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ディズニー映画の魅力が、また迫ってきていますが、 森の声さんのお母さんは魔法使い、もう読まれました? たしかに、「魔法はある」と考えるのが、自然だと思います。
だって、科学的な人間の認識には、限界がある、ってことを 科学が次々あきらかにしてきてるんですから。
でも、人間の認識に限界があるって、 悲しいことじゃない、と思うんです。 だって、そこに、想像力、ファンタジーを注ぎ込めるから。 それをいっぱい使って、毎日、大人も生活してるのに、 気づいていないだけなんだ。
愛情も、尊敬も、科学からみれば、みんな魔法。 魔法を否定したら、生きている意味すら消えてしまいます。
最近よく引用しちゃってます、シュタイナーは、こう言ってます。 「10歳以前の子どもにとって最悪なのは、 汽車や電車を機械工学的に理解することだ。」
「この年齢の子どもに教えるには、すべてが生命・心魂をもっているかのように語れる、芸術的な感覚をもっていなくてはなりません。 教師は植物に語らせ、動物を道徳的に行動させねばなりません。 教師は、すべてを、童話・寓話・伝説に変えることができなくてはなりません。 これが特に考慮すべき、重要なことです。」
「理想的なのは、教師がよく準備して、植物との対話を自分で作りだすことです。 特別に十分な準備が必要です。 ユリとバラの童話を、教師自身が考え出して、生徒に話します。 太陽と月の対話を教師が自分で考え出して、生徒に語ります。」
「本で学んだことを子どもに語ると、干からびた人間のようになります。 その他の点では、まだ生気ある人間であっても、不思議なことに、干からびた人間のように語ることになります。」
「それに対して、自分で考え出したものは、みずからの内に成長力、 新鮮な生命をもっています。それが子どもに作用するのです。」
「教師が考え出した話は、子どもたちの満足して喜んだ顔を見たときに完成するのです。」
「子どもが植物・動物・鉱物・太陽・月・山・川について学ぶべきものは、 九才が過ぎるまでは、このような形で教えます。 子どもは世界と結びついているからです。 この年齢においては、世界と子ども、子どもと世界は一体です。」
※ 春休み体験学習のチラシ、印刷中です。 ※ 今日、午後は、市教委で面接! ※ メチャ忙しいのは、とっても好きなんですが、やっぱり、「心を亡くし」ますね。 こういう忙しいときこそ、念を込めて動きたいと思います。
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