イラスト素材提供:White Board様
「まさか、貴様があの土方と夫婦になっているなんて思わなかったぞ。」
「あら、そうですか。それで桝塚(ますづか)さん、本当に裁縫学校を設立することをお許し頂けるのでしょうか?」
「当たり前だ。俺は一度決めたことは決して覆さない性格だということを、貴様も知っているだろう?」
桝塚はそう言うと、千尋を睨んだ。
「ええ、存じております。」
千尋の脳裏に、会津若松の鶴ヶ城下で逃げ惑う人々の姿が浮かんだ。
会津で、桝塚をはじめとする新政府軍は暴虐の限りを尽くした。
「桝塚さん、あなたはわたくしと会ってどうなさりたいのですか?」
「まぁ、そう警戒するな。貴様に、良い縁談を持ってきたのだ。」
「縁談?」
「ああ。」
桝塚はそう言うと、一枚の釣書を千尋に手渡した。
「相手は筑豊に炭鉱を幾つも持っている資産家で、この前のパーティーでお前を見かけて、是非自分の嫁に欲しいと俺に言ってきた。」
「わたくしには、歳三様という伴侶が居ります。」
「お前は男でありながら、あの土方と夫婦としてこの甲府で暮らしているが、いつまでもその暮らしが続くと思うのか?」
「それは・・」
「貴様の実家は、父親と二番目の兄貴が死に、その二番目の兄貴が賭博でこさえた借金の所為で家計が火の車だそうだな?」
「そんなことを、どなたからお聞きになられたのですか?」
「世の中には、口さがない連中が居るものでな。貴様の実家のことを色々と噂をしている親戚筋の話を俺は黙って聞いていただけだ。」
「わたくしに、何を望んでいるのですか?」
「何も。ただ、俺に土下座する貴様の姿を見たいだけだ。」
桝塚の言葉を聞いた千尋は嫌悪の表情を浮かべながら、彼を睨んだ。
「ふん、その顔・・久しぶりに見たな。」
「わたくしは、これで失礼いたします。」
「待て、まだ話は終わっていない。」
部屋から出ようとする千尋の腕を掴んだ桝塚は、彼を畳の上に組み敷いた。
「何をなさるのです!」
「7年ぶりに漸く会えたのだ、楽しもうじゃないか。」
「わたしに触るな、汚らわしい!」
千尋が小太刀の切っ先を桝塚の喉元に突き付けると、彼はそれを手で払いのけ、千尋の唇を塞いだ。
千尋は桝塚の唇を噛むと、頬に鋭い痛みが走った。
「生意気な!」
自分の首を縛めている桝塚の両手を退けようとした千尋だったが、それはビクともしなかった。
「てめぇ、俺の女房に何しやがる!」
頭上から歳三の怒声が響いたかと思うと、部屋の襖が乱暴に開け放たれた。
「あなた・・」
「その汚い手を、千尋から離せ!」
「ほう、やるのか?」
桝塚と歳三が睨み合っていると、そこへ太田がやって来た。
「お二人とも、落ち着いてください!」
「帰る。荻野、縁談の件、考えておくんだな。」
桝塚が太田家から去った後、千尋は歳三に桝塚から縁談を勧められたことを話した。
「あいつ、お前ぇの実家が苦しい事を知っていて、お前ぇを脅迫しやがって・・何処までも汚ねぇ野郎だ!」
「土方さん、今日はもう帰った方がいい。」
「太田さん、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」
太田家の客間で千尋が桝塚と会ってから数日後、土方家に一人の男がやって来た。
「いらっしゃいませ、どちら様ですか?」
「お前が、土方千尋か?」
恰幅の良い洋装姿の男は、そう言うと薄気味の悪い笑みを千尋に浮かべた。
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