ただただ言葉を失ってしまった
あたしが時々遊びに行かせてもらうお家にはグランドピアノがあって、最近「日本の歌」が好きという家主が、お喋りの合間にピアノをそれとなく撫でると、 ♪夕焼けこやけで日が暮れて・・・ や ♪あした浜辺をさまよえば・・・ がジャズの響きをたたえながら、ごく自然にすらりと流れるのです。 ミュージシャンだなぁと思うことには、その場の人間は誰しも自分の感じたサイズのまんまの反応をしており、妙にほめちぎることもなければ批評するでもなく、しかし「いい」と思ってることは確かな空気をまとって、ただすぅらり耳にとりこんでいる様子です。 「日本の歌」があまりにやさしいので、グランドピアノにおなかと胸をひっつけてみた。 ペダルを踏むたび、震動するのが息継ぎみたい。グランドピアノに血がかよってあたたかいみたい。 さらに頬と耳をくっつけてみた。 好きな人の胴体に耳をひっつけて、身体のなかから響く声を聴いているみたい。子守唄みたい。つつまれる。くるまれる。 ふぅ、落ち着く。 ピアノという楽器は、あんなに大きいしホールのまん中にあればビカッとライトを反射して高尚そうであるけれど、実はこんなにあったかくて素朴で、お母さんみたいなことができるんだなぁ。 それでいて美しく切なく、ただただ言葉を失ってしまった。