イラスト素材提供:White Board様
「道貴兄様、お話とは何でしょうか?」
「母上は最近、大岩様に夢中だ。父上が亡くなったばかりだというのに、母上は一体何をお考えなのだろう?」
「それはわたくしには解りません。それよりも道貴兄様、この手紙を甲府に居る主人に渡して貰えますか?」
「ああ。」
道貴は千尋から手紙を受け取ると、それを上着の内ポケットにしまった。
「千尋、これで本当に良かったのか?」
「ええ。わたくしが犠牲になれば、この家は救われるのでしょう?」
「千尋、今からでも遅くはない、ここから逃げろ。」
「それは出来ません。今わたくしがここから逃げたら、道貴兄様達にご迷惑がかかります。」
「済まない、本当に済まない・・わたし達が不甲斐ないせいで・・」
「謝らないでください、道貴兄様。」
道貴に抱き締められ、千尋は涙を流した。
一方甲府では、歳三が太田と裁縫学校設立について話をしていた。
「裁縫学校の校舎の工事は、順調に進んでいます。」
「そうか。ここまで来るのに、時間が掛かったな?」
「ええ。ですが太田さん達が協力してくださったお蔭で、この甲府に裁縫学校が出来ることになりました。」
「土方さん、千尋さんから東京に帰って来てから連絡がないのだが・・千尋さんから何かあったのか?」
「実は、千尋とは離縁しました。」
「千尋さんと離縁?それはまたどうして・・」
「それは俺にもわかりません。」
歳三がそう言って俯くと、太田はそれ以上何も聞いてこなかった。
「それじゃぁ、俺はこれで。」
「気を付けて。」
太田家から出た歳三は、裁縫学校建設予定地の前に立った。
(千尋・・)
歳三は溜息を吐きながら、千尋のことを想っていた。
「千尋、入るぞ?」
「どうぞ・・」
「顔色が悪いな、どうしたんだ?」
「ええ・・少し、食欲がなくて・・」
千尋はけだるそうにベッドから起き上がると、溜息を吐いた。
「朝食は?」
「要りません。」
「そうか・・」
道貴はそう言うと、そっと千尋の額に触れた。
「熱があるな、後で医者を呼ぼう。」
「横になれば治ります。大岩様には、今日の食事会には参加できないとお伝えください。」
「わかった。」
朝食の後、道貴は甲府へと向かった。
「すいません、土方さんのお宅はどちらに?」
「土方さんの家なら、あそこの道をまっすぐ・・」
「有難うございます。」
一軒の民家の前に立った道貴は、そっとスーツの内ポケットから千尋の手紙を取り出した。
「あんた、確か千尋の兄さんじゃ・・」
背後から声がして道貴が振り向くと、そこには背負子を担いだ歳三が立っていた。
「お久しぶりです、土方さん。弟から、あなた宛てのお手紙を預かりました。」
「そうですか、お忙しいのにわざわざうちにまで来ていただいて有難うございます。中でお茶でも飲んでください。」
「有難うございます。ではお言葉に甘えていただきます。」
数分後、道貴と茶を飲みながら、歳三は千尋の手紙に目を通した。
「千尋は、元気にしていますか?」
「いいえ・・千尋は、いつもあなたのことを想って泣いています。昨夜あいつに家から逃げろと言ったのですが、あいつは今自分が家から逃げたらわたし達に迷惑が掛かると・・」
「そうですか。あいつは、今も昔も、変わっていませんね・・」
「土方さん、このような事になってしまって、申し訳ありません。」
「謝らないでください。俺は、千尋の帰りをここで待ちます。」
にほんブログ村