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以前「おっぱいバレー」で紹介したおおたか静流さんの「悲しくてやりきれない」がYouTubeから削除されていたので代わりを探していたらdailymotionというフランスの動画サイトで発見。
dailymotion: 悲しくてやりきれない この歌は色々な歌手が歌っていますが、ある程度年齢を重ねた方のほうが味がしみているように思います。今、下のバージョンが一番お気に入りです。小学校の歌集に入っていた頃はそんなに好きではなかったですが、結構今は好きな曲の一つです。 YouTube: 悲しくてやりきれない ザ・フォーク・クルセダーズ 2002 Wikipediaによればこの曲の誕生にはいろいろいきさつがあったようです。 dailymotion: 悲しくてやりきれない / フォーク クルセダーズ 2020.9.27.リンク切れにより差替え。 2016.11.7.多部未華子さんの「悲しくてやりきれない」を追加。 聴いていると映画「あやしい彼女」を観たくなります。 2018.7.3.リンク切れにより差し替え。 YouTube:多部未華子 悲しくてやりきれない 2020.9.27.追加。 Wikipedia: 悲しくてやりきれない 「悲しくてやりきれない」(かなしくてやりきれない)は、ザ・フォーク・クルセダーズの2枚目のシングルの表題曲。1968年3月21日に東芝音楽工業 (キャピトル・レーベル) から発売。 解説[編集] 2枚目のシングル曲として予定されていた「イムジン河」が発売自粛となったため、それに代わる曲として制作された。加藤和彦が「イムジン河」のコードを反対からつなげて作ったとされる[1]。当時パシフィック音楽出版(現フジパシフィック音楽出版)会長だった石田達郎から「イムジン河」に代わる新曲を急遽作曲するよう強要され、会長室に3時間缶詰にされたときに作ったものである[2] 。加藤曰く「最初はいろいろとウイスキーだとかを物色していたが、残りわずかという時間になって、そろそろつくらにゃ、という気持ちで譜面に向かった。「イムジン河」のメロディを逆に辿っているうちに、新たなメロディがひらめいた、実質的には15分ほどでできた」としている。 ただし、「「イムジン河」のコードを反対からつなげて作った」という点に関して加藤本人は否定している[2]。これに関してはTV番組[3] で、加藤本人が「某放送局の社長室みないなところに、ギターだけ渡され、3時間で作曲を依頼され、部屋に鍵をかけられて軟禁状態だった(笑)。アイデアも湧かず1時間が過ぎ、とりあえず、イムジン河のメロディーを譜面に書き、音符を逆に辿ってみたところ、モチーフが出てきて、ギターで10分間ほどで作曲した。」と、語っている。さらに「その出来立ての曲を持って、そのままサトウハチロー宅へタクシーで向かった。本人とは初対面だったが、とくに曲の打合せはしなかった。1週間ほどで詞が自宅へ送られてきた。歌詞を見ると『悲しくてやりきれない』…。こんな詞で、いいんだろうかと思ったが、歌ってみると、曲に語句がぴたっと合っていて驚いた」と告白している。 サトウハチロー氏とこの曲のかかわりは下記のリンクでどうぞ。 「イムジン河」のかわりに加藤和彦が作った「悲しくてやりきれない」の奥深さ 「悲しくてやりきれない」が出来たエピソード お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2020.09.27 02:20:05
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