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カテゴリ:思想・理論
講談社から出版されている 『未刊のレーニン』 の著者の白井聡という人は、1977年生まれだそうだ。年を経るごとに、亡き親父どのに似て頑迷固陋の度合いを深めている私としては、70年代生まれと聞くだけで、思わず 「この青二才が!」 などと決め付けたくなるのであるが、これはなかなか面白そうな本である(まだ半分も読んでないので)。 本書のモチーフを簡単に述べるとすれば、従来 「マルクス主義理論史」 であるとか 「マルクス主義論争史」 などの枠組みの中で語られてきたレーニンの理論と思想を、そのような伝統的な枠組みから解放し、18世紀に生きたマルクスとはまた違う固有の時と場所の中で生きた人間の思想として、同時代のより広い知的パースペクティブの中で理解することのように思える。 それは、言い換えるならば、残された妻の抗議を無視して、レーニンの遺体に永久保存処置を施して巨大な廟に安置し、さらにレーニンが最も信頼した多くの同志らを次々と追放・処刑することで、「レーニンの後継者」 としての地位を僭称したスターリンとその追従者らによって作られた、「マルクス・レーニン主義」 という名前の拘束衣から、現実に生きた人間としてのレーニンとその思想を解放することでもある。 本書におけるそのような試みが、はたして成功しているかどうかはともかくとして、そのような白井の意図自身は、高く評価されるべきであると思う。 スターリンによって作られた、マルクス・レーニン主義という呼称は、その理論内容の問題は置いとくとして、レーニンこそがマルクスの唯一正当な後継者であるという含意を伴っている。そして、彼はこの <マルクス - レーニン> という系図の先に、自分の名前が続くことをひそかに暗示してみせたのだ。 一方、スターリンによって追放されたトロツキーは、自分のほうこそがレーニンの真の後継者であると主張して、<マルクス - レーニン - スターリン> というソビエト公認の系図に対し、<マルクス - レーニン - トロツキー> という自己流の系図を対置した。さらに毛沢東は <マルクス - レーニン - スターリン> の先に、自分の名前を書き込もうとした。 こうなってくると、まるでどこかの老舗旅館の跡目争いか、田舎の資産家の相続争いのような話になってくる。では、いったいローザ・ルクセンブルグはどこに入るのだろう。それから、イタリア共産党のグラムシは。あるいは、ルカーチやブレヒトは。というわけで、これはもう、いやはやといってあきれるしかない。 本来、マルクスもレーニンも、世界のすべてを理解し説明する、普遍的で一般的な 「抽象的真理」 や 「哲学的真理」 などを求めたわけではない。マルクスが直面していたのは、19世紀後半の西欧であり、レーニンが直面していたのは20世紀前半のロシアである。この二つは、まったく無関係ではないが、それでも異なる時と場所に属している。同じように、ローザ・ルクセンブルグが直面していた近代ドイツという現実は、時代は一緒でもレーニンとは異なるものである。 であれば、そのような違う時代と場所の中で、それぞれに固有の問題に取り組んでいた様々な理論家の間に、正統か異端かとかいった区別をすることはあまり意味がない。ましてや、ケンシロウとラオウによる一子相伝の北斗神拳の後継者争いのような話は、まったく無意味である。ようするに、そこに思想的な影響や継承の関係があること、一定の問題意識に共通性があることなどは否定できないとしても、マルクスはマルクスだし、レーニンはレーニンだというだけのことである。 ただのいかさま師でないかぎり、どの人にも正しいところもあれば、間違ったところもあるだろう。教科書に書いてあることをただ繰り返すのではなく、現実の問題に取り組む限り、なんらかの誤りを犯すことは、誰しも避けられないことである。ある特定の個人を法王のような位置につけて、正統継承者による系図のようなものを描くことには、害こそあっても益になることなどはなにもない。 ソビエト時代に作られた、唯物弁証法と自然弁証法、史的唯物論からなる 「弁証法的唯物論」 などというものは、論理学と自然哲学、精神哲学というヘーゲル哲学の構成にあわせてでっちあげられたもので、マルクスはそのよう世界全体を包括する、図式的な哲学体系のようなものを作り上げることを意図していたわけではない。 マルクスの思想が、そのような世界全体を包括する、世界観という名の体系にまで格上げされた結果、マルクス主義は、現在、過去、未来における、世界のありとあらゆる事象や現象を説明する万能の武器であるということになり、その結果として、マルクス主義とマルクス自身の知的権威は、かえって地に落ち泥にまみれることになった。 いうまでもないことだが、この薬はどんな病気にも効きますよ、などといって万能の特効薬めいたものを宣伝する人間がいたら、そんなやつはただの詐欺師に決まっているのだ。 というところで、いきなり仕事の依頼が入ったので、全然まとまらないけど今日はここまで。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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