、余り無理をするんじゃないぞ、わかったな?」
「はい・・お休みなさいませ、道貴兄様。」
道貴が部屋から出て行った後、千尋は由美子に打たれた頬を擦った後、目を閉じて眠った。
「千尋はまだ起きてこないの?」
「わたしが様子を見てきます。」
翌朝、道貴が千尋の部屋に向かうと、彼はベッドの上で苦しそうに胸を押さえて呻いていた。
「千尋、どうした、しっかりしろ!」
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