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先日ご紹介した、ビアンケッティさんは、演技・構成点に「絶対評価」などナンセンスだと主張しています。
絶対評価の新採点システムに対し、旧採点システムは、6点満点での相対評価、すなわち、他の選手との比較で点を出していました。たとえば今回の世界選手権のフリーの芸術点が、キム選手5.9、浅田選手5.7だったとしたら、ファンは怒ったでしょうか? 2人の出来を比較した場合、今回の世界選手権に関してはキム選手のほうがよかったと思います。では、旧採点システムでは5.9と5.7の0.2の差は何かというと、答えようがないんですね。ただ、比較での評価ですから、全体の出来でどちらが上だったかを決める。 それに対して、新採点システムでの演技・構成点の5つのコンポーネンツは「絶対評価」。その試合の他の選手との比較ではなく、「スケートの技術」「つなぎ」「パフォーマンス/演技」「振付」「音楽との調和(解釈)」を、10点を満点としたときの絶対的な価値を数字にするという考え方で行われるのです。 ですから、自分自身が「パフォーマンス/演技」の完成度を高めていけば、点がそれだけもらえるという考え方になるんですね。 それに対して、ビアンケッティさんは言っています。「10点の価値をもつ『パフォーマンス/演技』の定義はどこにありますか? どういう手法をもってすれば、完璧な『美』というものを定義できますか? どんな点を出したらよいのかといったガイダンスがほとんどないのに、前に滑ったスケーターとの比較を禁じられたら、どうやって正しい点を出せますか? そして、どんな基準によって、その得点が正しいのか間違っているのか判断できるのでしょう? いろいろなプログラムをそれぞれ比べることによってしか、ジャッジはどちらがより価値をもつかという判断ができないのです。ですから、特にプログラム・コンポーネンツの『絶対』評価の得点など無意味なのです」。 これはそのとおりだと思いますね。たとえば、去年の世界選手権の男子フリーの演技・構成点。 1位になったバトル選手78.78点。2位になったジュベール選手79.36点。 今年の世界選手権 1位になったライザチェック選手79点。2位になったチャン選手76.10点。 大差がないのがわかるでしょう? 絶妙なところで出しています。絶対評価と考えて、私たちがこれを見て理解するのは、「演技・構成点」の絶対的な価値は、昨季のジュベール→昨季のバトル→今季のライザチェック→今季のチャンの順だということです。 そう言われれば納得できる順位だと思います。ただ、その場合、私たちが納得しているのは、実は点数の比較によってなのです。 79.36と76.10の絶対的な価値の差が何なのかと言われれば答えようがないですが、わずかな差ではあっても優劣があり、その順番がこれになる、と言われると何となく納得する。 これはある程度の範囲の中に「演技・構成点」の得点をおさめてるからなんですね。「調整」とも言えますが、むしろジャッジの「良識」だったと思います。そして点数づけは実際には比較によって行われている。 ところが、たとえば誰かがこう言い出したとします。「男子の5コンポーネンツの点は、現状では8.5ぐらいを天井にして、それ以上は出さないような自己規制がなんとなくある。これは絶対評価という点から考えていけないことではないか。完成度が高いなら、それによって各ジャッジの判断でもっと点を出してもいいんじゃないか」。 これは一見もっとものようです。10点まで出していいのに、いつも8.5ぐらいでおさめてしまうのは理屈に合わない。完成度が高いなら、もっと自由にジャッジの裁量で出していいはずだ。 「完成度が高い」という言い方はよくしますよね。では、「完成したもの」とは何でしょう? 「完成されたスケートの技術」「完成されたパフォーマンス」「完成された振付」とは? つまり完成度が高い振付という言い方はしても、実際に「完成された振付」の定義はどこにもないのです。完成された振付、あるいは完璧な振付といってもいい、そんなものはないのに、どうやって完成度の高い低いで点をつけられるのか、ビアンケッティさんの指摘はもっともです。 たとえばモーリス・ベジャールのバレエ「ボレロ」の振付とローラン・プティのバレエ「ボレロ」の振付は、どちらが完成度が高いでしょう? どちらも一流の振付師による作品です。「完成された(あるいは完璧な)ボレロの振付」というものが何なのか、誰もわからないのに、それをどうやって点数化できるでしょう。今のシステムは、それを10点満点で点数化しろ、といっているのです。 絶対的な価値の点数化は無理でも比較はできます。ベジャールのほうが「神がかり的」な振付で、プティのほうが「モダンな」振付。「芸術性ではベジャールのほうが完成度が高いんじゃないか」「いや、斬新さではプティのほうが優れている」。それぞれの見方があっても、どちらがバレエ作品として優れているかと思うか聞かれれば順位はつけられる。 「演技・構成点」とは本来そういうものなんです。 「完成されたもの」の定義がなく、点数をつけるためのガイダンスもないのに、「完成度が高いとジャッジが判断したら、9点でも9.5点でもつけていい」。 そうやって出てきたのがキム選手の点だとします。では、この9点というのは、正しいのでしょうか? 間違っているのでしょうか? 誰も答えは出せません。 ただ見るほうは慣例的な比較によって、「とんでもない点」だと感じます。これまでそんな点を出したスケーターはいない。キム選手の音楽の解釈が9点の絶対的な価値をもつというのか。これは今まで見た最高の点数ではないか。 つまり見るほうは、やはり、他の例との比較によって、その点が妥当かどうか判断しようとしているのです。 昨季の世界選手権フリーの浅田選手とキム選手の演技・構成点は 浅田選手60.57点、キム選手58.56点。 このくらいを皆はなんとなく「妥当」だと思ってきたのです。つまり、女子のフリーでは、60点を越えてくるとかなり高い。 今回の点は、 浅田選手62.88点、キム選手68.4点。 63点近い浅田選手の点も、実はかなり「高い」点です。ところが、キム選手の場合は、もう発狂してるとしかいいようがない。それはこれまで見慣れた点とかけ離れているからです。といって、では、その点が間違っているのか、と聞かれれば、答えようがありません。 なんでこんな点をつけたのか。 マトモな絶対評価では理解できなくても、「できるだけ点をあげるため」だと邪推すればよくわかります。フリーの技術点は63.19点(キム)、60.15点(浅田)。ね? 加点テンコ盛りといわれるキム選手でも、ミスはします。ミスの数によっては、すぐひっくり返る点差しか、実はつかないんですね。浅田選手が3Aをもう1度決めていれば加点がついて9点ぐらい追加になっちゃいます。 そして、フリーの演技・構成点は、男子の場合、最後に得点化されるとき2倍になりますが、女子では1.6倍です。 ショート同様、女子のほうが主観による演技・構成点は抑制されているのです。これはやはり、新採点システムを作ったときに、主観点に、あまり極端な差がでないようにという「良心」だったと思います。 加えて、女子の点の最高は8.25点ぐらいまでに、なんとなく自主的に規制されていた。ただ、こうすると、どうしても得点差になりにくい。 差を出すためには、自主規制的な最高点である8.25点を9点まで引きあげる。そうやって出てきたのが、キム選手の高い点。男子以上に高くなっちゃいました。 ただ、これを見て、「もう競技としてのフィギュアスケートは終わり」だと直感した方は多かったと思います。Mizuizuもその1人。 つまり、技術点のエレメンツなら、磨くことは具体的に指南可能なんですね。ジャンプだったら、完全に回りきってピタッと降りる。スピンは1ポジションでの回転数を規定どおりきちんとこなす。加点・減点もある程度、具体的に「こうしろ」と指南できます。スピンは軸がぶれないように、とか、ステップではターンを正確に、とか。 ところが、演技・構成点のほうは? 「完成度を高める」とはどうやるのでしょう? 旧採点システムでは、6点満点で0.1刻みの狭い幅だった。ところが新採点システムでは0.25刻みの広い幅の点をつけることができるんです。 しかも、フリーではその点が1.6倍になる。8.25とつけていたのを9点とつければ、要は1.2点かさ上げできる(加点できる)ということです。相対的に全員があがるなら、全員の点がインフレになりますが、そうではなくて、「なんとなくあった下限」はそのまま、あるいは下げることもできるんです。 最高出ても8.25点だったのが、9.25点になり、最低が5.75点だったら、その差は4点から5.6点に広がることになります。ところが、この点差が何なのか誰にも説明がつかないんです。 説明のつかない点差を、自主規制的な天井値を上げることで、どんどん広げていけるんですね。実際には、8点もらった振付と7点もらった振付があったとしたら、8点もらったほうが高いというのはわかる。では、8点もらった振付と6点もらった振付は? 1点の差と2点の差は何なのか誰にもわからない、適当か不適当かもわからないままに、点差だけは広げることができる。「完成度が高いか・低いか」というジャッジの主観的な判断によってです。しかも「完成したもの」の定義もないのに、ですよ。この場合、つまりは「完成されたスケート」「完成された振付」のイメージがジャッジの中にあるとして、それが10点満点だとしたら、この演技は9点か、8.25点か、というようなつけ方になるわけですね。 まさにナンセンスです。だから、そのナンセンスな点の差があまり出ないよう、不文律のような自主規制の「幅」があったわけなんです。 旧採点システムでは、こうした意味不明な点差は、今よりずっと抑制されていました。トップ選手が3人滑ったとしたら、5.6から5.9までの間ぐらいで「順位点」をつける。点差はそれほど広がらず、かつ順位はきちんと出る。 今回のキム選手の演技・構成点で出た、「9点」などという点、誰もが驚いたのは、「見たことがなかった」からで、それが妥当か妥当でないかは、誰も言えないんです。 そうやって、一度これまでの「天井」を引き上げて、自主規制的な5コンポーネンツの幅を広げれば、アゲたい選手をかなりアゲることができるんですね。今回キム選手はやりすぎで銀河点が出ちゃいましたが。 たとえば、一貫してジャッジがアゲたがってる選手にイタリアのコストナー選手がいます。 みんな、忘れているかもしれませんが、彼女は昨季の銀メダリスト。今季はもしかしたら金と期待された選手です。国際スケート連盟の会長と同国人ですよね。 コストナーも3F+3Tをもっていて、ヨーロッパでは「世界一美しい」と言われているんですね。昨季はこれを決めましたが(しかもヨロヨロしつつも3連続に)、今季はさっぱり決まらない。だから、キム選手ばかりが突出しましたが、本当はコストナーをアゲてあげたかったのもあると思います。 で、今回の世界選手権のフリー、コストナー選手はもはやヤル気ゼロ。彼女が跳べた三回転は、なんと3Fの1つだけ。なのに、演技・構成点の「振付」で8.75点、「音楽との調和(解釈)」で8.5点などという爆アゲ点がついて、最終的な演技・構成点は58.48点。技術点が32.9点の選手がですよ。 ロシェット選手の4大陸のフリーでの演技・構成点が58.56点なのに、ですよ。 もうこのコストナーのプロトコル見て、吹いちゃいました。アゲようと思えば、ジャンプ決まらなくても、こんな点を出すことができるんですね。 ちなみに、「演技力」「顔の表情」では定評のある村主選手が、技術点51.46点、演技・構成点54.72点。 3回転1回しか跳べなかった選手より低いんです。脱力でしょ。こんなジャッジがまともでしょうか? <続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.04.02 01:53:44
[Figure Skating(2008-2009)] カテゴリの最新記事
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