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つれづれなるままに―日本一学歴の高い掃除夫だった不具のブログ―

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2005.03.20
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カテゴリ:漫画
三原順先生は、初期短編から絶筆となった遺作まで、自分がその全作品をこよなく愛してやまない数少ない漫画家さんの一人です。
愛してやまないのですが…どうしても「苦手」だった作品がありました。

瞳がつぶらで大きな両眼のいたいたしい初期作品ではありません。
細い描線でクール過ぎるほどクールに綿密に描かれた後期作品群でもありません。
作者の最初のヒット作であり、中期の代表作にもなった『はみだしっ子』と時期を並行して産み出された、『ルーとソロモン』がどうにも苦手だったのです。

面白くなかったからではありません。
コミックス版全三巻本の内容は、赤塚不二夫を泰斗とする自己破壊的な戦後男性ギャグ漫画の系列からは程遠いように感じましたが、それでも十分以上に楽しんで笑えるコメディでありました。

楽しんで笑える? 三原作品に? そうです、『はみだしっ子』をはじめとするシリアスな漫画で知られる三原先生ですが、コメディ漫画家としての資質の片鱗は、中期短編『今夜は鳥肉』にも顕れています。めでたくもそれがある程度の長さをもつまとまった連作短編集として大きく開花したのが、『ルーとソロモン』であるといえましょう。

だから…この作品が苦手だったのは聖書に出てくるソロモン王の名前をもつ犬の主人公が、かくも残酷に茶化されていたから、という理由ではもちろんありません。それはただひとえに、三原さんのお言葉にあったのです。「わたしはこの作品を、『はみだしっ子』に対する意図的なパロディとして描いた」という主旨のお言葉に

若かった自分は、当時、国語の現代文の問題を解くように、作者の意図を推量し呻吟し懊悩しましたが、遂に納得のいく「正解」に辿りつけませんでした。とうとう匙を投げてほっぽらかして十数年。家のどこかのダンボールの奥に拉致されたまま、今だ行方不明のままになっています。

全国展開している、とあるセカンドハンドブックショップの地元のチェーン店で文庫版『ルーとソロモン』全二巻を発見したのは、平成十六年の暮れのことでした。二冊で210円。この上もなくお手ごろな値段ですが、そのままにしてうっちゃっておきました。それがどうして一転して購入する気になったかに至るまでの経緯は、ここでは述べません。ただ、どうせ売れてないだろうという思惑通りにそこにあったのは幸いでした。

かくて幻の『ルーとソロモン』を入手した自分は、十数年ぶりに件の作品を再読しました。そうして、あるいは三原さんの本来の意図とはかけ離れているかもしれませんが、自分なりの「回答」を見つけられたように感じることができたのでした。


以下、『はみだしっ子』と『ルーとソロモン』の両著を読んだ方にしかわからない話になります。

『はみだしっ子』が、実の「家族」から「はみだし」て「家出」した四人の少年たち全員が、養子先でついに「はみだす」ことをやめてしまうまでの物語である(1)とすれば、『ルーとソロモン』は実の「家族」から「はみだし」て抱き合わせで売られた不細工な犬が、飼い主の家で「家族」として受け入れられながらも、しっかり「はみだし」てしまうお話です。そのモチーフを端的に描いた短編(「イエス・イッツ・ミー」)で、眼鏡をかけた―つまり、本編『はみだしっ子』のように「公正」でなく、ソロモンを犬として認識できない―グレアムとその相棒アンジーがゲスト出演してるのは、かなり暗示的なことに思えます。

ゆえに…、作者にそのような意図はなかったにせよ、『ルーとソロモン』は『はみだしっ子』の後日譚として、つまりは「養子先」あるいは「飼い主」という名の「保護者」の下に置かれた「扶養家族」が、日々の暮らしの中でどのように与えられた環境に適応していくかという物語、として読み解くことができます。

ソロモンの外見は頭文字が同じSである「狼少年」サーニン(「ストップ」)のようでもあり、その言動や心理はサーニンや「ルンペン」アンジー(「ソロモンの部屋」)を彷彿とさせます。また「仲間」だったオウム(「ライト」)、「ペット」のズク(「ウッフッフッフ~!」他)、ソロモンをおだてあげていいように利用するアレックス、ビリー、チャールズ…(ABC順に並んでいる)たち「(「ペッタン」)が、種類とアプローチこそ違え、皆「鳥さん」であることも明記しておきたいと思います。付け加えるならば、サーニンが最も愛した鳥は「カッコー」でした。

「家族」の桎梏から離れて「友達関係」としての四人組を『ルーとソロモン』に見いだすことはできないでしょうか。実は、これができるのです。イーノ(良いの)=グレアム、ピア=アンジー(アンジーはもともと女の子の名前でした)、ソロモン=サーニン、ルー(ルシール)=マックス。そのことを象徴するかのように、文庫版『ルーとソロモン』の表紙絵ではこの四人組(+ズク)がセットになっています。

ピアのイーノへの想いはそのままアンジーのグレアムへのそれですし、ピアとソロモンの腐れ縁もアンジーとサーニンの関係のパロディです。ただ、ソロモンとルーの間柄だけがそのままサーニンとマックスの関係に当てはまらないように見えます。その代わり、ソロモンとルーの関係はそのままグレアムと「泣き虫」マックス(「ソロモンの部屋」)の関係のパロディになってます。実際、乳児期をソロモンの色濃い影響下で過したルーは、口がきけるようになると姉のピアも真っ青の「お転婆」ぶりを披露するのでした(「レモン・トゥリー」)。

「保護者」にも眼を向けてみましょう。グレアムたちの養子先であるクレーマー夫妻の人間関係の力学及び登場頻度は、ピアやルーの親であるウォーカー夫妻のそれとはまったく逆になっています。また『はみだしっ子』で息子達のためにクレームをつけるクレーマーは父親ですが、『ルーとソロモン』で娘達のために歩く人(歩きまわされる人)、すなわちウォーカーは母親のほうです。

『はみだしっ子』のパムは流産して子どもが産めなくなりましたが、『ルーとソロモン』のメアリー(「部屋は北向き」)は、ピアの弟ジョゼフを流産した後ルーを出産します(「屋根の上の犬」)。『屋根の上のバイオリン弾き』を連想させるこの短編を最後に、長女の呼びかけとそれに応える母親の台詞で始まるオープニングは終了しました。

いわば…どんなトラブルがあったとしても、「血のつながり」という暗黙の了解のもとに成立していた親と子の「幸福な関係」が、連載の過程においてここで終わってしまったのです。長女がピア(仲間)と呼ばれるのも示唆的です。そしてこの短編の掲載された後、呼応するかのように、『はみだしっ子』最終章の「つれていって」が始まったのでした…(2)

コミックス版『はみだしっ子』11巻(「つれていって その2」)に、「お前の大好きな喜劇だね!」(グレアム)「そう! お前のうんざりしてる喜劇だよ!」(アンジー)という台詞があります。「人殺しが泥棒を捕まえて『この悪党め』と叫んでいる図」は、はたから見ればたしかに滑稽でしょう。けれども、真実を知るグレアムにとってそれは笑えない冗談でした。

「ホリディ・片想い」が描かれたのはちょうどその頃でした(3)。この作品は、喜劇的色彩の濃い『ルーとソロモン』において数少ないシリアス調の異色作であり、おなじみの登場人物が脇役でしかないという唯一の作品でもあります。真実を知らないソロモンにとって、サムの「仕打ち」は笑えない冗談でした。そうして真実を知った後、ソロモンはやっぱり笑えなかったのでした。

喜劇の仮面の裏側には、隠された真実の「顔」があります。それを『はみだしっ子』のパロディ的作品で、パロディのパロディ的(つまり非パロディ的)に示した佳篇が、「ホリディ・片想い」ではなかったでしょうか。

最後に、ラストについて。グレアムは「意図的に」結末に向けて告白します。賽は投げられるのですが、グレアムの意思にかかわらず、それは「幸福な」結末でしょう。一方、ソロモンは「幸福な」結末を夢見ながら、(引越しをする「歩く人」の一家とともに)自分の「意思に反して」いつもの日常に還るのでした。…

彼らの行方は、誰も知りません。ということは、すぐそばにいるかもしれないのです。これが、『ルーとソロモン』が『はみだしっ子』の後日譚であってほしいと願う、この拙文の筆者である自分の心象であります。トトならぬシーザー(彼にソロモンと同じ「王」の名前がつけられているのは実は意図的なものだと思います)は行ってしまった(「BOOO!」)けれど、ピア(仲間)とともに戯れるドロシー(「わんサイドゲーム」)が、『オズの魔法使い』の世界から三原ワールドに引っ越してきたように…

今日は三原先生の命日です。

(1)Yahoo!掲示板 「三原順先生の『はみだしっ子』好きな人!」参照。http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835035&tid=bb086bdgc0hc08a4na1va4oa4dfa4c0a47a4cbbra1w9a5a4ada4jbfma1aa&sid=1835035&mid=1152
(2)「三原順記念館」より『三原順全作品リスト』参照。
http://www.t3.rim.or.jp/~hylas/Jun_Mihara/index.html
(3)同じく『三原順全作品リスト』参照。






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Last updated  2005.11.08 10:49:37
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