イラスト素材提供:White Board様
「急に一体何を言い出すんだ!」
千尋の言葉を聞いた斎田は、怒りで顔を赤く染めながらそう千尋に向かって怒鳴ると、座布団から立ち上がった。
「斎田さん、どちらへ?」
「こんな馬鹿馬鹿しい会合に付き合うなど時間の無駄だ、わたしは帰らせていただく!」
「待ってくれ斎田さん。あなたが自分達に金を渡して、目障りな土方さんの奥さんを亡き者にしてくれるよう頼んだ事を、みんな知っているんだ。」
「何だと・・」
「わたしは今日あなたをここに呼んだのは、あなたが何故土方さんを襲ったのか、その理由を聞きたかったからだ。」
「理由?わたしはこいつの亭主が、元新選組副長の土方歳三だと気付いた時から、こいつを殺そうと思っていたのさ!天子様に弓を引いた逆賊の癖に、教育のことを語るなど烏滸(おこ)がましいわ!」
斎田に面罵され、千尋は黙ってそれに耐えた。
「斎田さん、わたしらは土方さんの過去はどうであれ、土方さんには心から感謝しているんだ。わたしらにとって、土方さんと千尋さんは家族も同然だ。その家族を侮辱するようなことは、たとえあんたでも許さんぞ!」
太田は座布団から勢いよく立ち上がると、そう言って斎田を睨んだ。
それに、他の地主たちも続いた。
「お前達、わたしよりも逆賊の味方をするのか!?」
「新選組は明治政府にとっては逆賊かもしれないが、真の逆賊は明治政府の権力を掌握し、鳥羽伏見の戦で錦旗を掲げ官軍を騙った薩長だと、わたしは思うがね!」
「太田さん、どうやらあんたとの仲はこれまでのようだな!」
斎田はそう太田に怒鳴ると、彼に背を向け大広間から出て行った。
「皆さん、お騒がせしてしまって済まないね。」
「いいえ。太田さん、よく言ってくれました。普段から斎田のあの鼻につくような態度が腹に据えかねていたんですよ。」
「わたしは、これからもあなたの味方ですよ。」
「有難う、皆さん。邪魔者が居なくなったところで、裁縫学校のことについて話し合おう。」
八月八日、千尋と歳三は裁縫学校の申請書を文部省に提出した。
「漸く、一歩を踏み出せましたね。」
「ああ・・」
“裁縫学校建設予定地”と書かれた立札の前で、千尋と歳三は自分達の夢への第一歩を踏み出したことへの喜びに胸を膨らませていた。
一方東京・神楽坂にある料亭では、芸者・富士菊がある政府高官のお座敷に出席していた。
「今晩は、富士菊です。」
「それにしても、甲府に裁縫学校なんてねぇ・・あんな田舎に裁縫学校なんて作ってどうするのですかねぇ?」
「そうですねぇ。金の無駄でしょう。」
「まぁ、私たちが決めることではありませんがねぇ。」
富士菊は彼らの会話に耳を傾けながら、彼らに愛想笑いを浮かべながら酌をした。
「こんにちは、土方さん。」
「あんた、確か神楽坂の芸者の・・」
「あら、あたしの事を覚えていてくれて嬉しいよ。ちょいとあんたに話したいことがあるんだが、いいかねぇ?」
「ええ、構いませんよ。」
歳三が畑仕事をしていると、そこへ富士菊が通りかかった。
「昨日、政府高官のお座敷に出たんだけどねぇ・・裁縫学校のことを散々こき下ろしていたよ。」
「そりゃぁ、そうでしょうねぇ。」
「まぁ、そんなに落ち込まないでおくれ。あの方たちが言うには、裁縫学校の設立の許可を下すのは文部大臣の桝塚様だってさ。」
「桝塚・・会津の戦いで鶴ヶ城総攻撃を指示した、あの桝塚が文部大臣?」
「土方さん、桝塚様を知っているのかい?」
「知っているも何も、あいつは・・桝塚は俺と戊辰の戦で幾度も刃を交えた男だ。」
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