イラスト素材提供:White Board様
千尋が喀血して倒れたという電報を受け取った歳三が筑豊の大岩家に向かうと、母屋の玄関先で大岩の秘書・大杉が彼を出迎えた。
「あなたが、奥様の別れた旦那様ですね?」
「ああ。あんたは?」
「わたしは、大岩の秘書をしている大杉と申します。」
「大杉さん、千尋は何処にいるんだ?」
「奥様は、離れの洋館にいらっしゃいます。こちらへどうぞ。」
歳三が大杉とともに離れの洋館に入ると、丁度階段を往診に来た医師と看護婦が降りてくるところだった。
「先生、千尋の具合は・・」
「失礼ですが、どちら様ですか?」
「先生、この方は奥様の別れた旦那様の、土方様です。」
「千尋さんは心臓をお悪くされている上に、肺病に罹っています。もう長くはないでしょう。」
「そんな・・」
医師の残酷な宣告を聞き、歳三はその場にへたり込んでしまった。
「土方様、大丈夫ですか?」
「ああ・・」
大杉とともに千尋が眠っている二階の部屋に歳三が向かうと、部屋の中から大岩と千尋の話し声がドア越しに聞こえてきた。
「あなた、突然わたくしと離縁したいとは、どういう事でしょうか?」
「どうもこうもなか。わしは気位が高い嫁は要らん。さっさとわしと離縁して、甲府に帰らんか。」
「あなた・・わたくしのことを想って・・」
「千尋。」
「歳三様、どうしてここに?」
「お前のことが心配で来たに決まっているだろうが!」
歳三はそう言うと、千尋を抱き締めた。
「帰ろう、千尋。俺と一緒に甲府に帰ろう。」
「歳三様・・」
「千尋、もうわしはお前に愛想が尽きた。さっさと甲府に帰れ。」
大岩はそう言って千尋と歳三を見ると、部屋から出て行った。
荻野家に大岩から千尋と離縁する旨が書かれた文が届いたのは、その日の夜の事だった。
「まったく、大岩様に迷惑を掛けた上に離縁なんて・・千尋は荻野家のとんだ恥さらしだわ!」
「おやめください、母上!もう千尋のことは放っておいてやってください!」
「あなた、わたくしに口答えする気なの!?」
由美子がそう言って道貴を睨んだ。
「母上、あなたはいつまで千尋のことを傷つけるおつもりですか?」
「あなたに、わたくしの気持ちなどわかるものですか!」
千尋は大岩と離縁し、大岩家を去ることになった。
「旦那様、短い間でしたが、お世話になりました。」
歳三とともに甲府へと帰る日の朝、千尋が大岩家の玄関先で大岩にそう挨拶すると、彼は無言で千尋に背を向けて廊下の奥へと消えた。
「奥様、お元気で。」
「大杉さん、主人のことを宜しくお願いいたします。」
「道中、お気をつけて。」
「ええ。皆さん御機嫌よう、さようなら。」
千尋が歳三とともに大岩家を出て駅へと向かおうとしたとき、二人の前に亜紀が現れた。
「もう帰ってこんと?」
「ええ。亜紀ちゃん、お父様と仲良く暮らすのですよ。」
亜紀は目に涙を溜めながら、千尋と歳三が馬車に乗り込むのを黙って見送った。
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