忍草 隠密岡っ引き 三蔵 12
忍草 隠密岡っ引き 三蔵 12 ぼてふりの仏様、皿屋の金継様、皿金(サラキン)だとよ、、 隠密岡っ引き三蔵の元には、丁度同じ頃、北町奉行遠山景元からも繋ぎがあり、北町奉行所の奥、遠山の私邸の縁の下で、三蔵は遠山景元から密命を受けていた。 「おいっ、三蔵、おめえは皿屋金継にいかれちまったんだろう、金玉抜かれちまっちゃあいねえか、皿屋金継もこの頃は、すっかり義賊気取りだな、ぼてふり人に金を貸し、利息はとらねえ、どろんされても、取り立てもしねえんじゃ、金を撒いてるのと変わらねえじゃねえか、日本橋どころか、本所、深川の棒て振りまでが金を借りに来てるって話だな、ご御定法には触るめえが、このまま見て見ぬふりじゃ、世の中がおかしくなっちまう。 鼠小僧じゃあるまいし、義賊のような真似をして、その、金が無尽蔵に湧き出てくるとでもいうのか、裏がある筈だ、その絡繰りが解けえねえようじゃ、奉行などいらぬわ、三蔵そのことを肝に銘じておけよ、 それにな、また両替商黒金屋猪之吉が脅かしの訴状を目安箱に投げ込みやがった。 ~早くお裁きをしないと、大変なことになります、このまま野放しでは、棒て振りも、町の金貸しもみんな潰れてしまいます~ 黒金屋猪之吉め、皿屋金継の金貸しがよほどこたえているのだろうな、 老中の水野様からも ~同じ訴状が二度も目安箱に投げ込まれては放っておけぬ、早く解決せい~、と、言われている。 それとな、三蔵、皿屋金継がもと、肥前の国、唐津藩83000石の江戸留守居役であることが分かったよ。 その唐津藩だがな、小笠原家の前は、老中首座の水野忠邦様が藩主だったのよ。何か、ありそうな臭いがしねえか、三蔵、唐津藩屋敷に潜り込んで、皿屋金継のことを、もう少し詳しく調べてくれ。 皿屋金継が御法度破りの闇の金貸しであることは間違いねえんだ、そこを間違えちゃいけねえよ、、」「はっはっ、」 三蔵の黒房の十手がコンコンと置き石を叩いた。 翌朝まだ薄暗い明け六つ前、皿屋金継の裏長屋の門の前には、空の荷物の六尺棒を担いだ棒て振りたちが並んでいた。棒て振りとはおもえぬ無宿者らしき男も混ぜて、五十人は越えているだろうか。 三蔵は腰に差した十手をこれみよがしに見えるようにして、 「ちょいとごめんよ、御用の筋だ、」 と、いって、並んだ男たちを押し除け、裏長屋の奥へ進んだ。 「おっ、おめえら、今日もおけらか、しょうがねえ奴らだ、、、」 ぼてふり三人組の音吉、長介、松治の三人組も列のなかにいた。 「三蔵の旦那もついに"おけら"ですか、銭、借りに来ましたね、」 「馬鹿やろう俺はおけらじゃねえよ、それよりも随分と列が長いじゃねえか、」 「なんてったって、今じゃ皿屋金継様はぼてふりの仏様ですからねえ、本所深川のぼてふりまで来てますよ、」 長屋の奥にあるお稲荷様の前で、皿屋金継が順番に金を男たちに渡していて、手代が、その金銭の帳付けをしていた。 「はいっ、しっかり仕事してくださいね、」 借りていたのはぼてふりの今日の仕入れ代金、みな、500文から多くて800文だった。今日だけで、皿屋金継は5,6両の金を貸してる勘定になった。 半時もしないうちに行列は切れ、三蔵は金継に話しかけた。 「随分と、金貸しの方も繁盛してるじゃねえか」 「いいえ、日を追うごとに、どこからか、金を借りるものが集まってきまして、商売じゃあありません、ぼてふり人をお助けしてるだけでして、」 裏長屋の奥にある稲荷様の前に信楽焼の狸が置かれていて、「貸した銭の返金はこの狸の腹の中にお返しください」と、札に書いてある。「おいっ、貸した金を確かめもせず、この狸の置物の中に返せばいいのかい?」それで、ちゃんと帰ってくるのかい?」 「お稲荷様のお狐様が見ていてくださいますからね、岡っ引きの三蔵親分、人間を疑ってばかりじゃいけませんよ、」 「でもよお、帰ってこない金もあるんだろう、証文も交わしてねえようだし、どこの誰かと、ちゃんと確かめてもいねえようだし」 「ええ、お金に困った人がくるんですから、返せない人もいますよ、それはそれでいいじゃありませんか」「それで、よく、皿屋の金壺が空にならねえな、」「いつかも申しましたように、金は天下の回り物ですよ、」 ~いけねえ、いけねえ、惑わされちゃいけねえ~ どうも三蔵は皿屋金継の話を聞くと惑わさててるような変な気持ちになって、最後は金継はいい人だと思ってしまうのだった。 忍者としての嗅覚が鈍ってしまったのかもしれない。「ところで、皿屋金継、おめえの腕を見込んで、ひとつ頼みがあるんだがな、」と言って、三蔵は風呂敷包の中から、割れた壺を出した「これなんだが、ある筋から頼まれてな、うまく焼き継ぎできるだろうか」 皿屋金継は手に取ってじっと眺めていた。「美濃焼でございますね、これは大奥の雪姫さまがお持ちの”慶壺”ではありませんか、私が金で焼き継ぎした金継ぎの壺でございますよ」 三蔵は金継がただの瀬戸物の焼き継ぎ屋ではないことは知ってはいたが、まさか、将軍家慶が雪姫に贈った壺までが金継の手にかかったものとは驚いていた。 「私はある筋の方から頼まれたのだ、持ち主が困っていると聞いたので、お主に頼んだんのだが、なんとか元の姿にしてもらいたいのだ、」「わかりました、何も申しません、この美濃焼の壺はいい焼き物です、ちゃんと元どうりにお継ぎしましょう」 三蔵は金継が”慶壺”の焼き継ぎを受けてくれたので、伊賀組織「鉤縄」からの密命は果たせそうだと一安心した。 だが、隠密岡っ引き三蔵としての仕事は、北町奉行遠山景元から命を受けた、皿屋金継の金の出処を探ることであった。 皿屋金継はいい人だと、感心している暇はないのだ。 隠密岡っ引き三蔵は 翌日から、坊主になり、行商人になり、乞食になり、大工にと、姿を変え、顔を変え、雲母橋(きららばし)の橋の下から、向かいの蕎麦屋の二階から、長屋の屋根の上から皿屋を見張った。 夕刻、鴉の鳴くころになると、なるほど、棒て振りたちがお稲荷様の前に置かれた狸の壺にちゃりん、ちゃりんと銭を入れ、お稲荷様に手を合わせて、お辞儀をし、丁寧なやつはお狐様に油揚げまで置いていく。 「お稲荷様のお陰で、きょうの商売も上手くいくました」 ポンポン、と手を打ち感謝して帰るぼてふりを三蔵は見ていた。 大事そうに茶器を抱えた茶人風の男が出入りもし、武家の者らしきものが瀬戸物町の入り口で扉付きの籠を降り、瀬戸物を大事そうに抱えて、皿屋に出入りしているのも何度も見かけた。 なにかある、三蔵の忍者が持っている嗅覚がそう言っていた。 秋の高い空から、冬ざれの空へ季節は変わり、遠い富士の山が白い冠を被って姿を変えていたのを三蔵は~富士まで変装してやがる~にっと、笑った。 つづく 朽木一空