忍草35 表裏の巻 9
忍草35 表裏の巻 9 鬼瓦一家の壺振り師、金三郎の誕生、 鬼瓦の熊五郎にはもう一面の顔があった。強きを挫き、弱き者を助ける任侠としての男気が本所界隈では人気を集めていた。 やくざを褒めちぎるのはお門違いではあるが、刀を振り回す旗本奴や御家人の傾奇者、無宿者の無頼漢が闊歩する本所にあって,いつも泣きを見るのは商店や庶民町人である、無理難題を突き付けて、暴力、無銭飲食、恐喝、脅し、を繰り返していた。 奉行所の同心でさえ、その粗暴ぶりに恐れをなし、見て見ぬふりをしていた。 だが、そんなことは鬼瓦の熊五郎が十手を持ってからは、許さなかった。「おいっ、ここは本所の町だ、熊五郎様のいるところ、手前らの好き勝手にはさせねえぜ!この十手、伊達に持ってるわけじゃねえんだぜぃ、」 毛むくじゃらの六尺男が、眼光鋭く、無頼者を睨み付け、逆らうものは腕力で押さえつけ、十手で叩き付けた。 鬼瓦の熊五郎と傾奇者の不良侍との諍いは絶えず、奉行所にも訴えがきたが、北町奉行遠山景元は熊五郎びいきの裁定で庶民を守った。 庶民は拍手喝采、熊五郎のおかげで、本所界隈の破落戸侍が絡む事件沙汰が減っていたことも事実であった。 そんな鬼瓦の熊五郎一家の下で、金三郎は賭場の下働きをしていたが、賭場に入ると、自分の血が騒ぐのを感じていた。賭場の匂いがたまらなく好きであった。 壺振り師の銀二に遊びながら壺の振り方を教わっていて、その銀二が腹をこわして、壺を振れない事態がおき、金三郎が代理の壺振りをしたところ、色男の上に度胸も据わっていて、評判も良く、代貸の寅蔵に見込まれた。 寅蔵は金三郎を江戸一番の壺振り師にしようと、背から肩肘にまで桜吹雪の彫り物を入れ、猛練習をさせた。 金三郎は持って生まれた賭け事師の血が流れていたのか、あっという間に頭角を表し、鬼瓦一家の看板壺振り師になった。 金三郎は壺振りのない日にも、あちこちの賭場に客として顔を出して、賭場の流儀を学んだ。賭場の裏表いかさま賭博も見抜けるようになり、客の心情も経験した。 客としての金三郎も、その駒の張り方が粋で気風がよくて、様になっていて、博徒仲間の中でも一目置かれる、まあ、よくいえば、この世界の顔になっていた。 そのうちに、金三郎はお梅という女と所帯を持ち、長屋暮らしをはじめた。 毎日の暮らしは賽子の目暮らし、ツキのまわった日には、料理屋で鰻をつつきながら一杯飲り、ツキに見放された日には、冷や飯に沢庵一切れだった。 だが、お梅もそんな暮らしが性に合っていたのかもしれない。 お梅もまた、博奕のような半生だった。父親が博奕でお縄になり八丈島へ遠島になり、見栄えの良かったお梅は一膳飯屋の酌婦として、働いていて、その二階で手慰みの博打をしているところへ、壺振り金三郎が現れて、その粋のいい姿に一目ぼれした。以来、二人は長屋と賭場を行き来して暮らしていた。「あんた、今日の賽の目は上手く転んだかい? えっ、ツキが回ってこなかったって、しょうがないねえ、ごはんにするかい?、湯へ行ってくるかい?それとも、あれするかい?ふっふっふっ、、、ほら、背中の桜吹雪が桜色になってるよ、」「なにいいやがる、おめえの尻の方ががぶるぶる震えてるんじゃねえのかい」 まあ、博奕人らしい、その日暮らしの長屋暮らしも悪くはなかったのだが、浮いて沈んで、運のつきとでもいうか、、、、 本所大徳院境内の賭場、鬼瓦の熊五郎一家の代貸、寅蔵の開いた賭場で、壺振り金三郎が片肌いで桜吹雪を披露して、 「駒が揃いました、みなさん、よろしゅうございますね、でははいります!」 と、壺を被せたところで、~御用だ御用だ、~と、南町奉行所の獲り方に囲まれて万事休す、お縄にかかってしまったのだ。 鬼瓦の熊五郎一家の賭場は北町奉行の同心、山辺作之進と繋がっていたのに腑に落ちない。賭場に手入れがある時には前もって山辺作之進から繋ぎが入る手筈になっていたのだ。 大徳院境内で賭場が開帳されると、南町奉行に密告したのは十兵衛配下の狐目のお龍であった。今月は北町が非番だったので、南町の鳥居耀蔵にしてみれば、遠山と繋がりのある熊五郎の賭場を手入れするのは願ってもないことだった。総がかりで大徳院を取り囲んだ。 これは、萬屋十兵衛の筋書であった。どうしても、壺振りの金三郎をお縄にすることがこれから十兵衛が仕掛ける罠には必要だったのだ。 壺振りの金三郎は南町奉行鳥居耀蔵の取り調べを受け、博打の罪は遠島と相場が決まっていたが、桜吹雪の刺青で壷を振る派手な振る舞いは御改革に背く大罪であると、金三郎には打ち首という厳しい裁定を下されたのだ。 万事休す、南町奉行所の牢内で観念した金三郎だったが、その牢の床下から泥亀の左門が現れ、助けられたのである。流転、人生どう転ぶのか起きるのか、、、つづく、 朽木一空