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カテゴリ:武田家二代の野望
この小説は本日をもちまして終了いたしました、ご愛読を感謝いたします。 「勝頼、余を起こせ」 「ご無理は禁物です」 「もう良いのじゃ」 信玄は勝頼に寄りかかり、一座に視線を廻した。 「直ぐに別れの時が参ろう、名残り惜しいが仕方があるまい。皆々、勝頼が こと頼むぞ」 「畏まってございます」 全員が平伏した。 「・・・さて、余が死んだのちは三年の間、喪を伏せよ。余の亡き間に武田を 万全な体制にいたすのじゃ」 「何ゆえに父上の喪を隠しまする」 「勝頼、余は天下に恐れられた男じゃ、それ故に余の死が洩れたら叛く者も 現れよう。それを恐れるためじゃ」 勝頼を諭すように語りかけた。 最早、信玄は一人の父親として語りかけているのだ。 「父上、それがしは叛く者も恐れませぬ、天下を望む事も諦めませぬ」 勝頼が顔面を染め叫んだ。 「困った倅じゃ、美濃や宿老たちに申し渡す。余の言葉に違背はならぬ」 信玄の声が凛として響き、勝頼が不平顔で黙した。 「美濃、弾正、修理亮、三郎兵衛」 信玄が宿老の一人一人に声をかけ、 「余の遺言じゃ」 死に行く者とは思われない眼光をみせ断じた。 「ご違背は決していたしませぬ」 馬場美濃守が代表し首肯した。この 一言から彼等の悲劇が始まるのであった、後年、長篠の合戦で彼等は鉄砲の 餌食となって戦死するのであった。 これは信玄の跡を慕う自殺行為そのものであった。 「これで、思い残すことはない」 信玄の顔色が鉛色に変わり、冷汗が首筋を 伝っている。馬場美濃守が信玄の躯をそっと寝かした。 御屋形の死で武田は終りかも知れぬ、そんな思いが脳裡を過ぎった。 天正元年四月十二日、駒場を囲む山並は眩しい新緑につつまれ、山桜が 満開となっている。信玄の容態は誰の目からみても悪化していた。 宿老は信玄の枕頭を離れず、荒々しい呼吸を続ける主を見つめている。 独り勝頼だけが、違った思いで父の信玄を見つめているようだ。 天下に恐れられた武田信玄も、死すればただの男。瀕死の父と争った昨日の 出来事を偲んでいるのかも知れない。 旗本の今井信昌が懸命に、信玄の流れる汗を拭っている。 「夢じゃー」 信玄が突然、声を発した。 「御屋形」 馬場美濃守が覗き込むように声をかけた。 「父上・・・晴信をお赦し下され」 馬場美濃守と山県三郎兵衛が顔を見っめ あった。御屋形は大殿の信虎さまに謝っておられるのだ。 「上洛は晴信にとり夢にございました」 明瞭な信玄の声である。 一座の者は次ぎの言葉を待った。 「三郎兵衛、京に我が旗を立てよ」 山県三郎兵衛が次ぎの言葉を待ったが、再び信玄は声を発する事はなかっ た。医師の監物が脈を探り、「ご臨終にございまする」と悲痛な声をあげた。 こうして武田信玄は、波乱にとんだ五十三才の生涯を閉じたのだ。 夜の帳が落ち、駒場の本陣から荼毘の炎が燃え盛っている。 「御屋形、・・・これで全てが無になりましたな」 駒場の本陣を臨む小高い丘に、編笠姿の老武士が草叢に座り落涙していた。 武田本陣の旗、指物が闇の中に翻り、見事な陣形で静まり返っている。 老武士が笠を脱いだ、隻眼で老醜の顔が闇に浮かびあがった。それは年老い た山本勘助の姿であった。 「まさか、御屋形が勘助より先に亡くなられるとは・・・慙愧に耐えませぬ。 大殿に御屋形の死をお知らせに参りまする、さぞ、無念に思われましょう。 それが済みましたら、勘助もお跡を慕って参りまする」 みぎろぎもせず、隻眼で荼毘の炎を見つめていた勘助が立ち上がった。 ひと際、炎が高くたち昇った、勘助が肩を揺すって闇に姿を没した。 信虎は信玄の上洛の軍旅を知るとお弓を伴い、信濃の伊那郡に移り住み、 信玄の死去を知り落胆の日々を過ごし、翌年の二月三日に、その地で没した。 享年、八十一才であった。 山本勘助とお弓が、何処で生涯を終えたのかは不明である。 信玄の葬儀は遺言どおり三年後の天正四年四月十六日、恵林寺でとり行わ れた。併し、この葬儀には前年の五月に起こった、長篠合戦により高坂弾正 をのぞき、馬場美濃守、内藤修理亮、山県昌景の三人は鬼籍に入り、葬儀に 出席する事はなかった。この六年後に武田勝頼と武田一族は信長に破れ、 甲斐の田野で自害し、武田家は滅亡するのであった。 因みに「恵林寺殿機山玄公大居士」 これが信玄の諡号(しごう)である。 (完) 武田家二代の野望(1)へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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年末のご挨拶。
1年間お付き合い頂き誠に有難う御座いました。 最後来れませんでしたが来年も宜しくお願い致します。 素敵な年をお迎え下さいませm(__)m (Dec 30, 2007 10:38:03 AM)
長い間、愉しませていただきました。有難う御座いました。さて、来年はどんな物語を?
(Dec 30, 2007 11:23:38 AM)
楽しませていただきました。
次号が楽しみです。 また、「ご挨拶の一句」有難うございました。 本年は色々お世話になりまして有難うございました。良いお年をお迎え下さい。 来年も宜しくお願いいたします。 (Dec 30, 2007 11:31:37 AM)
龍5777さま
こんにちわ! 昨日と今日のまとめて ご挨拶に参りました(^^;) >「何となく 日々過ごしける 年を終え」 >わたしの今年の反省です。明日から正月はお休みします、来年お会いいたしましょう。皆さま良い年をお迎え下さい。 ランクリして戻ります。 こちらこそ来年もよろしくお願いします。 良いお年を! (Dec 30, 2007 12:59:06 PM)
こんにちは。
最終回の応援に来ました。 連載お疲れさまでした。 毎日の一句もありがとうございます! 来年も、また楽しみにしています。 どうぞよいお年をお迎えください。 (Dec 30, 2007 01:57:41 PM)
信玄が可哀想で心が痛みました!
今年もあとわずかです良いお年をお迎えください! 私はソウルで新年を迎えること10回目でございます! これからも時代小説宜しくお願い致します! (Dec 30, 2007 02:31:09 PM)
信玄の最後しかと
拝読させていただきました。 大晦日、年始とごゆっくり充電なさって下さい。 本年は大変お世話になりました。 来年もよろしくお願いいたします。 よいお年をお迎え下さい。 (Dec 30, 2007 03:14:00 PM)
── (完) ──
明日は良い大晦日を♪羽目を外して、“笑い”の止まらない酒盛り、なんて良いですね! また落ち着いたら、読みに来ます! (Dec 30, 2007 03:16:38 PM)
一年ありがとうございました
あと一日ありますが この小説の完結を読みあー今年も終わりと思いました 来年でんな小説を拝見できるのか楽しみです (Dec 30, 2007 05:01:49 PM)
戦国時代のことなど、ほとんど知らない世界のことで、
コメントもあまり出来ませんでしたが、 これまで楽しく読ませて貰い、いろいろ勉強になりました。 今年も1年間有り難うございました。 来年も楽しみにしています。 良いお年を迎えて下さい。o@(^-^)@o。ニコッ♪ (Dec 30, 2007 05:06:49 PM)
楽しませていただきました!
本屋で立ち読み(ただ読み)した気分です♪ ただ一つ贅沢を言うなら、持ち運びながらまとめて 一気に読みたかった。。。 PC抱えて移動は無理ですね^^ どうか良いお年をお迎えください。 来年も拝読させていただきます! ありがとうございました。 (Dec 30, 2007 06:05:43 PM)
お疲れ様でした。史実を踏まえての著作、フィクションとは違うご苦労がおありと思います。最後の一節を読み終わり余韻に浸っております。
それにしても生涯の明け暮れを生死のハザマに置く人生とはどんなものでしょうね。小生などその恐怖に胃潰瘍で早世するのは必定。戦国時代の彼らの生き様は想像を絶するものがあります。 お正月はゆっくりと充電されて下さい。よいお年を! (Dec 30, 2007 08:49:36 PM)
龍さま こんばんは。
武田家二代の野望 歴史的事実を踏まえ小説として 魅力あるプロットとスタイルに感動すら覚え、魅了されました。 感動をありがとうございます! 新しい年に龍さまの新しい作品に出会えますことを 楽しみにしております。 良いお年をお迎えくださいますよう~。 (Dec 30, 2007 09:18:08 PM)
人の一生のはかなさですね。
でも、回顧録も欲しかったですね。 (Dec 30, 2007 10:40:46 PM)
読み応えのある作品でございました。
甲斐という地が信玄の天下を阻んだのではないかと思うばかり。 また、毎朝の一句楽しみだった1年でもありました。 どうぞ、良いお年をお迎えください。 (Dec 30, 2007 11:27:18 PM)
お疲れ様でした。
楽しませていただきました。 文字をたどるほどに、情景が浮かび、人物の心の 動きもありありと伝わってきました。 日々の俳句も素敵なものが多く、楽しみにしておりました。 ご丁寧なコメントも嬉しかったです。 来年もよいお年となりますように! (Dec 31, 2007 12:05:44 AM)
お疲れ様でした。
フィクションではない史実に基いた重厚なお話、毎日のように読んだのは後半からでしたが楽しませていただきました。 次のお話に期待しますが、年末年始はゆっくりお過ごしください。また、いつも素敵な一句を頂き本当にありがとうございます。それでは、よいお年を! (Dec 31, 2007 12:16:36 AM)
すばらしい大作、大晦日の完結。
すべて、計算し尽くされた時代小説。 ただただ、びっくりするばかりです。 お疲れ様でした。 お正月は、ゆっくりと、なさってください。 ありがとうございました。 (Dec 31, 2007 08:12:56 AM)
ご苦労様でした。
武田家も信長により滅亡ですか! 戦国大名の行方は哀れですね、信長、光秀、秀吉すべてがそのようですね。 例外もあって徳川家は最後の最後まで残ったんですね、こちら出雲地方では尼子3代の物語が有名です。 (Dec 31, 2007 09:29:21 AM)
ありがとうございました
信玄のこと初めて読み終わりました 面白い設定でしたが、ありえないとは最後まで思えなくて勘助とお弓、お麻のこと思い巡らせてます 良いお年をお迎えくださいませ。 (Dec 31, 2007 09:43:26 PM)
昨年は何かとお世話になりました。
ことしもよろしくお願いいたします。 川*’ー’)ψ ps, いつもBBSへの川柳ありがとうございます。 小説の方もお疲れ様でした。 また、次回作を楽しみにしています。 (Jan 1, 2008 01:26:14 AM)
新小説をお待ちしております。けん仙人@@v
(Jan 2, 2008 03:39:38 PM)
昨年は記憶違いでなければ、3つの小説を読ませて頂きました。
ありがとうございました。 次の小説を楽しみにしております。 本年も宜しくお願い致します。 (Jan 2, 2008 10:08:09 PM)
いつも訪問ありがとうございます。
なかなかお返事できなくてごめんなさい 毎日いそがしくて、ブログの更新もほとんどできない状態でした 今年は、自分で少しずつ時間をつくりたいと 思っています。 本年もよろしくお願いします (Jan 3, 2008 07:31:01 AM)
今後の御活躍を心より御祈り申し上げます。
(Jan 8, 2008 08:30:35 PM)
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