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カテゴリ:伊庭求馬孤影剣
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「猪の吉、朝霧の小兵が申したが奴等は、十五、六名であろう。ひと暴れした ら、すぐに退散する」 求馬が小鬢(こびん)を風にゆらし平然と云ってのけた。 「御法度破りですぜ、少しは脅かしてやりやしょうや」 猪の吉が不敵な言葉を吐いた。 「今夜は、挨拶のみじゃ」 四半刻が過ぎていた。葦が風にあおられ、ざわざわと波打っている。 「そろそろ仕掛ける、お主は葦原に潜みわしの援護を頼む」 「へい、飛礫の威力を見せ付けてやりやすよ」 猪の吉の声を背にうけ、求馬が岸辺に降り立った。相変わらず相貌は乾き 鋭く闇の中の荒れ寺を見つめた。 「頼むぞ」 一言残し、求馬が葦を掻き分け寺に近づいた。 五感に人の気配がする。 「誰じゃ」 寺内から誰何の声があがった。 求馬の痩身が宙に躍りあがり、音もなく寺の境内に踏み込んでいた。 本堂には所々で焚火が焚かれ、それを囲んで錏頭巾と忍び装束姿の男等が 屯している。求馬が痩身を晒し村正の鯉口を指で弾いた。 「何者か?」 男達は凄まじい気迫を放ち、求馬を見つめている。 「わしが、元公儀隠密の伊庭求馬じゃ。捜しておると聞いてこちらから参上した」 六紋銭の忍び者が一斉に立ち上がった。 「貴様が元公儀隠密の伊庭求馬か?」 不気味な声が流れた。 「水野忠邦の影の軍団とは、その方達か、山彦の彦兵衛は居るか?」 「不埒な男じゃ、わしが山彦の彦兵衛じゃ」 やや小太りの体躯をした男が、忍び刀を抜き身として立ち上がった。 配下の忍びも一斉に抜刀し、凄まじい殺気が一気に吹きあがり求馬の痩身を つつみこんだ。 「この隠れ家をよくも探しだしたものじゃ」 「ここは信州とは違う、江戸の町じゃ。貴様等の隠れ場所なんぞ手もなく判る」 「殺せ」 彦兵衛の命令と同時に、左右の六紋銭が躍りあがり唸りをあげて 忍び刀が襲いきた。求馬の腰から村正が白く光芒を放ち跳ね上がり、村正が 大きく旋回し血が噴き上がった。 一人は右肩を袈裟に斬られ、いま一人は水平に胴を両断され血飛沫をあげた のだ。それは神業にちかい瞬時の出来事であった。 どっと六紋銭が後退し、求馬の痩身が風を巻いて正面の三名に肉薄した。 村正が、またもや煌いた。左手の男が脇腹から右首筋を斬りあげられ鮮血を あげ、中央の男の錏頭巾が落石のような攻撃で断ち割られた。 血煙の中、求馬が血を求め右手の男に襲いかかった。 村正と忍び刀が交差し、「キイン」と鋼の音が響き火花が散った。対手の大刀 が半ばより折れ、切っ先が喉首に突き刺さった。 苦悶の声をあげる間もなく、瞬く間に五名が屍となっていた。 「山彦の彦兵衛、見参」 求馬が冴えた声を発し、左下段の構えにはいった。 それは求馬自慢の逆飛燕流の秘剣の構えである。 山彦の彦兵衛が正眼に構え、躯を低めた。 「突きでくるか、笑止じゃ」 微かに破顔した求馬の痩身が、彦兵衛の刃圏に 踏み込んだ。えたりと猛烈な突きが求馬の咽喉に伸びてきた、わずかに身を よじり必殺の突きを躱した求馬が、彦兵衛の左脇腹から右首を薙ぎ斬った。 流石は頭領である、素早く身を逃れさせたが、脇腹に浅手を負わされた。 彦兵衛が大刀を口に銜え、後方に身を反転させ三間の距離を保った。 「流石じゃな」 求馬が余裕の声で褒め上げた。 背後から殺気が襲いかかり、黒羽二重の裾を呷らせ躯を中空にあずけた 姿勢で村正が、襲いくる敵の頭上をざくっと斬り割った。脳漿と血潮を噴き あげ、本堂の床に地響きをあげて転がった。 「皆、手を引け」 突然、天井から忍び声が降って長身で鋼のような体躯の 男が、ふわりと求馬の前面に着地した。 鉢金の厚い錏頭巾を被り、無反りの豪刀を携えていた。求馬の双眸が鋭く なった。かって闘ったことのない、異様な雰囲気を漂わせる忍び者であった。 「わしは闘牙の三十郎、お主の逆飛燕流の秘剣とくと見た」 声に余裕すら感じられる、求馬がその場に佇み左下段の構えをとった。 闘牙の三十郎が、左手を突き出し右手に無反りの豪刀を己の腹の前に横たえ た構えで前進を始めた。 「ふっ」と、求馬の相貌が崩れた。三十郎の左手には、鉄の指輪が填められて いる、左右ともが兇器と化す得物である。 六紋銭の忍び者が、遠巻きに求馬の痩身を包囲した。 じりっと闘牙の三十郎が左に躯を移動させた、求馬も下段の構えで左に痩身を 移した。二人は相対したまま左に回転したことになる、この構えは供に相手の右 を狙う構えである。本堂が緊迫した空気に満たされた。 血風甲州路(1)へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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