イラスト素材提供:White Board様
大岩は朝食を食べた後、自宅を出て会社に向かった。
「社長、おはようございます。」
「おはようございます。」
「社長、例の件ですが・・」
「先方はまだ迷っとるんか?」
社長室の椅子に腰を下ろした大岩は、そう言って秘書の大杉を見た。
「ええ。先方の社長はこちらが良い条件を提示しても、決して首を縦に振ろうとはしません。」
「まぁ、焦ることはなか。じっくりと時間をかけるのも、悪くはなか。」
「はぁ・・」
「大杉、これを家に持っていけ。」
「かしこまりました。」
大杉は大岩から封筒を受け取ると、会社を出て大岩邸へと向かった。
「ごめんください、誰か居ませんか?」
「まぁ、いらっしゃいませ。あなたは確か、主人の秘書の方でしたわね?」
玄関先で千尋と初めて会った大杉は、彼のあまりの美しさに見惚れてしまった。
「あの、わたくしの顔に何か?」
「いいえ・・初めまして、わたくしは社長の秘書をしております、大杉といいます。」
「大杉さん、うちへは何の用でこちらにいらしたのかしら?」
「社長に奥様から渡して欲しいと、これを預かって参りました。」
「まぁ、有難う。ねぇ大杉さん、折角いらしたのだからお茶でもいかが?」
「いいえ、僕はこれで失礼いたします。」
「お忙しい中、折角うちに来てくださったのだから、お茶でも飲んでくださらないとこちらの気が済まないのよ。」
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます。」
数分後、大杉は大岩家の茶室で千尋が点てた茶を飲んだ。
「結構なお点前でございました。」
「有難うございます。」
「奥様は、確か伯爵家のご出身でいらっしゃいましたよね?そのような方が何故、こんな田舎に嫁がれたのですか?」
「まぁ、大杉さんは素直な方ね。わたくしがこの家に嫁いだのは、没落寸前の実家を救う為です。端的に言えば、わたくしは金でこの家に売られたようなものかしら。」
「申し訳ありません、奥様に辛いことを聞いてしまって・・」
「そんな、恐縮なさらないでくださいな、大杉さん。わたくしは事実を言ったまでですから、どうぞお気になさらないでくださいな。」
「は、はい・・」
大杉は茶を点てている千尋の無駄のない動きを見つめながら、いつの間にか彼は千尋に惹かれていった。
「今日は有難うございます。またいらしてくださいね。」
「はい、では失礼いたします。」
大杉を玄関先で見送った後、千尋が部屋に入ると、そこには女中頭の初が封筒の封を切り、中に入っている書類を盗み読んでいた。
「それはわたくしのものです、返しなさい!」
「別に見てもよかろうもん。」
「無礼者!」
千尋は初から書類を奪い取り、そう叫ぶと彼女の頬を平手で打った。
「ここから出て行きなさい!」
「旦那様に、このことを報告しちゃるけんね!」
初は千尋に打たれた頬を擦りながら、部屋から出て行った。
千尋は肩で息をしながら、書類に目を通した。
そこには、甲府に来年の三月、裁縫学校が開校するという旨が書かれていた。
『千尋、漸く俺達の学校が来年三月に開校します。俺はお前が甲府に帰って来るまで、学校の運営を頑張ります。くれぐれも身体には気をつけてください。では愛を込めて、歳三より』
(歳三様、どうかわたくしをお守りくださいませ。)
千尋は歳三の文を抱き締めると、そっと髪に挿している櫛を撫でた。
「旦那様、うち今日、奥様から暴力を振るわれました。」
「お前、何かあいつの癪に障ることをしたろうが?」
「そげなことしとりません。」
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