現代の言語道具説32「シフトチェンジ」
中日新聞に連載中の町田健氏による「現代日本誤百科」批判の32回目である。今回は「シフトチェンジ」という表現に関する町田氏の見解を見ていこう。 町田氏は「自動車の変速機を操作することを「シフトチェンジ」と言うことがある」が、「「シフト」と「チェンジ」はどちらも「変える」という意味なのだから、二つ並べても何を変えるのかわからない」という。よって「シフトレバーチェンジ」や「ギアチェンジ」とするのが適当だと結論する。 町田氏は一方では「シフト」が「仕事を交代する体制を意味する」場合があることを認めて、この場合、「シフトを変える」と言えるといっている。それなのに、「シフト」が車の運転に関わっては「シフトレバー」を意味する場合があることは理解できないのだ。属性表現が実体そのものを指し示すように言語規範が変化した可能性や、省略の可能性については、町田氏の能力の限界外にあるらしい。 「二つ並べても」と言語道具説的な表現を行った後、「何を変えるのかわからない」などと言っているが、普通の日本人成人なら「シフトチェンジ」が「何を変えるのか」、十分理解できる。ましてや表現というものは物質化して初めて表現たりうるのであるから、情況から判断して「何を変えるのか」が分からないはずがない。 かの有名な『ポール・ロワイヤル文法』でも「話(わ)の状況次第で誰が語られているか十分にわかる故、何の付加も必要としない場合もしばしばある」として、必ずしも対象を明示しない言語表現も可能だと指摘している。町田氏の論理は、17世紀の言語論にも全くかなわないのである。