イラスト素材提供:White Board様
「話は初から聞いた。」
「それで、彼女は何とあなたにおっしゃったのですか?」
千尋はそう言うと、牡丹の茎を花鋏で切った。
「あいつはお前に嫉妬しとるだけたい。」
「あら、そうですか。それで初さんは、わたくしの郵便物を勝手に見たのですね。」
「あいつには厳しく言い聞かせるけん、機嫌直せ。」
「わかりました。」
千尋の機嫌が直ったことを知り、大岩は安堵の溜息を吐いた。
「明後日、西田さんのところでパーティーがあるが・・お前も出てくれんか?」
「わかりました。」
「お父様、うちは?」
「お前は家で留守番たい。」
「え~!」
頬を膨らませて拗ねる亜紀の頭を、大岩は愛おしそうに撫でた。
「あなた、亜紀さんのことですけれど・・」
「何ね?」
「あの子を、東京の女学校に編入させる気はおありですか?」
「あいつはまだ小さか。小さい内は、わしの手元に置いておく。」
「そうですか。ではわたくしは部屋で休ませていただきます。」
千尋はそう言うと、ダイニングルームから出て行った。
『前略歳三様へ、お元気ですか。わたくしは余り元気ではありません。大岩家での暮らしは息が詰まってしまいそうなほど、退屈なものです。今日わたくしは、大岩様の妾と口論となり、彼女の頬を平手で打ちました。彼女は勝手にわたくしの郵便物を盗み見ることをわたくしに詫びるどころか、そのことを大岩様に告げ口したのです。あんな狐のような狡賢い女と一緒に居たくはありません。甲府に居る歳三様の元へ帰りたいです。千尋より』
筑豊から届いた千尋の文を読んだ歳三は、それをそっと懐に入れると溜息を吐いた。
没落寸前の実家を救う為、自分と離縁した千尋は、筑豊で孤立しているようだ。
「土方君、居るかい?」
「大鳥さん、何の用だ?」
「千尋君の実家の事なんだけどね、千尋君の結納金で、荻野家は借金を完済したらしいよ。」
「そうか・・その話を聞くと、千尋は金に大岩の元に売られたみてぇだな・・」
歳三はそう言うと、溜息を吐いた。
「今日、千尋から文が届いた。筑豊での生活は、上手くいってないようだ。」
「そうか・・ねぇ土方君、これから君はどうするつもりだい?」
「俺は、千尋が帰る日まで裁縫学校を守っていくつもりだ。あの学校は、あいつと俺の子供みてえなもんだからな・・」
「そうだね。」
数日後、千尋は大岩とともに彼の知人宅で開かれたパーティーに出席した。
「大岩さん、この人が伯爵家の・・」
「初めまして、千尋と申します。」
「いやぁ、綺麗な人やねぇ!まるで西洋人形のような顔しとる!」
大岩の友人たちはそう言うと、千尋の顔を見た。
千尋は彼らの執拗な視線から逃れたくて、賑やかな大広間を出て人気のないバルコニーへと向かった。
(いつまでこんな生活が続くのかしら?)
千尋がそんなことを思いながら溜息を吐いていると、誰かが彼の肩にショールを掛けた。
「こんなところに居ると、風邪をひきますよ?」
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