カテゴリ:こんな事もあった
2004 12/3(金)
義父入院。 手術は6日なのだが腎機能アップのため週末はずっと点滴だとか。 病室で荷物の整理をしていると手術の説明のため担当の先生からカンファレンス室へ呼ばれる。 と、言ってもリスクに関しては先日外来で聞いた事と同じ内容なのだが義父は記憶が無いらしく、初めて聞くような表情で、だんだん不安になってきたのか顔色が冴えない。 年令に加えて腎機能の問題、手術そのもののリスクが改めて説明され、また術例をモニターで見せてもらった。 カンファレンス室で貰った手術の同意書は病室へ持ち帰ったのだが、義父はなかなかペンを取ろうとしない。 「随分おどされたなぁ」とポツリ。 かなり迷っているようなので私もゆっくりと待つことにした。 「今更止める訳にもいかんだろう…」そう言いながら義父はサインをしたのだが、いつも威張っている義父だけに何となく可哀相になってしまった。 2003 12/3(水) *自宅復帰39日目* 午後からshinはリハビリ教室です。 「会場に着いたら電話してね」と送り出したのですが、今日も着いたよコールができません。 無事に着いたことで安心してしまうのでしょうか。ナゾです。 後ろから尾行している訳ではないのでshinが一人で外出する時の様子は分からないのですが、病前と比べればいろんな事に緊張しながら歩いているのだと思います。 我家は坂道の上にあるので行きは下りが主です。 一緒の時も気がつくと道を睨んで歩いています。 「目線はもう少し高めがいいよ。いろんな物が見えるから」と声をかけますが、歩くことに必死になっているshinの視線はいつの間にかつま先から1mくらいの所になっています。 後ろからの自転車やバイク、前方の障害物などに気がつくのが遅い時も多々あり一緒にいるとヒヤリとします。 横断歩道は青と同時にスタートすれば4車線道路でも大丈夫です。 ただ点滅横断はダメでした。 一度二人で怖い思いをしました。 「一人で渡る時は点滅横断はやめてね」と念を押したことがあります。 入院中に病室で中央線の踏み切りの話が出たことがありました。 工事のため踏切の距離が広がり、高齢者やハンディがある人は渡りきれない…とマスコミも騒いでいました。 Yさんは「私とTHさんはこの足だと渡りきらないうちに遮断機が下りて、きっと通勤快速にひかれちゃいますよ」と笑っていましたが、横断歩道や踏切の開いている時間なんて病前は考えた事もありませんでした。 shinの会社から「12日に来社するように」とメールが来ました。 いよいよ復職に向けての面談があるようです。 shinは「来たか」と言いました。 来週のOTでI先生にも対策について相談してみようと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2004.12.09 15:48:52
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