秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。
徳利から徳利へ秋の夜の酒を 山頭火
秋山巌「秋の夜の酒」1988年
昭和10年9月12日の句です。
山頭火 其中日記より
九月十二日 晴、曇、仲秋、二百二十日。
いつものやうに早起きする、そしていつものやうに水を汲んだり、御飯を炊いたり、掃除したり、本を読んだり、寝たり起きたり。……
大空のうつくしさよ、竹の葉を透いて見える空の青さよ、ちぎれ雲がいう/\として遊ぶ。
陶房日記を読む、その味は無坪その人の味だ。
句稿整理、書かねばならない原稿を書く。
――絶後蘇へる――といふ禅語がある、私の卒倒は私を復活させたのである。
午後、蜆貝でも掘るつもりで川尻へ行く(魚釣しようにも鉤がないし蚯蚓も買へないから)、一時間ばかり水中にしやがんで五合ばかり掘つた、これ以上は入用がないので、土手の青草をしいて、渡場風景を眺める、ノンビリしたものである。
蜆貝といふものはとても沢山あるものだと思ふ、商買人が二人、金網道具ですくうてゐたが、半日で三斗位の獲物があるさうだ、いづれどこか貝類をめづらしがる地方へ送るのだらう、帰途、かねて見ておいたみぞはぎを持つてかへつて活ける、野の花はうつくしい。
一日留守にしておいても何一つ変つてゐない、出たときのまゝである、今日は柿の葉が一枚散り込んでゐるだけ!
蜆貝汁をこしらへつゝ、私は私の冷酷、いや、人間の残忍といふことを考へずにはゐられなかつた。
仲秋無月ではあるまいけれど、雲が多いのは残念だ、思はず晩酌を過して、ほんたうに久しぶりに、夜の街を逍遙する、例の如くYさんから少し借りる、あちらで一杯、こちらで一杯、涼台に腰をかけさせて貰つて与太話に興じたりする、そのうちに幸か不幸かH君に会ふ、M食堂へ誘はれて這入る、女給よりも刺身がうまかつた! 酔歩まんさんとして戻つたのは三時頃か、アルコールのおかげで前後不覚。
……酔うても乱れない……山頭火万歳!
雲がいつしかなくなつて月が冴えてゐたことは見逃さなかつた、仲秋らしい月光に照らされて、私は労れてゐたけれど幸福だつた。
・とうふやさんの笛が、もう郵便やさんがくるころの秋草
・すすきすこしほほけたる虫のしめやかな
砂掘れば水澄めばなんぼでも蜆貝
食べやうとする蜆貝みんな口あけてゐるか
秋の蚊のするどくさみしくうたれた
徳利から徳利へ秋の夜の酒を
・ひとりいちにち大きい木を挽く
いつとなく手が火鉢へ蝿もきてゐる
ゆふべのそりとやつてきた犬で食べるものがない
・秋雨ふけて処女をなくした顔がうたふ
・何がこんなにねむらせない月夜の蕎麦の花
・こゝろ澄ませばみんな鳴きかはしてゐる虫
・おのれにこもればまへもうしろもまんぢゆさけ
出れば引く戻れば引く鳴子がらがら
・ひとりとひとりで虫は裏藪で鉦たたく
風が肌寒い新国道のアイスキヤンデーの旗
・人のつとめは果したくらしの、いちじくたくさんならせてゐる
いちめんの稲穂波だつお祭の鐘がきこえる
厄日あとさきの雲のゆききの、塵芥をたくけむり
以上。