百貫桜 有馬凉及
江戸変人奇人狂人伝1 有馬凉及 「ご隠居、吉宗桜が咲きましたね、あの墨田川の土手を固めさせるために桜を植えて、踏み固めさせるなんざ、吉宗様も変人のお仲間でしょうかね、、」 隠居の笑左衛門と彦五郎は橋場の渡しから寺島村へ向かう渡し船を見ながら、船宿「信濃屋」の二階から大川の向こう側を眺めていた。 二人とも、昼酒を飲んでいい気持だった。 ~桜と言えばな、江戸じゃなくて京都の人だが、面白え男がいたんだよ、、京都の医者だがな、後水尾(ごみずのお)天皇の病をなおした功によって尚薬(くすりのかみ)となり,法印の称号をあたえられた人物なのだが、茶の湯をこよなく愛でて、大変高価な器の「凉及井戸」を所持していたそうだ。 その 有馬凉及が嵯峨野(さがの)を通り架かった時に、見事な大樹の桜を見て、欲しくなり、大金を投じて買い求め、数多の人に荷はせて我 家に運ばせたものの、いざ自宅の庭へ運ばせたら、庭が小さくて桜の大木が入らなかったのだそうだ。だが、そこが変人奇人の有馬凉及で、少しも慌てず、「よしよし、たださながらにおけ、寝ながら見るさくらとせん」と,、言ったそうだ。 桜を庭いっぱいに横倒しにして寝かせ、凉及も寝ころんで楽しんだそうだ、 また、有馬凉及翁は茶事を好んでいて、ある日、北村季吟と言う人が茶を御馳走になり、世間話をしていた。「ところで、有馬どの、貴殿のところには百貫もする青井戸茶碗『涼及』という、 高価な器があると聞きましたが、秘蔵品であろうかとは思いますが、是非とも一目拝見いたしたいものでございます」 すると、有馬凉及はニコッと笑い「青井戸茶碗は、今、そなたが茶を飲んでいるその茶碗じゃよ」と、凉及が答えたので、さしもの北村季びっくり唖然、世の中には奇人もいたものだと、、、~ 「なあ彦五郎、おめえも、お屋敷なんぞに上がった時には、茶碗には気をつけるんだぞ」 「へいっ。そこへ行くと、ご隠居のところは欠け茶碗ばかりで安心でございますね」 器には気をつけなければならぬな、 笑左衛門