自分の強みや長所を伸ばす
「動物学校」というリブズ博士の書いたおとぎ話があります。昔々、動物たちは、新しい世界の様々な社会問題を解決するために、何かしなければならないと考えて、学校を設立することにした。科目は、かけっこ、木登り、水泳、飛行であった。学校を円滑に運営するために、すべての動物にこれら4科目の履修が義務付けられた。アヒルは、水泳の成績は優秀だった。先生よりもうまかった。飛行もいい成績だったが、かけっこは苦手だった。それを補うために、放課後居残りをさせられた。やがて、足の水かきがすり減り、水泳も平凡な成績に落ちた。しかし、学校は平均的な成績でいいとされていたので、アヒル本人以外は、誰もこのことを気にかけなかった。ウサギは、かけっこにかけては最初から優等生だったが、水泳が苦手で居残り授業ばかりさせられているうちに、神経衰弱を起こしてしまった。リスは、木登りは上手だったが、飛行の授業では、木の上からではなく、どうしても地上から飛べと先生に強制され、ストレスがたまる一方だった。疲労困憊の末、肉離れを起こし、やがて木登りもⅭ、かけっこもⅮにまで落ちた。ワシは問題児で、厳しく更生する必要があった。木登りの授業では、いつも一番早く木の上に到着したが、先生の指示する方法にどうしても従おうとしなかった。結局、学年末には、泳ぎが得意でかけっこもまあまあ、木登りも飛行もある程度こなせた少々風変わりなウサギが、一番高い平均点を獲得して卒業生代表に選ばれた。学校が穴掘りを授業に取り入れてくれなかったことを理由に、モグラたちは登校拒否し、その親たちは税金を納めることに反対した。そして子供を穴グマのところに修行に出すと、後はタヌキたちと一緒に私立学校を設立し成功を収めた。(7つの習慣 スティーブン・R・コヴィー キングベア出版 417ページより引用)自分の長所や強みを伸ばすことに焦点を当てないで、欠点や弱みを人並みに引き上げようとしていると、元々持っていた自分の長所や強みは、しだいに精彩を欠いていくという話である。野村克也氏は生前こんな話をされていた。野球の世界で足が速い、肩が強い、球を遠くへ飛ばすことができるという特技を持った選手がいる。これらは持って生まれた才能であり、いくら訓練しても育たない。また、この3つをプロ野球の平均レベル以上に持っている選手はそうはいない。しかし、他の選手にはないきらりと光るものがあれば、プロ野球選手と生き残ることができる。半面、 1番厄介なのは、3つの全てが平均点の選手です。厳しい目で見れば、他の選手と差別化できるものがない。とりえがない選手ということになります。ですから、プロ野球の選手は、自分の劣っている面に焦点を当てて矯正する、能力アップを図り、人に追いつこうとする努力はほとんど無駄な行為なのです。これは一般の社会でも同じことが言える。自分の長所や強みを見つけて、そこを徹底して磨いていけば、組織の中で確実に重宝される。例えばパソコンの扱いが抜群に手慣れていれば、上司は自分の部署から外したくないと思うだろう。そう思わせることができれば、その人はそれだけリスクを少なくできるわけだ。これを我々神経質性格者にあてはめると、どういうことになるだろう。神経質者は細かいことによく気がつきます。これは天性のものです。また、真面目で粘り強い。物事を細かく分析できる能力がある。好奇心が強く、課題や目標を持って努力することができる。神経質者の欠点や弱点を修正しようとするよりも、自分の持っている特徴や能力に目を注ぎ、そこに磨きをかけていく。そのような生き方のほうがはるかに意味のある有意義な人生を送れるのではないだろうか。神経質性格を持ちながらも、神経症に陥っていない人は、会社でも神経質性格をプラスに捉えて、存分にその性格を生かしている人たちだと思われる。例えば周囲の人から依頼されたことを、どんな小さな事でもメモして確実に実行していく。それを積み重ねて信頼感を勝ち取っている。コツコツと長い時間をかけて作り上げてきた信頼感は、組織の中で活かされて絶大な力を発揮している。