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テーマ:国内旅行について(2614)
カテゴリ:***** 歴史 *****
山辺の道を行きつつ、途中にある黒塚古墳に立ち寄りました。
ここは三角縁神獣鏡が、33面も出土した古墳です。 三角縁神獣鏡、特に「景初三年」の年号がある鏡は、卑弥呼の鏡と呼ばれます。 景初三年、卑弥呼は魏に遣いを送りました。 その時、100枚の鏡を持ち帰ったと言われます。 ところが三角縁神獣鏡には、「景初四年」の年号の鏡もあります。 「景初」は三年までしかないことから、日本で中国の鏡を模倣して、年号を間違ったという説があります。 中国では同様の三角縁神獣鏡が1枚も発見されないことも、その理由になっています。 しかし一方で、「景初四年」の鏡は中国製という説もあります。 卑弥呼が送った使いは、景初三年12月頃に魏に着いたことでしょう。 急いで鏡を作らなくてはなりませんが、来年の年号が決まりません。 仕方がないので、年号の改正はないと考え、「景初四年」の鏡を造ります。 しかし迷った挙句に朝廷は、1月を「景初三年」の「後12月」と呼ぶことにします。 つまり景初三年は13ヶ月になったのです。 そして、2月からを「正始初年」とし、「景初四年」はなくなったのです。 困ったのは鏡職人。 しかし既に鏡は造ってしまいました。 止む終えず、そのまま間違った年号の鏡を渡すことになったというのです。 今も昔も、行政の対応の遅れは変わりません。 三角縁神獣鏡、それは行政に翻弄される、庶民の嘆きの記録なのかもしれません。 ○ 三角縁神獣鏡と黒塚古墳 あまりに歴史の話が続きました。 明日からは話題を変えましょう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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