江戸の師走、煤払い、歳の市、餅つき
江戸の暮れ, 煤払い、餅つき 師走 1 師走ですよ 「ああ、忙しいやい、忙しいやい、ご隠居、いよいよ師走ですなあ、」 「おお,遊び人の風来坊がめずらしいことを言うな、」 「ご隠居みたいにね、朝湯朝酒ってえ訳にはいかねえよ、12月13日が事始め、煤払いの日でござんしょう、新年を迎える準備を始める日だってんで、越後屋の煤払いのお手伝いを頼まれてちまいましてね、」 「おお、そりゃあご苦労なこった、大店だ、御祝儀もたっぷりもらえるだろよ」 お江戸では、仕事が忙しくなる12月後半の前、12月13日に「煤払い」をするのです。まあ、大掃除ってえことですな。 この煤払い、江戸城内の煤払いに習って、大名屋敷や旗本邸なども煤払いをするのでございまして、ならばと、商店も町衆も「煤払い」をするようになり、江戸城下一斉に行われるのでございます。 町人たちは煤払い前夜に「明日は煤払いですから」とお互いに挨拶をいれたのでございます。 彦五郎が手伝いを頼まれた、日本橋越後屋に代表されるような大店(おおだな)の煤払いは、それは賑やかなもので、高張提灯をたてて、頭は手ぬぐい姿に尻端折り(しりぱっしょり)の番頭を筆頭に手代や丁稚、それに、手伝いの者、商家に出入りしている鳶職人が、煤竹(すすだけ*竹竿の先に枝葉を残したもの)などで掃除にとりかかります。 薪や炭、蝋燭、行燈の油を使う江戸の暮らしでございますから、天井や柱、物入れから、障子まで、煤で真っ黒になるのは当然のこでしました。 ~十三日 白い野郎は叱られる~ なんて、川柳があったほどで、 畳をあげて埃を落とし、煤竹(すすたけ)で天井を払う者、みな、顔中を真っ黒にして煤払いをしていたのでございます。 さて、煤払いが終わると、誰もかれもを胴上げして祝うという変わった風習が江戸にはありまして、武家屋敷でも商家でも、殿様、主人から奉公人まで ~ 目出(めでた)目出の若松様よ、枝も栄えて、葉も茂る。目出や、サァーサササ~ などといった歌にのせて皆が胴上げされたのだ。 この風習は、江戸城の大奥でも同じで、13日には大奥女中が大奥の役人を胴上げしたという話です。男の胴上げははいいのですが、女性陣は柱にしがみついたり幼子を抱いたりして胴上げから逃げまくっていたのです。 もっとも、この風習、やはり女性たちには不評だったようで、 ~十三日 下女おいらいや おいらいや~ ~十四日 嫁は昨日の腹を立て~ と川柳にも、下女が胴上げを嫌がったり、胴上げされた嫁が怒ったりするさまが詠まれています。 煤払いが終わりますってえっと、”すす餅”がふるまわれ、煤を落としに銭湯へ出掛けます。湯から帰ると、主人からご祝儀の酒肴(しゅこう)が振る舞われるのでございます。 裏長屋では大家も出張り、家族総出で掃除をして、その後に飲み食いするのが、 お江戸の暮れの楽しい一幕だったのでございます。 彦五郎が手伝いに行く、越後屋ともなれば、豪華なお膳が出るのではないか、 「彦五郎め、裾払いの後の酒肴が楽しみでいくんだな、、」 「御隠居さん、なんてったって江戸一番の越後屋さんですからね、へっへっへ」 「ところで、裾払いの後は、歳の市だが、浅草はいつだったかね」 12月13日が事始めで、神社仏閣の門前で、羽子板、しめ縄など正月用品が並ぶ市「歳の市」が開かれるようになります。 せっかちの江戸っ子はずいぶん早い時期から正月の準備を始めてますよ、 大晦日になると年の市で売れ残った正月用品を捨値で販売する、捨て市が開かれたようです。長屋の連中で賑わったそうでございますよ。 「ご隠居、あっしは、越後屋の煤払いの手伝いを終われば、黒門町の火消し頭の伝助親分に餅つきの手伝いを頼まれていましてね、15日から晦日まで出ずっぱりになるんで、ご隠居といっぱい飲めるのも年内は今日で飲み納めなんでございますよ」 「そうか、ふうてんの彦五郎にも仕事が回ってきたか、腰を痛めねえようにな、晦日にはちゃんとつけが払えるように頑張りな、」 正月用の餅つきは、師走の15日から江戸市中あちこちでで始まります。 日の出から夜中まで、江戸四里四方に餅つきの音が絶えることはありません。 自前の臼(うす)や杵(きね)を使って餅つきができるのは、大名、旗本の武家屋敷や大きな商家、大地主などに限られておりまして、それほど裕福でない商家・町人は「引きずり餅」を利用したのです。 「引きずり餅」というのは、鳶(とび)や火消しの人足が臼に(うす)杵(きね)から蒸籠(せいろ)、釜から薪まで担いで町内を回り、注文を受けた家の前で餅をつくのです。彦五郎はその手伝いに行くんですな。 それもできない 庶民は菓子屋に餅米を渡して餅をついてもらう「賃餅(ちんもち)」を利用したが、見栄っ張りの江戸っ子にとって、賃餅を頼むのは、あまり体裁のいいものじゃなかったが、さらに貧しい裏長屋の住人となると、賃餅も頼めず、餅つきの音に悩まされながら、大家が配ってくれる小さな餅ひとつで寂しい正月を迎える者も多かったのでございます。 もういくつ寝ると お正月 笑左衛門