イラスト素材提供:White Board様
「千尋、気を付けてな。」
「ええ。歳三様も体にお気をつけて。」
千尋はそう言って歳三に微笑むと、汽車に乗り込んだ。
「お帰りなさい、千尋様。」
「香織様、ただいま戻りました。」
「甲府のご主人はお元気だった?」
「ええ。さっき食堂で神崎さんのお姿が見えなかったけれど、彼女どうかなさったの?」
「神崎さんは、学校を退学されたわ。」
「どうして、退学されたの?」
「さぁ、そこまでは知らないけれど・・何でも、神崎さんのご実家が経営していらっしゃる船会社が破産されて、莫大な借金を返済するために、神崎さんは北海道の資産家の方の元へお嫁に行かれたみたいよ。」
「まぁ、そうなの・・」
香織から詩織の実家が破産し、彼女が北海道の資産家の元に嫁いだことを知った千尋は、そう言うと溜息を吐いた。
「どうかなさったの、千尋様?」
「香織様、わたくし・・」
「土方さん、ここにいらしたのね!」
「吉田さん、どうなさったの?」
「ねぇ土方さん、あなたあの大岩様とご結婚されるって本当なの!?」
「大岩様って、あの福岡の資産家の?」
「香織様、そのことについては二人きりで話したいの。」
「・・わかったわ。」
昼休み、千尋は香織を連れて図書室に入った。
「ねぇ、一体どういうことなの?あなたには、素敵なご主人がいらっしゃるのではなくて?それなのに、どうして大岩様と・・」
「実は、わたくしの実家が多額の借金を抱えてしまったの。」
「まぁ・・」
「大岩様は、結婚すれば実家の借金は帳消しにしてやるとおっしゃったの。甲府に出来る裁縫学校の方にも、多額の支援金を出すと・・」
「汚いわ、そのようなやり方!まるでお金であなたを買おうとしているようなものではないの!ねぇ、その結婚をお断りすることは出来ないの?」
「この結婚は、もう決まってしまったことなの。」
「そんな・・それでは、女学校の方はどうなさるの?」
「退学するわ。今すぐ退学するわけではないけれど、来年の三月には・・」
「こんなのって、酷過ぎるわ!千尋様が可哀想だわ。」
香織はそう言うと、千尋を抱き締めて嗚咽した。
「わたくしのことを想って泣いてくださって有難う、香織様。わたくし、あなたの優しさを一生忘れないわ。」
週末、千尋は大岩との結婚準備のため、実家に帰省した。
「ご無沙汰しております、英子義姉様。」
「千尋さん、このような事になって本当に済まないわね。あなたが、家の犠牲になるのだけは何としても避けたいと、うちの人が言っていたのに、どうすることもできなかったわ。」
「英子義姉様、わたくしは大丈夫です。道貴兄様と奥様はどちらに?」
「二人なら和室に居るわ。」
「有難うございます。」
千尋が和室に入ると、畳の上には色とりどりの反物が広げられていた。
「奥様、道貴兄様、ただいま戻りました。」
「お帰りなさい、千尋さん。」
「これは、どうなさったのですか?」
「大岩様が先ほどうちへいらしてね、この中から好きな物を選べとおっしゃってくださったのよ。さあ千尋さん、そんなところに突っ立っていないで、お座りなさいな。」
「はい・・」
和室で千尋が大岩との結婚式と披露宴に着る衣装を選んでいた時、そこへ呉服屋を連れた大岩が入ってきた。
「まぁ大岩様、わざわざお忙しいというのにうちへ二度も寄ってくださって有難うございます。」
由美子はそう言うと、大岩に笑顔を浮かべた。
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